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交差点のアイドル

数年前のことだ。
私の住まいから程近い、車量の多い交差点のちゃんと歩道のところに立って、つまりみんなからよく注目される場所にて歌って踊っている若い男性がいた。
彼のことを、私の夫やその従兄は「アイドル」と呼んでいた。

アイドル氏は週に何度かそこに立ち、おそらくAKBとかそういった女性アイドルの楽曲であろう、そう推察されるものをスマホからイヤホンで耳に流し込みながら一人、歌って踊っていた。

障がいのある男性であることは想像がついた。
アイドルの立つ時間帯は夕方だ、きっと仕事終わりに交差点というステージに向かうことが彼の生きがいなのだろう。

私たちはアイドルに会うのが純粋に楽しみだった。
ふと従兄が車から手を振ると、アイドルは物凄い笑顔とオーバーリアクションで手を振り返し、ファンサをしてくれた。
それが嬉しくなって、私たちはアイドルを見かけるたびに手を振った。
彼は当時、私たちの「推し」と言っても過言ではなかった。

コロナ禍がきっかけだったろうか。
いつしか私たちはすっかりアイドルを見かけなくなった。

最近新聞で、パリコレに出たダウン症のモデルさんについて目にした。

「じゃあ、アイドルにも武道館に立たせてあげたかったな」と、夫が呟く。

私たちのアイドルは今、幸せに暮らしているだろうか。
願わくば他のどこかで、また誰かを笑顔にしてくれていたらと思う。
歌って、踊って。

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