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レンズ性能向上の方法や技術・その6

 レンズコーティングの役目や効果とはどのようなものなのか
 レンズコーティングにはどんな種類があるのか
 コーティングはどのようレンズと組み合わされているのか
 コーティングでレンズはどこまで進化するのだろうか

 
 今回と次回の2回でレンズコーティングの話をするけれど、その前に、皆さんもご存じだろうけど「光の性質、特性、現象」について(僭越ながら)ごくごく簡単に再確認しておきたい。

 光は粒子性(光線)と波動性(光波)を併せ持ち「光の基本3法則」というのがある。①光は直進する、②光は反射する、③光は屈折する、というものだ。さらにこれに加えて、光は透過する、散乱する、分散する、回折する、干渉する、吸収する、という現象もある。

(図・1)

 (図・1)については、百も承知千も合点のことと思うが、光の特性や現象をイラスト化したもの。いちおう参考までに。

 撮影レンズはこれら光の性質や現象を充分に考慮したうえでレンズ設計、光学設計がおこなわれている。しかし、撮影レンズに使用する一般的な光学ガラスや特殊な光学レンズ、プラスチックレンズなどの組み合わせだけでは、どうしても光学的には収差などの補正をしきれない。それを補っているのがレンズコーティングだ。
 レンズコーティングは撮影レンズにとって目立たない存在だが、なくてはならない大切な要素技術でもある。

 とつぜん余談になるが、写真好きの人たちが集まった場所で「レンズコーティングの話」を何度かやったことがある。
 ところがレンズコーティングの話となると、皆さん、とつぜん興味をなくしてしまう、という経験を何度かしたことがある。レンズの機構や性能の話をしていて、次にコーティングの話をし始めると、ちらほら席を立って帰る人も出てくる始末。それほど、皆さんレンズコーティングに興味も魅力もないんだなあ、と感じ入ったことがあった。
 ここでレンズコーティングの話を始めようと考えたときに、そのことがトラウマになっていて、やろうか、やめようか、と少し悩んだ。ぜひ、席を立って出ていかず最後まで読んでほしい。

 さて、それはそれとして。
 低分散ガラスや非球面レンズなどの特殊ガラスレンズの進化がレンズ性能向上に大きく寄与したのと同じように、レンズコーティング技術の進化も今後のレンズ性能アップのためのキー・テクノロジーなのだ、と言い切ってもよいだろう。
 特殊光学レンズに比べるとレンズコーティングのほうはやや地味な技術で、レンズの描写にはあまり関係がないだろう、と見られがちである。ところが、レンズコーティングの改良と進化にともなってレンズ設計の自由度が広がりレンズ性能を大幅に向上させてくれている事実もある。高性能なレンズに仕上げるためには、特殊ガラスレンズとともにレンズコーティングはきわめて大切な技術なのだ。

レンズコーティングの役目はおもに以下の5つ

 ①反射の低減/透過率の向上
 ②フレア/ゴーストの発生防止
 ③カラーバランス/諧調描写の最適化
 ④レンズ表面のキズや汚れの防止
 ⑤レンズ表面の酸化(ヤケ)防止

①反射の低減/透過率の向上

 撮影レンズは複数枚の光学レンズを組み合わせて構成されていて、10枚以上の光学レンズを使ってレンズ構成しているものもたくさんある。構成レンズの枚数を増やすことで収差を適正に補正し、画質を向上させることができるからだ。
 ところが反面、光はレンズを通過するたびにその表面(入口と出口)で反射して光量を低下させてしまう。レンズ枚数が多くなるほど反射面が多くなり光の透過率が大幅に減少してしまう。結果的に、ヌケが悪くなる、解像感も落ちる、コントラストもなくなる、などなど。

 一般的に、ガラスレンズの1面で約4~8%の光が反射し透過率を低下させるといわれている。1枚のレンズには必ず表面と裏面の2面あるので、光がレンズを通過するたびに8~16%もの光を失うことになる。レンズ描写にとっては著しくコントラストが低下してしまう。その表面反射を低減するのがコーティングの役目なのだが、たとえば、まったくコーティングをしていないレンズを10枚以上重ねると、まるで濃い霧の向こうを眺めたような状態になる。

(図・2)

 上の(図・2)はペンタックスが開発した特殊コーティングであるエアロ・ブライト・コーティング(※)の効果を示した展示物を写したもの。
 通常の光学レンズを「20枚」重ねて、左からコーティングをしない状態、真ん中がスーパーマルチコーティング(smc)をしたもの、そして右側が特殊コーティングを施したもの。
 左のコーティングなしでは「20枚=40面」もレンズを重ねるとレンズ面で光が吸収、反射されて乳白色になってしまう。従来型のマルチコーティングをしても透過率はだいぶ落ちている。新開発した特殊コーティング(ABC)を施すだけで光の透過率は大幅に向上している。(※)エアロ・ブライト・コーティングのような特殊レンズコーティングについては次回に詳しく解説をしたい。

 繰り返すが、レンズ表面での反射を防いで透過率を向上させるために採用されているのがレンズコーティングでありその技術である。結果として、より多くの光学レンズの枚数を組み合わせてレンズが作れるようになった。

 レンズコーティングは、まず単層膜コーティング(モノ・コーティング)から始まった。次に、蒸着(レンズ面に薄くコーティングする方法)技術の向上により2層コーティング(アクロマチック・コーティング)が採用され、1970年頃に画期的な多層膜コーティング(透過率99.8%のスーパー・マルチ・コーティング)が開発された。現在はこうしたマルチ・コーティングが主流となっている。

 コーティングのない時代では、空気とガラスとの境界面をなくす(=反射面を少なくする)ためにレンズを貼り合わせにするなどの工夫をしても、レンズ透過率のことを考慮すれば、せいぜい最大5~6枚のレンズ構成が限度だった。古い時代の写真用レンズに、3枚構成や5枚構成のレンズが多かったのはこうした理由もあった。
 いまや、反射防止機能に優れたレンズコーティングのおかげで20枚以上の光学レンズを使った撮影レンズも作られるようになった。

②フレア/ゴーストの発生防止

 レンズ面での光の反射は、透過率の減少のみならず、フレア/ゴースト発生の大きな要因ともなる(レンズ内部の固定枠やカメラボディ内のミラーボックス、イメージセンサー面などで反射してフレア/ゴーストが発生することもあるが)。レンズコーティングはフレアやゴーストの発生を大幅に低減する働きがある。
 レンズの光学設計や鏡枠設計を工夫することで、ある程度は低減できるが、やはり大幅に抑え込むにはコーティング処理に頼るのがベターな方法なのだろう。

 『フレア・ゴースト、回折現象について』の項で述べたことの繰り返しになるが、フレアはレンズ内部で反射すると薄いかぶり現象を発生し、ふわっとしたベール状の薄い膜を張ったようになる。画面全体や画面の一部分に出てくる現象である。コントラストを低下させてヌケの悪い画像になりシャープ感もなくなる。フレアは球面収差によるハロー現象と違って絞り込んでも解消されることはない。
 ゴーストはフレアの一種で、太陽やスポットライトのような強い光源を写したときにレンズ面で反射してくっきりとした「光のカタマリ」として写る現象である。絞り羽根の多角形のゴーストとなってあらわれることが多い。実際の被写体にはない光の像が写ることからゴースト(Ghost=幽霊)という。ゴーストイメージということもある。

 効果的なレンズコーティングをレンズ面に施すことで、フレア/ゴーストの発生を抑えるために、たくさんの光学レンズを組み合わせる必要もなくなるわけだ。

(図・3)

 (図・3)はゴーストとフレアの極端な例であるが、最適なレンズコーティングを施せば(完全に消し去ることはできないにしても)大幅にゴーストやフレアの発生を抑えることができる。

 フレアもゴーストも「ドラマチックな印象」だとして評価し、その描写を好む傾向もあるようだが、レンズ本来の優れた解像力、豊かな諧調描写力、正しい発色特性という点で考えれば、ないほうが良いに決まっている。
 とくにゴーストは強い光源をイメージさせるために、わざと画面内に写るようにしたり、画像処理で描き加えたりして表現することもあるようだが、実在しないモノが写っていることで決してレンズの味だとは言い難い。

③カラーバランス/諧調描写の最適化

 レンズコーティングはフレア/ゴーストの防止、光の透過率の向上といった大切な役目のほかに、光学レンズのカラーバランスの最適化のためにも重要な働きをしている。
 光学レンズはその表面で光が反射・吸収するだけでなく、光学レンズの種類によっては光の波長(色)の吸収率が異なるものがある。たとえば、青色系の波長を吸収してしまう光学レンズだと、光を通すと黄色みを帯びた光となって出てくる。その結果、カラーバランスが一定でないレンズができてしまうことになる。

 レンズガラスが吸収する波長に対応する最適なコーティングを施して透過光のカラーバランス特性(CCI=Color Contribution Index)を整える働きもある。

(図・4)

 (図・4)はレンズコーティングの働きをイラスト化したものだ。入射光側に赤色系よりも波長の長い光(長波長光)を吸収(カット)するコーティングを施し、反対面には青色系を吸収するコーティングを施せば、緑色系の波長光だけを透過させることができる。これは極端な例だけど、コーティングを微妙に調節することで希望通りのカラーバランスのレンズに仕上げることができる。オリンパスの技術解説ページから拝借し一部を変更させてもらった。

④キズや汚れの防止

 レンズ表面のキズや汚れを防止するためのコーティングもある。ハードコーティングやSP(Super Protect)コーティングなどがこれにあたる。
 現在のほとんどのレンズには、第一面にキズがつきにくい保護のためのハードコーティングが施されている。硬いもので強くこすったりぶつけたりしない限り、そう簡単にキズがつくことはない。こうしたハードコーティングの採用のおかげでプロテクトフィルターの必要性がだいぶなくなった。

 レンズ保護目的のためにプロテクターフィルターなどを使用するのは「不意の衝撃」などのときには安心かもしれない。しかし余計なガラス面が加わることでレンズ本来の性能、実力をフルに発揮できないばかりか、それが原因でフレア/ゴーストを発生させかねない。ましてや汚れたままのプロテクトフィルターを付けっぱなしにしていては、せっかくの高性能レンズの意味がなくなる。プロテクトフィルターは「害あって利少なし」と理解して使うことだ。余計なひと言だけど。

 撥水・撥油性を備えたレンズコーティングがSPコーティング(フッ素樹脂コーティング)。水滴や油成分が付きにくいだけでなく、付着したとしても柔らかなペーパーや布で軽く拭くだけで取り除いてしまうことができる。油性のマジックインクでレンズ面を汚しても、ティッシュペーパーで軽く拭き取るだけできれいに消えてしまうほどの効果がある。ペンタックスレンズのSPコーティングの採用が早く、今では多くのメーカーが同様のコーティングを施している。

⑤レンズ表面の酸化(ヤケ)防止

 レンズ「ヤケ」とは、レンズを研磨したあとに、短時間でもそのままにしておくと表面が水分や空気中の酸素などによって化学反応をおこして曇ってしまう現象である。コーティングすることでこうしたヤケ現象を防ぐことができる。そうした現象は私たちが日常、使用するときでも起こりうることだが、もちろん現在使用するレンズにはヤケ防止のためのコーティングは施されているので心配はいらない。
 そもそもレンズコーティングは、このヤケ防止のために始まったともいわれている。

 次回は、レンズ工場でコーティングがどのようにおこなわれているのか、その簡単な解説と、いまもっとも注目されている各メーカー独自の特殊レンズコーティング技術などについて話をしていきたい。

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