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【オチなし話】雑です、大坂さん6 ~七夕にあまり関係のないオチなし話~

「今日は七夕やけど、珍しく晴れやったねー。去年も一昨年も雨やったから、久しぶりに織姫と彦星が会えるってもんやね」

7月7日の放課後。
図書委員である僕は図書室に返却された本を本棚に直す作業をしていた。
そこにボクが当番の日はだいたい図書室にいりびたっている大坂さんが話しかけてきた。

珍しく晴れ?
はて、七夕の日ってそんな雨が降ってたっけ?と僕は疑問を口にする。
 
「東くん。君に足りんのは、観察力や。あと洞察力と想像力と推理力もやけど」
 
ほぼ全部が足りていないような気がした。

「別に探偵になりたいわけじゃないけど。去年の七夕って雨だったけ?」
 
「少なくとも関西ではそうやったよ。1981年から2010年までの30年間、七夕の日が晴れの確率は約23.3%。つまり約76.7%は曇りか雨なんやね」

「そうなんだ」

大坂さんの頭の中は、勉強に役だちそうにない知識がいっぱい詰まっている。
だが、それを言うと地味だがとても痛い連続ローキックをされるのが分かっているので、余計なことは言わないようにした。
雄弁は銀、されど沈黙は金なのだ。

「まぁ、東京のほうが晴れの確率は30%で、大阪よりは、ほんのちょーっぴりだけええけどな」
と大坂さんは、心底悔しそうに付け加えた。
 
気のせいだろうか、大阪の人は妙に東京に対抗心を燃やす人が多いように思えてしまうのは。
 
「ところで7月7日は七夕以外にも制定された日があるんやけどな。何の日か知ってる?」

「知らない。何の日?」

「東くん。君、ちょっとは考えるとかせえへんのか?君の脳細胞は灰色やなくて桃色なんか?」

なにかものすごくセクハラなことを言われた様な気がした。

「見ての通り、僕は返却された本を本棚に直す作業で忙しくてさ。誰かさんが手伝ってくれたら少しは考える余裕もあったろうけど」
 
大坂さんは図書室の周りを見回してから真顔で言った。

「いや、みなさん読書にいそしんではるから、手伝ってくれそうな人はおらんと思うよ」
 
どうして真っ先に自分を除外した?

「じゃ、特別にヒントを出してあげるわ、東くん。それは七夕に関係あります」
 
「・・・川の日?」

大坂さんは少し目を丸くして、おぉと言った。
 
「すごぉーい、正解や。なんで、そう思たん?」
 
「まぁ七夕に関係あるって言ったから、天の川を連想して」

「東くんは、観察力や洞察力や想像力や推理力はからっきしやけど、直観力だけは人並みなんやね」

なぜだろう。褒められた気が全くしない。

「7月7日が川の日と決められたのは1996年なんやよ。惜しむらくは国民の祝日にならんかったことや」

残念そうに大坂さんは言った。なぜ休みたがる。

「ちなみに、お隣の奈良県では、独自に川の日を決めているんやけどね。正確には『奈良県山の日・川の日』で、7月の第3日曜日がその日に決められたんや。2008年7月から」

「へぇ。山の日と川の日を一緒にしたんだ。さすがに奈良だと海の日はできないからね」
 
「・・・東くん、それ、奈良県を海なし県って小馬鹿にしてるん?」

「いや、そういうつもりじゃないけど・・・」
 
大坂さんは同じ近畿圏内の各県に対する悪口にも結構敏感だったりする。
もちろん僕は奈良県と県民のみなさんを揶揄するつもりは少しもなかったのだが、今後は言い方に気をつけよう。

「そんな東くんには、この本を紹介してあげよう」
 
大坂さんは少しつま先立ちして本棚から本を一冊取り出し、僕に手渡した。

その本は『海のある奈良に死す』という題名で、作者は有栖川有栖。ということはミステリー小説なのだろう。

「海のある奈良?いや、奈良には海は・・・」

「あぁ、東くんは知らんのやね。福井県の小浜市は昔からのお寺がいっぱいあってな、別名『海のある奈良』と呼ばれているんや」

「そうなんだ。じゃあ、これはその小浜市が舞台のミステリー小説?」
 
大坂さんは悪戯っぽい笑顔を浮かべた。

「さぁ?それは、読んでのお楽しみってとこやね。さて、と・・・、あんまりお仕事の邪魔するのもなんやし、教室で待っとくから、図書委員の仕事が終わったら迎えに来て」 
そう言い残すと、大坂さんは図書室から出て行った。
最後まで手伝う気ゼロだったよ、この人は。
 
「あれがデネブ、アルタイル、ベガ」と廊下から、大坂さんの歌う声が聞こえてきた。

『君の知らない物語』という曲だ。
廊下は静かにあるきましょうという校則を思いっきり無視してる。まるで僕に聞かせたいかのように大坂さんは歌っている。
段々と大阪さんの声が遠ざかっていく。
 
つまり、あれか。
『君の知らない物語』の歌詞を思い出しながら僕は悟った。
 
今日は七夕にしては珍しく天気がいいので、一緒に「今夜、星を見に行こう」と僕のほうから自分を誘えと暗に言ってるわけだな、大坂さんは。
 
はいはい。精々ご期待にそえさせていただきましょう。
 
そう。僕は大坂さんに言わせると、直観力だけは人並みらしいのだから。

今年は例年になく早々に梅雨あけ宣言が出された。冷房代をケチっているためか、開けっ放しの図書室の窓から風に運ばれて夏の香りが僕の鼻孔をくすぐる。
 
「君をさらってゆく 風になりたいな」
 
気が付けば、僕はチューリップの『夏色のおもいで』の歌を口ずさんでいた。


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