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FIREではなくてLiberal Labor(LiLa=ライラ)を目指しませんか?

もう20年近く前のことなのですが、若かりし僕に対して先輩社員が「宝くじが当たったら、どうする?」という話を振ってきたことがあったんですよね。
たわいもない飲みの席での、たわいもない会話なんですが、そこで先輩が言ってたのが、

「超強気なサラリーマンになる」

だったんですよ。

今にしてみれば、なるほどなぁと思うところもあるのですが、社会人になりたての僕としては、おお、まぢすか、そんな観点なかったわーと目から鱗が零れ落ちすぎて足元がジャリジャリになってしまいました。

当時の僕の想像力だと、「仕事を辞めて、のんびりくらす」みたいな方向に行くか、「その金を元手に起業して一山あてる」みたいな方向に行くかのの二択だったんですよね。(あくまでも社会人になりたてのタイミングだったからで、20代半ばくらいなら「大学に戻って学び直して、修士・博士を取りに行く」みたいな選択肢も思い浮かべたかもしれませんが)

先輩(仮に北村さんとしましょう)の主張は、「1億や2億では、死ぬまで自由に生きていくには足りない。毎月50万円使ったら20~30年で使い切ってしまう。だから、それだけで仕事を辞めるなんていう選択肢はない。」という至極まっとうなものでした。

そのうえで、北村さんはこう続けました。

「その一方で、手元に1億2億あれば、いざとなれば20-30年何もしないで暮らせる、ということになる。そうすると『いつでも会社を辞めていい』という気持ちになれて、精神的にとても安定する。この状態になれば、ムカつく上司とか、感じ悪い顧客とか、言うこと聞かない部下とか、やりたくない仕事とか、そういうものに対して寛容になれる。」

「さらに言えば、そういう嫌な仕事を ”断る” という選択肢も持てる。『今日、残業できる?』『この仕事、お願いできる?』『休日出勤してほしいんだけど』という依頼に対して【嫌です】と言える。で、上司に『じゃぁ仕事辞めろ』と言われても、基本的スタンスとしては『いいえ、辞めません』という主張をする。会社にはしがみついて稼ぎ続ける。』

いやー、うら若き僕は、しびれましたね。そんなこと考えたこともなかったわー。と。

Not FIRE, But LiLa.

北村さんのお話は強気なサラリーマンになって、やりたい仕事をやろうぜ。ってことだと思うんですけど、この話から僕が得た学びは「大金を手にすると、日々の仕事で稼いでいるお金を全部使って良い」というスタンスをとれるようになる、ってところでした。

最近、FIREって流行ってるじゃないですか。いや、もしかしたら、既にピークを越えて廃れつつあるのかもしれないんですが、ご存じの通り、Financially Independence, Retire Early. すなわち、経済的に自立して、早期にリタイアしよう、ってやつです。

一定資金を得るところまでは、北村さんの話と同じなのですが、大きく異なるのはFIREは「投資収益+元本取り崩し」で生きていくってところです。一方の北村理論(仮称)は「日々の稼ぎ」で生きていくんですよね。

例えば、2億円の現金が手元にあるとします。
これを投資収益3%で回せば毎年600万円、月あたり50万円のお金が得られます。このお金で生きていきましょう。(もちろん、場合によっては元本取り崩しもアリ)というのがFIREです。
一方、北村理論(仮称)は、2億円を一旦横に置いておいて、日々の生活はサラリーマンとして稼いだお金を使っていく、というスタンスです。もちろん、旅行に行くとか、良い鞄や靴を買いたいとか、そういうのは横においてある大金を切り崩しても良いんでしょうけれど、むしろ「年収をすべて使ってよい(貯金しなくてよい)」というのがポイントです。さらには「年収を上げるための努力を放棄しても良い」という選択肢が得られる、とも言えます。(もちろん、努力しても良いし、年収をすべて使い切る必要もありません)

サラリーマンでありながら、自分の人生における「自由」を手に入れた存在。それが、強気なサラリーマン、です。

この「強気なサラリーマン」という生き方のことを、僕は「Liberal Labor(自由な労働力)」と名付けることにしました。
略してLiLa、読み方は「ライラ」ということでどうでしょう。

選択肢は多い方がいい

LiLaにおけるLiberal(自由)は、選択肢が多い、と同義です。

FIREは、実は自由ではありません。投資収益が落ち込んだ際には、同じ水準の生活を続けられなくなります。あるいは、保有資産価値の上昇とインフレ率に乖離が出た場合(=インフレ率の方が高くなった場合)には生活レベルを下げる必要も出てきます。

もちろん、分散投資をしていくことで、リスク・コントロールは可能ですが、それでも、もし何かが起こって元本が致命的に毀損してしまった際には、身動きが取れなくなります。
一度、完全にリタイアしてしまった状態から再度働き出す、というのは、なかなかできることではありません。

そうすると、やはり、

  • 投資でリターンを得る/リターン率を上げる努力をする

  • 労働対価としての収入を得る/収入を増やす努力をする

  • 収入で得たお金を投資原本に回す

などのことを「選択肢」として持ちつづけることが、人生の自由度を上げる、と言えるんじゃないでしょうか。

言い換えれば、「労働対価を得ないと生きていけない」も「投資で一定のリターンが得られないと生きていけない」も、等しく不自由なんじゃないか、って話なんですよね。(3つ目の項目についていえば、収入をすべて使い切ってはダメ、というのも不自由ですよね)

人生において、選択肢は、どんどん狭まっていきます。年を取ってから、プロ野球選手を目指すのは、無謀な挑戦です。同様に、医者になる、弁護士になる、というようなことも、学力的な問題、性質的な問題、年齢的な問題、金銭的な問題など、いろいろなところに壁がありますので、「誰でもいつでも自由に選べる選択肢」ではありません。

人生において、僕たちにできるのは「手元にある選択肢の幅を、自らの意思で狭めない」ということくらいです。放っておいても、勝手に選択肢は減っていくんです。ぐんぐんと。加速度的に。
僕らは、それに抗って、選択肢を増やす方向にトライするしかない。それが無理だとしても、せめて、選択肢の減りゆく速度を、なんとかして落とすしかない。

Retire Early より、Work Freely の方が自由じゃない?

そう考えたとき、FIREは選択の幅を狭めてしまっています。

FIREの前半のFinancially Independence は非常に理想的な状態です。しかしながら、後半がよろしくない。Retire Earlyを前提に置いた瞬間に「働く」という選択肢がない。これは、むしろ「自由」から離れてしまっています。

やはり、Financially Independence, Work Freely.(語呂が悪いので略しません)を実現できる姿、つまり LiLa (Liberal Labor)の方がいいんじゃないの?と思うんですよね。

実際に、どれくらいワガママなサラリーマンになるのかは、さておいて、「ワガママを言う自由」を手に入れることが大切なんじゃないかなと思います。(ですよね?北村さん!)

FIREに向けて貯蓄・投資に励んでいる方たちに置かれましては、「Retire Early」を目的に据えずに、「いつでもRetireできる!と思えることで精神的な安定を手に入れる」方向に進んでいただきたいなと思います。
(だって、Retireしちゃうと、生産量が減るんですよ。国力が下がっちゃいますよ。みんなが楽しい仕事をして、わくわくしながら生産活動に勤しんで、結果、国家も豊かになる。そういう感じのムーブメントの方が、素敵だなって思いませんか?)

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追記:公開してから、ふと気になってググってみたところ、Liberal-Laborという言葉は1800年代のイギリスにおける「自由主義的労働運動」のことを指す言葉でした。
本noteは、それとは全く関係ない思想に基づいていることをご了解ください。(100~200年前の用語なので、被っちゃってるのはご容赦いただければと。)

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