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【44冊目】一年ののち / フランソワーズ・サガン

七月です。
本日14時-24時半です。

梅雨らしい天気ですね。雨の休日なんていうとぐっとお外に出る気分がダウンするなんてことで、晴耕雨読なんて昔の人はよく言ったもので、雨が降ったならば家で本を読んでおけばいい。するってぇと、当店なんていうのは毎月月初に課題図書を選定する「ウィグタウン読書部」ある。先月なんていうのは、スコットランド行ったりとかあれそれで月初は慌ただしく、ぬるっと5月6月合併号にしたんですがね。今月はやっていく構えですからね。読んでいきましょう。

というわけで、先月からの課題図書はフランソーズ・サガン『一年ののち』。みんな大好きジョゼが出てくる作品なんですがね。サガンといえば、どちらかというと私よりも少し年上世代の女性が好きな作家という印象があるわけですが、私世代からすると圧倒的にジョゼ。『ジョゼと虎と魚たち』からサガンを知ったという世代なんですね。そんなわけですから作品は知っていた。『ジョゼ虎』の中で引用されるセリフなんかはそらんじることさえできるわけなんですがね。未だ読んだことはないってんで今回選んだわけですが。結論から言うと、めちゃめちゃ面白かったです。平たくいえば男女9人が入り乱れるラブワゴンなわけなんですが、昼ドラ展開あり、王道ラブコメ展開あり、やや腐要素なんかも感じたりして、なんというか、これを下敷きにいくらでも恋愛ドラマ作れそうだなって思いましたね。9人のキャラがそれぞれたっていて。例によってここからは【ネタバレ注意!】となるので、9人の恋愛模様を自分の目で確かめたいという方はご注意くださいませ。

さて。
めちゃめちゃ面白かったと言っていたわけですがね。これが最初からめちゃめちゃ面白かったわけではなかった。最初一回通しで読んでみての感想はというと「なんや男女がふわふわくっついたり離れたらしとるだけやんけ。あほらし」みたいなもので、それというのも、最初は登場人物が誰が誰やら把握しきれていなかったというのがあったんですね。それが先月はスコットランド研修というイベントがあったわけじゃないですか。行き帰りのフライトで20時間くらい座っている。するってぇともう一回読んでみようかな、みたいな気持ちになるもんで、もう一度誰が誰だかしっかり意識しながら読んだらめちゃめちゃ面白かったって話なんですがね。毎回どんだけざっくりとしか読んでいないんだって感じですね。それでは話を追ってみましょう。

物語は、ほぼ泣きながら朝4時に女のとこに電話をする男のシーンからスタートする。なんというか。のっけから女々しさが全開で、はぁ、という感じである。どうやら話は、この電話をかけた男ベルナールと、電話をかけられた女ジョゼを軸に進むのかな、など思うのだけれど、実際はそんなことなく、まさしくラブワゴンの様相で矢印が入り乱れることになる。
登場人物は以下の通り。若者を集めてパーティを主催するアランとファニーの初老の夫妻、作家崩れのベルナール、気ままなお嬢さんのジョゼ、女優を目指すベアトリス、そして田舎から出てきたアランの甥であるエドワールが加わり、ベルナールの妻ニコル、ジョゼが気ままに寝た教養のない男ジャックの8人と、そして劇場の支配人であるジョリエを合わせて9人である。最初にパーティが開催されてから、同じくパーティが開催されるまでの1年間を描いた小説と言うことが言えるのですが、最初のパーティで描かれた穏やかな人間関係は、1年後のパーティではドロドロになっていることになる。不倫、三角関係、枕営業、NTR、アルコール、DVに老いらくの恋まで、わずか9人の人間関係は複雑に絡み合っていく。それぞれの関係に対する思惑が丁寧に描かれていて、誰に感情移入するかによって感想は変わってくるのかと思うが、私が一番魅力的に感じた人物は、最終的にジョゼとカップルになったジャックですね。

ジャックの初登場は、ジョゼとともにベッドの中にいるシーンからスタートする。なんだ最初からカップリングされているじゃないかというとそうでもなく、なぜならジョゼはこの時ジャックを評して〈彼はなかなか美男だったが、下品で、興味がなかった。ベルナールよりずっと頭も悪かったし、ある意味では彼より魅力的ですらなかった〉と言っている。この後も、あらゆる場所でベルナールと比較して下に見られ、社交の場に出すのを恥ずかしがり、幼稚な振る舞いを馬鹿にしたり、気詰まりな時間を過ごしたりしている。はっきり言って、ジャックとともにいるときのジョゼはちっとも楽しそうでなく、それに比べてジャックは小さな笑いを浮かべながら「俺のことを好きかい?」とかジョゼに聞くものだから、彼女も恥ずかしいやら可笑しいやらで、笑い出してしまう。こんな様子から、ジャック→ジョゼの矢印は一方通行なものなのかと思うも、物語が進行していくにつれ、ジャックの一途な思いがジョゼの心を掴んでいく。彼女が〈気詰まりな時間〉と呼んだ日々は、ジャックが彼女にふさわしい人間になるべく足掻いていた日々であり、彼はその間に社交を学び、勉強をし、徐々に彼女にふさわしい男になっていった。登場当初の「教養のない退屈な男」は、彼女に退屈な思いをさせつつもしっかりと自分の側にキープし続け、その傍らでしっかりと勉強をして教養を身につけ、しまいにはジョゼに「この男、悪くないかも」みたいに思わせるのだから、大変によろしい。
このジャック⇆ジョゼを阻もうとする三角関係のもう一角がベルナールで、作家崩れのベルナールは教養があり、ジョゼを退屈させないが、そもそもが彼は既婚者であり、妻にニコルという女性もいる。それなのに彼は、ジョゼに熱を上げており、妻が「行っちゃやだ」というのを「君も実家に帰って羽を伸ばせばいい」みたいなこと言ってないがしろにする。なかなかのクズっぷりなのだが、彼のクズっぷりを象徴するエピソードが、妻ニコルの妊娠発覚を知らぬままにジョゼへのラブレターを書いているシーンなんですよね。ベルナールは作家活動のためといいイタリアへ旅立つ。泣きながら「お手紙くださる?」と見送りに来た妻ニコルに対し「毎日書くよ」と言いながら、頭の中ではもうジョゼのことを考えている。本当にニコルのことを一顧だにしないクズっぷりに、すげーな、とさえ思うのだが、ニコルもニコルで「私が退屈な女だからいけないの」みたいなことを言っていて、なんというか、それはそれで苛々する。『木綿のハンカチーフ』の女みたいな感じがある。それはそれとして、ベルナールのイタリア滞在中にニコルは妊娠が発覚し、なんだかんだあってその事実をベルナールに伝えにいく役割をジョゼが担うことになるシーンなんかは、なんとも残酷で印象的ですよね。この出来事は特にジョゼ、ベルナール、ジャックの三角関係を動かすのに大きな役割を担っている。ニコルからその事実を聞かされたジョゼは「そのことをベルナールに伝えに行かなきゃ」というが、当のニコルはそれに臆して行動を起こせずにいる。結局ジョゼは、伝えにいく役割を買って出るわけなんですが、その際に「こんなニュースを聞いたらベルナールはどんな反応を示すだろうか(きっと喜ばないだろう)」「それに引き換えジャックだったら(デレデレになるだろう)」と、ベルナールとジャックが父親になったときのことをそれぞれ想像する。そして、その想像を抱えながら自宅に戻ると、そこにはジャックがおり、ジョゼの話を一通り聞くと〈「きみ、たいへんだったね」とさえ言った。それから、一緒にどこかへ行こうかと誘った、はじめて、医科の勉強をほったらかして〉。このジャックの行動は最高にかっこいいですよね。それまでは無教養で幼稚でどこか頼りない男として描かれていたジャックから、気苦労をしたジョゼを労わろうという気持ちがストレートに出ている。そもそも勉強ばっかりしてジョゼに〈気詰まりな時間〉を過ごさせているのも、そのモチベーションを辿れば「彼女にふさわしい男になろう」という努力に他ならないのだが、その象徴とも言える「勉強」をほったらかしてでも、彼女を労わろうというジャックの行動は素晴らしい。「勉強」も「労り」もどちらも彼女のためのアクションと言えるのだが、彼はそのプライオリティを計り違えることなく、ストレートにジョゼを労る方を選んだ。この瞬間が、ジョゼの気持ちがジャックに傾いた瞬間だと思いますね。
一方でベルナールはというと、悲壮な覚悟を胸に突如あらわれたジョゼの姿にウキウキを隠さない。ジョゼの胸中を慮る様子はなく、自分本位の考え方で彼女を抱き寄せるわけだが、それに対してジョゼも、伝えなくてはいけない事実を胸に抱きながら、彼の共犯者になることを選ぶ。〈彼女が感じていたのは、憐憫でもなく、皮肉でもなく、深い共犯[ルビ  : なれあい]の感情だったのだ〉〈いつか、ジョゼもまた、ベルナールと同じように間違いを犯すかもしれない、そして彼と同じように、偽りの相手と幸福の劇を演じるかもしれない〉というジョゼの内面描写は、すごくいいですよね。彼女はすでにこの時点で、自分のベルナールに対する気持ちが本物ではなく、またベルナールの自身に対する気持ちも偽りであることを感じ取っているんですよね。すごくいいシーンだと思いました。その後ジョゼがベルナールとともにイタリアから帰ると、ジャックの姿がない。彼は自分というものがありながらベルナールの元へ行ったジョゼにヤキモチを焼き、家を引き払っていた。ジョゼは彼を町中探し回り、ようやく一軒のキャフェで彼の姿を見つける。やきもちをぶつけ「なぜ俺を探してたんだ」とブーブー言うジャックに対して、ジョゼは「あんたが必要だったの」と答えて涙を流す。どこかスカしたところのあるジョゼの口から出た、はじめての真実の言葉は、なんとも感動的ですね。おめでとうございます、って感じになりましたね。

さて。「ジョゼ、ベルナール、ジャック」の三角関係と同じく、大きな恋愛模様を描くもう一つの関係が、ベアトリスを中心とした「エドワール、ジョリエ、アラン」の四角関係である。四角関係というよりか「ベアトリス、エドワール、ジョリエ」+「アラン」の、三角関係+1と言った方が正確かも知れないが。
こちらの関係では、モテモテの女優ベアトリスが、若く純粋無垢なエドワールと、オトナで権力もある劇場支配人ジョリエのどちらを選ぶかで心が揺れる様が描かれている。そこにひとり、女優にガチ恋した初老のアランが加わり、そのアランの妻であるファニーの静かな復讐も描かれる。アランのガチ恋っぷりも惨めだが、長年連れ添った旦那に「俺が欲しいのは君じゃないんだ」みたいなことを暗に言われるファニーの惨めったらしさもまた、ドロドロした昼ドラ展開を加速させ、そこへ純粋無垢なエドワールを復讐に利用しようとするファニーの行動なんかもあって、ちょっと、直視に耐えないようなギトギトの恋愛模様が描かれるわけだが、そのアラン夫妻をめぐる昼ドラ展開とは別に、ベアトリスをめぐる三角関係は、それよりもう少し爽やかである。
ベアトリスは当初、エドワールを坊や扱いしていたが、彼の純粋無垢で真っすぐな情熱に当てられ、関係を深める。一方劇場支配人のジョリエはというと、彼女に好意を持っていることは間違いないものの、それが「支配人と女優」としての関係なのか「男と女」の関係なのかが判然とせず、随分と長いことベアトリスをやきもきさせるとになる。これなんて言うのはジョリエの老獪なテクニックと言えるのだが、野心家のベアトリスにはそれがとっても効果的だったんですね。この二人のどちらかを選ぶことになるベアトリスの立場において、重要なフレーズとなるのが、エドワール、ジョリエ両者から発せられる「喉が渇いた」と言うセリフである。
エドワールはある晩、ベアトリスを自宅へ送っていったあとで〈階上へ上がって最後に一杯飲んでもよいかと尋ねた〉。〈だめよ、エドワール〉とたしなめるベアトリスにエドワールは〈でも、ぼく、ひどく喉がかわいているんです〉と食い下がる。ひどくチープな男女のやりとりにも思えるが、この時エドワールはマジで喉がかわいていただけなんですね。ベアトリスは、そんな様子の彼を家にあげ、なんとなくいい雰囲気になったのを改めてたしなめると、おとなしく仔犬のように去っていこうとするエドワールの姿を見てたまらなく愛おしさが溢れてくる。結局その晩二人は一夜をともにすることになり、そこから関係が始まることになるのだけれど、エドワールが彼女に見せたのは純粋な想いであり、そこに恋愛の駆け引きはなかった。
翻ってジョリエはというと、徹頭徹尾、支配人という立場を守りながら、オトナの駆け引きを仕掛けてくる。二人の関係が劇場の外にまで噂され始める段になってもジョリエは彼女の身体には触れず、人々の噂を否定するでも肯定するでもなく、意味ありげな微笑みを浮かべるだけの紳士を演じきっている。この態度はベアトリスに対しても一貫しており、それゆえに野心家の彼女は彼のオンナになることへのメリットなどを考えてやきもきすることになる。そして、彼女を主演に起用した舞台の初日が成功に終わったまさにその夜、ジョリエは彼女の家へとあがる。ともに舞台の成功を祝い、その栄光を讃えながらも、彼がふとこぼした「ひどく喉がかわいた」という一言に、彼女はエドワールを思い出し、涙を流す。エドワールと過ごした日々の素晴らしさと、彼の純粋な想いの尊さを胸に抱きながらも、彼女はジョリエと一夜をともにする。どちらもを取ることはできないのだ。彼女は彼女の選択をし、エドワールは振られてしまうわけなんですが、彼は、まぁ、若いですし。ジョゼ+ジャックのカップルとも仲良くやっているようですから、すぐいい人が見つかるでしょう。問題はガチ恋のアランですがね。こいつは酒ばっか飲んでますし、だめですね。女優にガチ恋した憐れな初老の男性には酒くらいしかないんですかね。血迷った挙句酒ばっか飲んでるアランも憐れなんですが、それでも、少しの愛らしさというか、そんなものが残っているような気もしましたね。

さぁ。全てのカップルが落ち着くべきところに落ち着いた翌日。メンバーは再びアランの家で行われるパーティに参加するため集結する。みなはそれぞれの想いを抱えながらも陽気に過ごす。部屋の隅では、雇われた若い音楽家がピアノを弾いている。一年前のパーティーの時と同じ曲である。そう。この物語は、このピアノの曲からスタートし、てんやわんやあってまたこの曲に戻ってくる。なんとも映像的な演出ですね。そして物語はラストシーンへと向かう。ベルナールがジョゼに向かって言う。〈いつかあなたはあの男を愛さなくなるだろう〉〈そして、いつかぼくもまたあなたを愛さなくなるだろう〉〈『われわれはまたもや孤独になる、それでも同じことなのだ。そこに、また流れ去った一年の月日があるだけなのだ』〉〈"ええ、わかってるわ" とジョゼが言った〉。その後に「われわれはいったいみんな何をしたって言うんだろう」みたいに問うベルナールに、ジョゼは『マクベス』の引用を用いて〈そんなふうに考えはじめてはいけない〉〈そんなことをしたら気違いになってしまう〉とたしなめて物語は終わる。最後までジョゼはベルナールにとって憧れの女性であり続けたわけですね。ベルナール女々しいぞ。

と言うわけで、先月の課題図書はフランソワーズ・サガン『一年ののち』でした。大変面白かったですね。基本的にはジョゼ⇆ジャックのカップル推しですが、ベアトリスの打算と純情の間に揺れる様もわくわくしましたね。ジョゼがニコルに対して用いた〈男性専用の女の愚かさ〉というフレーズにもぞくぞくしましたね。面白かったです。7月の課題図書は橘外男『蒲団』です。ぞくぞくしていきましょう。

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