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子育てで記憶の扉が開く話

子育てをしていると、不思議と自分の子供の頃のことを思い出すことがとても多い。
今まで何十年も思い出すことがなかった記憶の引き出しが急に開くことがある。

息子はオムツはずれがゆっくりだった。
ちなみに夜のオムツはまだはいている。
現在5歳。
そういう意味では今も悩み継続中なのだが、
昨年の夏、夜のオムツ外しチャレンジを実行した。
寝る前の水分はあまりとらないようにして、
寝る前にトイレに行って、いざパンツで就寝。
最初は息子も緊張してか、夜中に尿意を感じると、起きて、トイレに行きたいと私を起こしていた。
でも、一週間もすると慣れてきて、寝ている間に尿意を感じなくなったのか、おもらし→出てしまった後に気持ち悪くなって私を起こす、という流れになった。
朝早めに起こしてトイレに連れて行くと一晩お漏らしをせず、成功することもあったが、2ヶ月間ほぼ毎日、おもらし→シーツを洗濯する毎日となった。

いよいよ夏も終わる頃、私はめちゃくちゃ悩んでいた。
私のやり方がいけないから息子がおねしょするのではないか。私の何がいけないのか、もっと頑張れることはあるのか…
悩みすぎた私は、市区町村窓口の子育て支援センターに相談の電話をし、臨床心理士さんとの面談の予約をした。

面談の日。
臨床心理士Tさんから言われたこと。
「昼のトイトレは頑張るものだけど、夜のトイトレは頑張るものではない。夜ぐっすり寝ている間に、たくさんおしっこを溜められるだけの膀胱のサイズに伸び縮みできるようになるかどうか。身体の成長を待つ以外に頑張ることは何もない。」とのこと。
え!そうなんだ!!全然悩まなくてよかったじゃーーん!
ここで開き直り、夜は今も絶賛オムツ使用中。
と、ここまではいいのだが、息子の発達に関して、特に排泄に関して、私が気にしすぎているのではないか、という疑問にぶつかった。
そうだ、なんだかやけに「お漏らしは恥ずかしい」と私が思っている気がする。。

だから、息子には何度もトイレは?と聞いてしまうし、なんで夜のおねしょが治らないの??と悩む。

もう一つ、排泄の悩みは、息子は保育園でウンチができないということ。
大人でも、家でしかウ◯チをできない、やりたくない、という人はたくさんいるので、気持ちは理解できるのだが、保育園に預けている時間も長いので、どうしてもMAX ウ◯チがしたい!という限界点が保育園にいる間に訪れることもしばしば。
以前は、おしりを自分で拭けなかったので、保育園でウ◯チをするために、
便意を感じる→保育者に言う(ふいてもらうために)→トイレに行く、といういくつものハードルを超えなければいけなかった。
そのため、それらのハードルをなかなか越えられない息子は保育園でウ◯チを何度も失敗した。

今はお尻を自分で拭けるようになったので、保育者に言って一緒にトイレに行く必要もないし、そもそも、便意は保育園ではコントロールできるらしく、ウ◯チのお漏らしはなくなった。(おもらしがなくなっただけで、保育園のトイレでウ◯チができたことは今も一度もない。)

ウ◯チ問題もかなり私は悩んだ。
ウ◯チ、夜のおもらし、、、やはりなんだか私はやけに排泄に関して引っ掛かっている気がする。なんでだ、、、

記憶を紐解くと、小学校2年生の時のことを思い出した。
帰りのホームルーム中、みんなで歌を歌っている時、なんだか教室からクサイ臭いがする…
みんなが臭いの元を探っていると、どうやらクラスメイトのSくんがウ◯チのお漏らしをしていた。
小2の私は、えっ!なんでこの歳になってお漏らしするの?!信じられない!トイレに行けばいいじゃん!!(心の中の声)と衝撃を受けた記憶がある。
残念ながら、それからしばらくSくんはこのことでからかわれていた。

さらに記憶を遡ると、私は幼稚園の時、登園拒否を起こした。その当時、嫌なことや緊張することなど、心理的にストレスがかかる場面で、トイレに行きたくなる(行っても実際は何も出ないのに)という現象が起きていた。
後にこれは間違いなくチック症状だったのだろうと気づいた。

などなど、細かなことも含めると、トイレ関係のなんとなーく嫌な思い出がたくさんあることに気づいた。
それが、無意識に、トイレ関係のことで息子に恥ずかしい思いをさせたくない!!という気持ちに結びついていたのではないだろうか。。
トイレ、排泄に関して、こだわりがあるのは私の方で、だからこそ息子のオムツ外れなどがやけに気になる。

なんか、繋がった気がする。

もし私がもっとおおらかな性格で、息子の身に起こるあらゆる事象に対して、もっと大きな気持ちで受け止められたら、と思うことが多々ある。トイレ関連に私の記憶のトラウマ?というフィルターをかけずに、子供を見つめられていたら、もっと息子もすくすく大きくなるかもしれない、と。
いや、でも母親は私なんだからしょうがない。私は私の経験値でしか子供を育てられないのだ。
なーんていう思考が行きつ戻りつしている。

きっと育児という場面に出会わなければ、小2の時のSくんのことも、幼稚園の時のチック症状のことも、きっと私は思い出すことがなかっただろう。
子育てって自分の子供の頃を追体験させてくれるんだな。

今後も息子、子育てを通して、今は私の記憶の彼方に眠っている思い出の引き出しが、何かのきっかけで開くのを、楽しみにしながら今日も息子と向き合うことにする。

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