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【読書感想】晴れた日は図書館へいこう ここから始まる物語(緑川聖司:著)

「晴れた日は図書館へいこう」シリーズの2作目です。
前作の出版は2003年、「晴れた日は図書館へいこう ここから始まる物語」の出版は2010年(両作とも2013年に加筆修正描きおろし短編を加え、ポプラ社から文庫化)と、山下達郎のアルバム制作ほどではありませんが、7年間の間隔があいています^^;。

時間は経っていますが、物語の時間軸は前作から続いており、前作の主人公茅野かやのしおりは小学5年生のままで、秋から冬にかけての物語となっています。

前作よりもページ数が増えた分、ミステリーの密度も、前作からかなりグレードアップし、児童書の枠内に収めてしまうのが惜しいくらいの出来栄えとなっています。

ストーリーの基調は前作同様、図書館の本にまつわる、日常の謎が描かれる後味の良いほのぼのとした連作短編集です。


■第一話 移動するドッグフードの謎
 雲峰市立図書館に何者かに置かれた蓋の開いたドッグフードの缶詰。翌日には、さらに図書館の奥に蓋の開いたドッグフードの缶詰が見つかる。
その目的はなにか。
ちなみに、本のページの端を折ることをドッグイアと言います。自分の本ならいいですが、図書館で借りた本にはしてはいけません。

■第二話 課題図書
 『わたしの課題図書が読みたい』と言った女の子の言葉が意味する課題図書はどんな本なのか。日常の謎にふさわしい解決と本好きならあるあるの読後感の良さが心地よい作品。

■第三話 幻の本
 
曖昧な手がかりを頼りに利用者が読みたい本を探すのをリファレンスと言うそうです。遠い過去の記憶から、ある老婆が子供の頃に読んだ絵本を探す物語。前作にもありましたが、過去の戦争が影を落とす物語で、平和であるということが、どんなにかけがえのないことかを、子供たちに語りかけてくれます。

■第四話 空飛ぶ絵本
 5分間で図書館と家を往復して本を借りれるかという謎自体は図書館を利用している人ならだいたい見当がつくと思います。謎自体は小粒ですが、主人公のまわりのひとたちの優しさが主題の心温まる物語。

■第五話 消えたツリーの雪
 図書館に飾られたクリスマスツリーの雪(綿)がなぜ消えてしまったのかという謎の解決は、もはや大人向けの日常の謎ミステリと言ってもいい設定だと思いますが、この作品のもうひとつのメインテーマはタイトル、「ここから始まる物語」の意味が解き明かされることだと思います。

■番外編 九冊は多すぎる
 言わずと知れた安楽椅子ミステリの古典的名作『九マイルは遠すぎる』のオマージュ作品。(『九マイルは遠すぎる』を読んでいる児童はあまりいないと思うのですが)。
各自が言葉の解釈を巡る推理合戦は面白いのですが、これは児童向けというよりも、大人向け作品としても通用する内容だと思います。

あと関係ないですが、各話のタイトルはミステリの有名作品をもじっているような気がします。
幻の本→幻の女 
・空飛ぶ絵本→空飛ぶ馬 

海外ミステリだったら、大人になってからほとんど読んでないのでちょっと思いつかないですね^^。


この作品の解説は、日常の謎ミステリなどでも有名な作家・翻訳家、尾道市立大教授の光原百合氏が書かれています。

光原百合氏は、年齢は離れていますが、大学のミステリ研では、著者、緑川氏の先輩になるのだそうです。その解説の中で、緑川氏の「日常の謎とは、日常の『奇跡』の物語かもしれません」という言葉が紹介されています。

大人向けの本格ミステリーは、それが純然たる本格ものであればあるほど、偶然の要素を排した、狡知な犯人による悪意の犯罪とそれを暴く探偵の知的ゲームへと昇華されていきます。

対して日常の謎ミステリでは、時として偶然という要素が入り込むことにより、人の善意によっておきた奇跡が謎として語られることがあるように思えます。

ささやかな奇跡のつまった物語。子供の時に、この作品と巡り合えることもまた、ささやかな奇跡なのかも知れません。

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