【自己解釈】推しは推せる時に推せ

好きなものの話を続けようかと思ったけれど
人の心は移ろいやすいというわけで。

最近、推しについて
私はいつまで推しを推せるんだろう?
と、ふと考えるときがある。

今の推しを推す前に推してた推し(ゲシュタルト崩壊)は、いろんなことがきっかけで本人が理想とするファンに自分はなれないなと思って推すのを無期限休止している。

今の推しは楽しく程よい距離感で
応援できてる(2023.4.4時点では)。

けど、いつなにがきっかけとなって自分の心境が変わってしまうのかは誰もわからない。それこそ神のみぞ知る、ってやつ。


私はたとえ推すのをやめる日が来ても
必死で買い集めたグッズや雑誌が無駄だったとは思わないと思う。

それだけ毎日推しのことを考えて、
推しの言葉に癒やされたり
泣かされたり(良くも悪くも)
たくさんの感情を受け取ったことに
変わりない。

推しがいるだけで世界が煌めいて見えたこと
世の中捨てたもんじゃないぞと
思えたことは一生の宝になると
私は、そう思うのだ。

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