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【23冊目】白墨人形 / C・J・チューダー

夏です。
当店は休業中です。

しかしいかがでしょうね。やはり夏というのはかなり特別な季節という感じがある。特に少年期においては男女ともに夏がスペシャルな季節になりやすい印象を受けて、それというのもやはり夏休みという存在が大きいのだろう。少年期における社会のすべてたる学校という空間から解放されて、本当の世界をに触れることができるのは、圧倒的に夏のイメージがあり、ある少年は両親の実家へ帰省、普段は関わり合いのない人々の間で居心地悪く過ごしてみたり、またある少年は海へ山へと駆け回り、頭ではなく身体で世界というものを知る。またある少年は自室に沈み込んでは山積される本の山への登攀を試みたりと、どんな過ごし方でも一様にアドベンチャー感がもたらされるのが、夏の素晴らしいところで、ならば、やはり、そんな夏にすべきアクションの一つは、そう。ウィグタウン読書部ですね。

というわけで8月の課題図書は、C・J・チューダー『白墨人形』。いわゆる「スティーヴン・キング強力推薦!」という小説なのですが、スティーヴン・キングなんていうのは「褒め褒めおじさん」と揶揄される(愛をもって)こともしばしばあるほどで、試しにいま「スティーヴンキング絶賛」というワードでグーグル検索をかけた結果をみてみると、上から映画『ビバリウム』、映画『クライモリ』、ノンフィクション小説『ホット・ゾーン』、映画『ザ・スイッチ』など、まぁ褒めまくっている。果ては「ホラーの巨匠、スティーヴン・キングが『カメ止め』絶賛」という記事まで現れる始末で、もはや「絶賛のバーゲンセール」状態。その内容も、ツイッター上で作品についてコメントした、なんていうのがあればまだいい方で、見出しにデカデカと「スティーヴン・キング絶賛!」と書いてある記事の中身は一切キングのコメントに触れていないなんてものもしばしば。まぁ「キング推薦!」というのは、その辺も含めてのお約束とされている感があり、そう考えると、例えばこの本の帯を担当した方なんかはまず、スティーヴン・キングのツイッターをチェックする。「from:stephenking "the chalk man"」というワードでツイッター検索をかけ、キングがなにかしらこれに対して呟いていたら、その時点で「よっしゃ!キング推薦の帯かけるで!」みたいな感じな気がする。それだけ、キングの名は訴求が強いのだろう。ともかく。

例によってここからは【ネタバレ注意!】となるわけだが、特に今回はミステリー・スリラー作品となるので、普段よりもう一回【ネタバレ注意!】と言っておく必要がある気がする。
プロローグとして林の落ち葉に埋もれた少女の死体と、その少女の上に降りかかっていた落ち葉を払いのけ、切断された頭部だけを持ち去るという人物が描かれる。これから始まる物語がどのように展開するのかワクワクする導入である。読んでいこう。

組み立てとしては、少年時代に起きた殺人事件と、それから30年経った彼らの様子が交互に展開していく。まさしくキングの『IT』的な組み立てで、舞台となる街もイギリスの田舎町ってことで、ロケーション的にも『IT』みがある。登場人物の少年たちが、みなそれぞれ家庭の事情(宗教だったり貧困だったり虐待だったり)を抱えていたり、男の子のグループの中に1人だけ男勝りの女の子が混じっていたり、舞台が田舎の小さな町だったり、30年の時を経て当時の子供たちが再集結していったり、グループのメンバーの兄弟がめっちゃ嫌なやつだったり、葬式のシーンで父親が殴り合いを始めたり、どうにもこうにも既視感がある。しかし『IT』がペニーワイズという化け物(直接的打撃が効く化け物、最高)というスーパーナチュラルなスリラーだったのに対し、こちらは最後まで人ならざるものは出てこない。ならば何が出てくるのかと言うと、それは人であって、その人たちがそれぞれに屈折やコンプレックスを抱えて事件が起こるのだから、むしろスーパーナチュラルなものよりもタチが悪い。少年時代の多感な時期特有の瑞々しさが、30年後の酸いも甘いも飲み込んだアダルトな視点から描かれる。それは、必要以上にわざときらめく少年時代を描いているようにさえ思うが、思えばその構造自体がミスリードと言えたのだろう。我々はラストに行くに従って、大人が子供に期待するある種の純粋さというものが、いかに本質を捉えていないものなのかを思い知らされることになる。

全体を通して読むと嫌な読後感の残るミステリー、いわゆるイヤミスってやつになるかとは思うのですが、同時に叙述トリックの効いたフーダニットものと取ることもできる。冒頭で描かれた少女の死と、その首を持ち去った人物は誰なのか。また、その死体は一体誰だったのか、など読者は少年時代と中年時代を行ったり来たりしながら読み進めていくわけだが、その読者を見事に(ミス)リードしていくのが、ところどころに現れる、チョークで描かれた棒人間、チョークマンである。
元々、少年グループの秘密の暗号を書き記したりするのに使われていたのがこのチョークである。メンバーはそれぞれ赤や黄色など、自分の色のチョークを持っているのだが、ある日、誰のものでも無い色で描かれた棒人間が現れる。そこに付随した事件によって、チョークマンは不穏な感情ともに中年期の彼らに襲いかかる。
「チョークマンを描いているのは誰か」というのは、作中に於いて冒頭の「少女の頭を持ち去ったのは誰か」「死体の少女は誰か」と共に、物語を貫いている謎の一つである。そして、ここからは核心的に【ネタバレ注意!】になるのだが、その謎は物語の最終ページまで解けない。
紙の本のミステリーの宿命として、たとえどれだけ読者がネタバレに気を遣っていたとしても逃れられない事象の一つとして「残ページ数」というのがある。読者は残りのページ数をながめながら「そろそろ重要な謎が解けるかな」とか「大どんでん返しがあるならそろそろかな」とか「あとちょっとだけど、まだ謎残りまクリスティなんだけど」など、謎に対する解決を予想する。それが、残り2.3ページともなると、大抵の場合はすでにエピローグというか、後日談。謎は解けました。平穏な日々が。しかし、まだ本当の謎は残ったままだったのです。トゥービーコンティニュウド。みたいな後日談になってくるもので、要は読み手の緊張もだいぶ弛緩してくるものなんですがね。今作では、まさしく最終ページまで謎が解けないものですから。そこに至って私なんかは「は?えー!じゃあまた最初から読まなきゃいけないじゃんよー!」なんてことになるのである。肝心な謎は3つ。「死体の少女は誰か」「死体の首を持ち去ったのは誰か」そして「チョークマンを描いているのは誰か」である。

しかしアレですね。やはり『IT』と比べてしまうのですが、『IT』がラストに行くに従って妖怪大戦争的な、街を飲み込む大スペクタクルになっていく痛快さを伴っていたのに対して、こちらのラストはある意味唐突で、ラストに向けての加速力が個人的にはもっと欲しい感じがしましたね。こう「衝撃の謎バーン!」「犯人ドーン!」「破滅!」みたいな。これが本作ではぬるぬるとイヤミス感あるラストだったので、個人的にはもっとカタルシスを頂戴!みたいな気持ちになりました。まぁ、面白かったんですけどね。ある種のノスタルジーと、その影に隠された残虐性と、誰もが胸に少なからず抱えている後ろ暗い思い出と。仮に、罪の意識にノスタルジーが乗るのであれば、こんな感じなんだろうなという感じですね。面白かったです。

というわけで、今月の課題図書はC・J・チューダー『白墨人形』でした。来月9月の課題図書はショーン・バイセル『ブックセラーズ・ダイアリー』です。本来当店の読書部は偶数月に海外作品、奇数月に国内作品を扱うことにしているので、来月は国内作品のターンのはずなんですがね。こちらの『ブックセラーズ・ダイアリー』、なんと当店の名前のモデルとなったスコットランド、ウィグタウンの古書店のご主人が書いた本なんですね。当店としてはいち早く扱いたい本なんですね。また9月末には、毎年恒例ウィグタウンブックフェスティバルもオンライン開催が決定してますので、その前に扱いたかったというのもありますね。古書店の毎日。ぜひ読んでいきましょう。

それでは本日も当店は休業中です。
みなさまどうぞお身体にお気をつけて健やかにお過ごしくださいませ。

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