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【21冊目】宝島 / ロバート・ルイス・スティーブンソン


このところなんていうのは梅雨空で。
なかなか外へ出て行くのにも億劫になってしまう季節な訳なんですが、そこへ行くと我々なんかはほんの10日ほど前までは緊急事態宣言下を生きていた。そうでなくとも、昨今なんていうのは流行病の影響でなかなか外へと出かけることが難しく、海外はもとより国内の旅行さえ控えるようにと勧告されている。私なんていうのは、本来そこまでアウトドアーという気質でもないものですから、別段インドアーでもいいかなぁなど思うわけなんですが、やはりこうも外へ出られない期間が続くと、どうしてもムラムラと旅行へと出たくなってくる。普段はアウトドアーでなくとも旅行は別腹、みたいな感じで、ソワソワとしてくるってんで、どうも調子が悪い。ならば、当店月初のお決まり「ウィグタウン読書部」なんていうのは、4畳半の自室でもって想像の翼を広げようってなものなわけですから。これはもう。旅に出るしかないですね。

というわけで、先月の課題図書はロバート・ルイス・スティーブンソンの『宝島』。冒険活劇でもって、この鬱々とした自室から帆を張り船をだそうじゃないかってやつですね。ウィーアー!ってやつですね。冒頭、本を開くとまだ目次よりも先に「買おうかどうか迷っているきみに」という短い文章が載っている。意訳すると「冒険の物語が好きなら読んでね!」ということが書かれているのだけれど、この短い文章の何がいいって、非常にジュブナイル感を煽るところなんですよね。ちょっと抽き出してみますと「船乗り言葉の船乗りの物語/嵐や冒険、暑さや寒さの物語(中略)/わたしは幼いころ、こういったものが大好きでした。/もし、きみもそういった物語を読みたいと思うなら/ーー今すぐにこの本を開いてみてほしい!もしそうでなく/勉強好きのきみが/昔の物語の楽しさを忘れてしまい/キングストンや、勇者バランタインや/森と海のクーパーなんか、もういらないというのなら/それはしかたない。わたしも海賊といっしょに/墓場にはいるとしましょう/海賊や海賊の物語のねむる墓のなかに」。この書き出しですよね。そんなこと言われたら、海賊の話に興味を持たないオトナなんかにはなりたくないと言わざるを得ないじゃないですか?あなたはどうでしょうかね?読んでいきましょう。

さて。ここからは例によって【ネタバレ注意】となるわけなんですがね。あらすじをさらっていくと、両親が経営していた宿に不審な男が入り浸るようになる。その男はどうやら海賊らしく、仲間に追われているらしい。すったもんだあって宿屋の息子がその男の荷物の中から宝の地図を見つけたからさぁ大変。少年は町の偉い人と一緒に船出の準備を進めて、いざ宝島、仲間を集めては出航したはいいものの、そこから先は謀略と裏切りが渦巻く航海となるのでした。果たして少年は無事に宝島にたどり着き、お宝にありつけるのでしょうか!?という物語なんですがね。このジム少年、とても勇敢で、行動力があり、しかし怖れを知っている、非常に魅力的な主人公なんですね。一癖も二癖もある大人だらけの船の中で、きっちりと自分の意見を通しながら、相手の意見にも聞く耳をもっているなんていうのはなかなか見上げた少年で、しかし、そんな立派な少年を取り巻く大人たちはというと、なんとも、まぁ、端的にいってクズが多い。それは、まぁ海賊なわけですから。当然といえば当然なんですが、例えば副船長として雇われたアローなんかは、始終酔っ払っていて全くもって仕事をしない。部下にもよくない影響を与えるってんで、みんないい顔をしていなかったんですが、ある夜、大海原のど真ん中で忽然と姿を消し、それに対しての周りのリアクションが「海にでも落ちたんでしょうな!」という船長の一言だけで、その次の行ではじゃあ誰かを副船長に抜擢しなきゃ、という話題に移っている。いかに使えないクズの副船長だったとはいえ、大海原で姿を消すというのは、それ命を落としているということで、にも関わらずそれに対して誰も悲しみもせず、驚きもしないなんていうのは、海の男たちのシビアさがあってすごくいいシーンですね。
そんなクズたちの中でも、ひときわ目立つのがジョン・シルバーその人で、今回はこのシルバーについてを中心に話を進めていこうと思うのですがね。初めはジム少年らの船の料理番として雇われ、また地元に顔が聞くことから乗組員集めにも大いに協力してくれる人物として現れるわけですが、こいつが非常に頼りになる。好人物で、仲間からの信頼も大きい、身体も大きく、何より片脚で肩にはオウムを乗せているという、非常に「海賊らしい」格好をしているわけなんですが、皆からの信頼を集めていく中で一体何を企んでいたのかというと、反乱を起こして船を奪い、宝の地図を奪い、宝も奪うという恐ろしい計画だったわけなんですね。水面下で甘言を弄して乗組員たちを一人づつ反乱軍の仲間に引き入れていくわけですが、ひょんなことからジム少年がそのやりとりを耳にしてしまう。近くの樽に身を潜めて彼らのやりとりを盗み聞きしているわけですが、このシーンなんていうのは手に汗を握らざるを得ないですよね。それまでの好人物だったシルバーが裏切り者の悪漢に変貌する様、また図らずもすぐそばでそれを耳にしてしまったジム少年の怒りと恐怖なんていうのは、序盤のハイライトといっていいシーンですよね。これによってジム少年らのいる正規軍対シルバー率いる反乱軍の構図が出来上がるのですが、その構図が出来上がるが早いか「陸だ!」という見張りの叫びをきっかけに、舞台は洋上から宝島へと移っていきます。
島に上陸してからは、ジム少年の密告によってシルバーの企みを知った本隊と、本性をあらわにして宝の地図を奪おうとする反乱軍との戦いとなるわけなんですが、やはり注目したいのは、シルバーの身の振り方と、ほとんど日和見的と言ってもいいほどの身代わりの早さなんですね。状況を的確に読み、時に本隊に擦り寄り、時に自ら指揮している反乱軍を裏切るような真似をして、なんとか宝を手に入れようとするわけなんですが、この男の身勝手さといったらなく、彼にとっては本隊も反乱軍もどうでもよく、大切なのは自分が無事に宝を(出来るだけ分け前を多く)手にすることができるかどうか、にかかってるんですね。大変利己的な男で、さすが海の男と言うべきか風向きを読む能力に長けており、旗色を眺めながらどちらの側に付くかを刹那的に決定している。そんなことをしていると、本隊はもとより反乱軍からも「話が違う!」と詰められるのだが、そんな折も圧倒的なカリスマと説得力で場を収めてしまう。支配的なまでの強権性を発揮したかと思うと、身を転じて相手側に取り入ろうとする際などは、惨めなほどにへつらったりもする。ジム少年に対しても「殺す」と脅していたかと思ったら、次の瞬間には「お前は俺の親友だ」など言っており、なんだろう、二重人格かな?ジキルとハイドかな?みたいになる。本隊を出し抜いて宝の場所まで行ったつもりが、本隊に出し抜かれていたことを知ると、即座に状況を察知して反乱軍を裏切り、そこからはさも自分は最初から最後まで本隊に忠誠を誓っていた従順なしもべでございます、と言わんばかりに軽口を叩き、本隊の船長に「そこにいるのはシルバーか?なんで、こんなところにやってきた?」と皮肉たっぷりに尋ねられるが早いか、ハキハキとした声で「船長、任務にもどってまいりました」と来るもんだから、もう笑うしかない。最終的に、シルバーが起こした反乱に乗ったメンバーは全員死ぬか島に残されるかしたわけで、その騒乱を起こした張本人であるシルバーが、さも従順な乗組員でございと言うツラをして船上の作業に従事しているのは、読者として納得がいかないような気持ちになったのだけれど、物語は残すところ数ページしかない。船長たちは宝を発見して帰路についているし、シルバーの不穏さはあれど、このまま帰って大冒険も終幕となるのかなと思っていた矢先に、具体的にいうと終わりから3ページ前とギリギリの瀬戸際で、シルバーの姿が船から消え、目撃していた乗組員曰く「先ほどの寄港の直後、ボートでこっそり逃げていくシルバーを目撃した。いくらか宝の山から金貨を持ち出していたようだが、これで厄介払いができるならとそのまま見逃した」と。物語が大団円に向かっていく船の中から、ギリギリで抜け出すなんていうのは、まさしく風見鶏的でありながら徹頭徹尾自分のことしか考えていないシルバーらしく、大海賊然とした振る舞いだったのではないかなと思います。表を読めばジム少年の大スペクタクルな物語ですが、脇を読むとするならば、それはまさしく己の利だけを考えて生きたシルバーの生き様を描いた物語ということもできそうですね。こうしてみてみると、己の価値観で自由闊達に生きているにも関わらず、その場その場のコミュニティではへつらわねばならないシルバーの姿というのは、少し考えさせられるものもありますね。自由を求めるということは。大団円から敢えて逃げ出すシルバーの姿に宿る憐憫こそ、利己者が選んだカルマということができそうですね。

 というわけで、先月の課題図書はロバート・ルイス・スティーブンソンの『宝島』でした。今月の課題図書は、三島由紀夫『金閣寺』です。アンビバレントな時代ですからね。読んでいきましょう。

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