シリコンバレー投資家御用達のSAFE(Simple Agreement for Future Equity(将来株式の簡易な同意書)詳細解説
SAFEの概念
SAFE は米国のカリフォルニアに拠点を置くベンチャーキャピタル(VC)、Y Combinator が2013年に開発した投資用テンプレートで、 Simple Agreement for Future Equity(将来株式の簡易な同意書)の頭文字をとって SAFE と呼ばれている。
Y ConbinatorはSAFEについて、「SAFE は多くの場合においてConvertible Note(転換社債)に取って代わるものであり、Convertible Note(転換社債)の有する課題をその柔軟性によって解決するものとしている。さらに,簡略でありかつ分かりやすいことに加えて、SAFE は投資家にも資金調達者にも公正さも有しており、上位のスタートアップ投資家によって積極的な評価を得ているとされる。つまり,SAFE はConvertible Note(転換社債)の進化形であり、スタートアップ投資家の間で、同じ目標を達成するためのより簡便な手法とみなされるものと期待される」と述べる。
まずは、前提知識として、Convertible Note(転換社債)と、Convertible Equityについて説明をする。
Convertible Note(転換社債)
Convertible Noteとは、将来的に株式に転換する約束が付されたPromissory Note(手形)であり、その本質的な性質は負債。
Convertible Noteが株式に転換又は元本で返還されるシナリオとしては、
① 将来一定金額以上の資金調達が生じた場合(Qualified Financing)
② 対象会社が売却される場合(Corporate Transaction)
③ 満期(Maturity)での返還
の3つがある。
Convertible Equity
Convertible Equityとは、Convertible Noteから返済期限と利息を取り除いたものであり、現在では、Y CombinatorによるSAFE(Simple Agreement for Future Equity)や500 StartupsによるKISS(Keep It Simple Security)等が広く浸透している。後半でSAFEとJ-KISSの違いを説明。
Convertible Equityの利点としては、
① Convertible Note同様、簡便であり、実質的に唯一交渉が必要な事項はバリュエーション・キャップのみであること
② ひな形の利用による標準化が可能であること(Y Combinatorは、バリュエーション・キャップ*及びディスカウントの有無により4種類のSAFEのひな形を提供)
③ 満期による償還の必要性がなく、倒産状態に陥るリスクがないこと
等が挙げられる。
*バリュエーション・キャップ:
SAFEの投資家がシリーズAの株式に支払う1株当たりの価格の上限。これは、株価ではなく会社の時価総額で定義されます。評価上限は通常200万ドルから1,000万ドルの間です。数字が大きいほど(一般的には)会社にとっては有利。
SAFEの様式
SAFEはテンプレが用意されている。
4パターンあるが、基本的には、下記の箇所が最も重要であり、ここで投資家側と交渉を求められる。
THIS CERTIFIES THAT in exchange for the payment by [Investor Name] (the “Investor”) of $[ __ ] (the “Purchase Amount”) on or about [Date of Safe], [Company Name], a [State of Incorporation] corporation (the “Company”), hereby issues to the Investor the right to certain shares of the Company’s capital stock, subject to the terms set forth below.
The “Valuation Cap” is $[__].
The “Discount Rate” is [100 minus the discount]%.
“Valuation Cap”は上記の*で説明した通りで、“Discount Rate”は割引率。
割引率は、お店で使うクーポンのようなもので、20%の割引は、20%オフのクーポンと同じ。シリーズAの投資家が1株あたり1ドルを支払う場合、SAFEの投資家は0.80ドルで株式を購入する。
(!)SAFEでは、割引ではなく「割引率」を定義していることに注意。
これは単に100から割引を引いたものを意味している。20%の割引は80%のDiscount Rateと同じである。Discount Rateは、クーポンで、"小売価格から20%引き "ではなく、"小売価格の80%を支払う "と書かれているようなもの。
SAFEの3つの特徴
① 転換社債と異なり、SAFE は債務証券ではない。債務証券は満期が設定されており,一定の規制に服さなければならず、償還不能のリスクがあるとともに,利払いも要求される。さらに,劣後特約条項の設定が必要となることもある。これらは、いずれもスタートアップ企業にとって、意図せざる負荷になる可能性がある。
② 簡単に資金調達が可能
ネット上でテンプレートが公開されているため、様々な条項を交渉する必要がありません。バリュエーション・キャップだけを決定すればよく、交渉による資金調達の遅延を防ぐことができる。シードステージにおいて、時価総額を計算することそのものが不可能に近いため、簡略な契約で資金調達が可能であることは大きなメリット。
③ SAFE は,多数の交渉事項を必要としない,柔軟かつ単一書面の証券であるため,スタートアップ企業にとっても,投資家にとっても,弁護士費用が節約できるとともに,両者が条件交渉に費やす時間も節約できる。つまり,スタートアップ企業と投資家は,バリュエーション・キャップだけを交渉すればよい。SAFE は期間や満期を有しないので,満期の延長や金利の引き上げなどにかかる時間とコストを必要としない。
SAFEの契約パターン
① Valuation Cap, no Discount:バリュエーション・キャップあり方式
次回のラウンドの投資家がバリュエーションを高くつけすぎることで、転換価額が大きくなりすぎるのを防ぐ効果がある。これにより、転換後の株式数が想定よりも少なくなることがなくなる。
② Discount, no Valuation Cap:ディスカウントあり方式
ディスカウント率とは,一般投資家が当該株式を購入する際の価格と比べて,SAFE 投資家が購入する際の割引率を意味している。
③ Valuation Cap and Discount:バリュエーションキャップ、ディスカウントあり方式(両方あり方式)
この場合、上記①と②で説明した内容を比べて SAFE 投資家にとって有利となる方法で株式を取得することができる。
④ MFN (Most Favored Nation), no Cap, no Valuation Discount:
MFN とは、Most Favored Nation のことで、最恵国待遇と訳される。つまり、SAFE を発行した後に「バリュエーション・キャップ」や「ディスカウント」について、当初の SAFE よりも有利な条件で SAFE が発行される場合、その条件が適用されるということ。
SAFEに関するイベントについて
① エクイティ・ファイナンシング:
SAFE の終了までに株式発行が行なわれた場合、当該会社は SAFE 投資家に対し、株式を発行することになる。ただし、その条件は上記のSAFE契約パターンで異なっている。
ⅰバリュエーション・キャップだけが明記されている様式:
⒜プレマネー・バリュエーション ≦ バリュエーション・キャップ
当該会社は投資家に対して、標準優先株の株価で除した購入金額相当数の標準優先株を発行する。
⒝プレマネー・バリュエーション > バリュエーション・キャップ
当該会社は投資家に対して、SAFE 価格で除した購入金額相当数のSAFE 優先株を発行する。
例)バリュエーション・キャップを100万ドルとし、この契約によって発行される優先株(SAFE 優先株)の株価100ドル、株数 1 万株と仮定する。この場合,投資家は SAFE を契約する際に100万ドルをすでに支払っており、この100万ドルがここでいう購入金額である。その後,当該会社が標準優先株を発行することになり,その際の公募価格が50ドルと決定された場合⒜,プレ
マネー・バリュエーションは50万ドルとなる。この場合、SAFE 投資家は SAFE 価格の100ドルではなく、標準優先株の50ドルで購入金額の100万ドルを除した株数, 2万株を取得することができるが、公募価格と同条件であるため、SAFE 投資家にとってのプレミアムは得られない。逆に,公募価格が200ドルと決定された場合⒝、SAFE 契約がなければ、100万ドルの投資金額では5000株しか取得できないが、SAFE投資家には、SAFE 価格の100ドルで取得できるため 1 万株が取得でき、50%のディスカウントが享受できる。なお、標準優先株とSAFE優先株には、権利内容などには全く差異はなく、SAFE によって発行されるかどうかの違いである。
ⅱディスカウント率だけが明記されている様式:
こちらは単純で、当初定めたディスカウントの割合に従って SAFE 優先株が発行される。
ⅲバリュエーション・キャップとディスカウント率が明記されている様式:
投資家に対して、転換価格で除した購入金額に相当する SAFE優先株が発行される。
ⅳバリュエーション・キャップもディスカウント率も明記されていない様式:
優先株式の株価で除した購入金額に相当するエクイティ・ファイナンシングで売り出された優先株数を投資家に発行する。
② リキディティ・イベント:
SAFE の契約書上は支配権の変更や IPO があった場合とされる。このイベントにおいて SAFE 投資家は、「購入金額に等しい金銭の支払」、または「購入金額に等しい普通株式」のいずれかを得ることになる。もし、購入金額に満たない資産しかなく、SAFE 投資家に全額を返還ができない場合は、購入金額に応じたプロラタ*1で返還することになる。普通株式の株式数については、リキディティ価格(Liquidity Price)*2で購入金額を除して得られる。
*1プロラタ:
債務の残高に応じて比例配分する方式のことを言う。今回のように、全額返済ができないものの、一部について返済が可能な場合、その残高に応じて比例配分する際に用いられる語句です。ラテン語の pro rata に由来。
*2リキディティ価格(Liquidity Price):
まずリキディティ・キャピタライゼーションに関して。リキディティ・キャピタライゼーションとは、リキディティ・イベント直前の時点における当該会社株式数(転換分を含む)、ただし確定および未確定のオプション,ワラント,転換権付き証券の残高を含むが,将来の株式インセンティブ・プラン等によって交付される普通株式,当該契約および他の SAFE や転換社債は含まない。リキディティ価格とは、ポストマネー・バリュエーション・キャップをリキディティ・キャピタライゼーションで除した1株当たりの価格を意味する。
③ 解散事案:
終了までに解散となった場合、当該事案の直前または同時点で当該会社は購入金額相当を投資家に支払うことになる。購入金額は,当該会社資産の清算前に、それに優先して株主に支払われる。もし解散の確定直前に、投資家および他の SAFE 投資家(これらを「解散投資家」とする)に対して法的に分配が確定した当該会社資産が、当該会社役員の誠実な決定により解散投資家に対してそれぞれの購入金額に応じて支払いするに十分でない場合、法的に分配可能な当該会社の全資産は、優先順位かつプロラタによって、解散投資家に対して、その保有可能株数に応じて分配される。
④ 終了:
この契約は,(ⅰ)契約事項に則した投資家への株式の発行、または(ⅱ)契約事項に則した投資家への支払いおよび支払い準備により完了資家への支払いおよび支払い準備により完了する。
ここまでざっと見てもらったが、SAFEは、元本の満期及び利息が存在しないという点を除いて、Convertible Noteと大幅に変わるところはない。そして、元本の満期及び利息が存在しないと言うことは、ゾンビカンパニーのように、SAFEを実施した後に資金調達などのファイナンス行為を行わず、また清算もしない会社にとって制約が存在しないと言うことになる。
SAFEによるLiquidation Overhangの発生について
シリーズA投資家であるVCにとっては、清算時におけるエンジェル投資家への残余財産分配(Liquidation Preference)が過剰に支払われるという問題(Liquidation Overhang)が生じる。
例)Convertible Noteの投資額が$1M、シリーズAの投資額が$4M、シリーズA投資後のPost-money valuationが$20Mであるとする。
バリュエーション・キャンプが$4Mであるとすると、シリーズAによる資金調達の直前時点(Pre-money)で、エンジェル投資家は1/5(=$1M/($1M+$4M))の持分を取得することになります。創業者が有する普通株式が100株であるとすれば、エンジェル投資家は25株の優先株式を有することになります。
※Convertible Noteの転換価額は、$Y/転換直前の完全希薄化後株式数で算出。
一方、シリーズA投資家はPost-moneyで20%(=$4M/$20M)の持分を取得するので、シリーズA投資家の株数は、31.25株(X = 20%*(X+100+25)で求められるX)となります。
つまり、バリュエーション・キャンプが$4M、Post-money Valuationが$20Mの場合、シリーズAの優先株式は56.25株(エンジェル投資家25株、シリーズA投資家31.25株)発行されることになる。
優先株式のLiquidation Preferenceが1倍であるとすると、シリーズA投資家は31.25株の優先株に対して$4MのLiquidation Preferenceを有することになり、エンジェル投資家は25株の優先株式に対して$3.2MのLiquidation Preferenceを有することになる。
しかし、元々エンジェル投資家は$1Mしか投資をしていないので、実質的には3.2倍ものLiquidation Preferenceを有することになる。
この$2.2Mの差額がLiquidation Overhang(残余財産分配が過剰に支払われること)と呼ばれるものであり、特にシード段階からシリーズA段階にかけてバリュエーションが高騰した場合に顕在化する問題。
仮にシリーズA調達直後に清算(またはそれに準ずるイベント)が生じたとすると、シリーズA投資家は、自己が投資をした$4Mのキャッシュのうち、一部しかLiquidation Preferenceとして戻ってこないことになり、残りはエンジェル投資家に支払われてしまう。シリーズAの調達時点でのPost-money valuationが高くなり、シリーズAの支配権をエンジェル投資家が取得することになった場合(これまでの事例でいえば、Post-money valuationが$40Mになった場合)、問題はさらに深刻化する。すなわち、シリーズAの支配権を有するエンジェル投資家は、Liquidationを強行し、シリーズA投資家が投資したキャッシュの一部をエンジェル投資家に移転することが可能になる場合がある。エンジェル投資家は資本コストが低いため、新規に投資するシリーズA投資家よりもアーリーエグジットを求めるインセンティブが高くなり、エンジェル投資家とシリーズA投資家との間で利害が相反する結果になる。
Liquidation Overhangの解決
エンジェル投資家に発行される優先株式のLiquidation Preferenceは、SAFEに拠出した投資額と同額に限定され、そのような優先株式はシリーズA-1(サブシリーズ)と呼ばれる。このような限定をすることによって、Liquidation Overhang(残余財産分配が過剰に支払われること)の問題をクリアすることが可能。一方、Pre-money Valuationがキャップを下回った場合、キャップは適用されず、SAFEの転換価額は、シリーズAで発行される優先株式の発行価額と同額となり、Liquidation Preferenceも同条件となる。
SAFEの転換後
SAFEから転換されたシリーズA優先株式を保有することとなったエンジェル投資家は、優先株主として、次回の資金調達におけるPre-emptive Right(先買権)を通常有することになる。このような権利は優先株式の発行時点での書面やサイドレターに規定されるが、ごく少額のエンジェル投資家にもPre-emptive Rightを付与されることを防ぐため、一定の金額以上を拠出したエンジェル投資家にのみPre-emptive Rightを与えることを規定することもある。
通常の資金調達手段と異なり契約の期限が設けられていない。デットであれば返還期限、社債であれば満期、そのた投資契約であれば上場期限など。そのため、何らかのExitもせず、倒産もすることなく平常運転を続ける場合は、投資家にとって旨味がない投資方法であるともいえる。それらを考慮すると、スタートアップにとっては、交渉の手間や時間を考えれば、コストの削減になるばかりか、期限がないという点においても有利な方法であるといえる。
SAFEとJ-KISSの違いについて
バリュエーションについて
SAFE
ポストマネー
J-KISS
プレマネー
ディスカウントについて
SAFE
ケースバイケース
J-KISS
あり
満期・利息
SAFE
なし
J-KISS
満期あり(18ヶ月で過半数の合意)
転換前の売却
SAFE
1×または普通株式に転換
J-KISS
2×または普通株式に転換(モラル条項)
VCなどの情報請求権
SAFE
なし
J-KISS
あり
譲渡
SAFE
不可
J-KISS
可能
一概に言えないが、両者を比較するとSafeの方がより起業家有利な条件が多い。バリュエーションについてはSAFEのポストマネーでのバリュエーションの方が使いやすいのではないかと思う。
ポストマネーでバリュエーションキャップを決めておけば、それぞれの投資家に対してどれだけ放出したかも非常にわかりやすいし、複数回転換株のラウンドを重ねたとしても複雑な計算なく転換が可能。
SAFEやJ-KISS(Convertible Equity)の使用上の注意
SafeでもJ-kissでもこれでラウンドを複数回重ねてしまったり、ダウンラウンドになってしまったりした場合、思った以上の放出をしてしまう可能性がある。特にプライシングラウンド(基本的には優先株の次のラウンド)までに複数回の調達が必要なビジネスの場合は注意が必要。
また、SAFEを実施し、その後長期間資金調達を行わずIPOを実施するなどの場合、思った以上の株が放出されてしまうので、その場合はわざと段階的に資金調達をするなどが考えられる。
SAFEに関する質問
(1) SAFEは修正できるのか?
A.修正は可能。しかし、あまり修正は行われない。
「はやい・やすい・うまい」を実現するために作られたSAFEは、なるべくその趣旨に反しないように、経済条件以外は変えずに利用しましょうと言う空気感がある。
(2) Valuation CapやDiscount Rateは投資者ごとに異なっていてもよいのか?
A.異なっても良い。しかし、合理的な理由(例えば、時期が結構ずれているなど)なく条件を異ならせると、間違いなくトラブルの種になる。
SAFEを発行する時点で他のSAFEの存在や条件を明らかにする義務は厳密にはないが、どんなに遅くとも転換が生じる次の資金調達時に誰に対してSAFEを発行していたかは、必ず明らかになる。その際に、Valuation Cap等の経済条件が違っていれば、転換される株式数に違いが生じてきますので、確実にバレる。
(3) 転換される株式の内容はどのように定まるのか?変な優先株に転換されてしまう可能性があるのではないか?
A.SAFEは、次のラウンドの資金調達で発行される「Preferred Stock」と同一の内容の株式に転換されるのが原則(SAFEで定義されるところの「Standard Preferred Stock」)。転換価格が次のラウンドの資金調達での1株あたりの株価よりも低い場合(Discount RateやValuation Capが発動された場合)には、Liquidation Preferenceのみ転換価格と一致させた亜種のPreferred Stockが発行される(SAFEで定義されるところの「SAFE Preferred Stock」)。
参考資料:
http://pnwstartuplawyer.com/SAFE-financing/
https://www.ycombinator.com/documents/
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