見出し画像

ドーハ開発アジェンダ(SDGs14.6 その3)

そうして世界を股にかけたお墨付きの魚争奪戦が幕をきったのです。この戦いのタチが悪いところは、漁業補助金にちゃんと大義があるところなのです。漁業補助金は、表では収益が少なく、事業を継続できない個人でやっているような漁師を支援しているという救済措置を謳っているのですが、裏では外貨獲得のために国家ぐるみで、魚を乱獲ができるように仕向けているのです。しかもその悪事が意図して行っているものなのか、疑り深い目で見てしまっただけで本当に困っているのかはっきりわからないのです。なんせその後ろ盾自体が国なので、闇の部分はそう易々とは出てきません。本当のところどれが正義の漁業補助金でどれが闇の漁業補助金なのかがはっきりわからない状況なのです。

世界中に広がったのは、魚を獲る漁場ばかりではありません。魚の売り先も世界規模に広がっていったのです。一昔前は人の価値は食べ物の量で決まっていました。百万石というのもお米の量ですし、作物を育てる農地を持っている地主がモノを言う時代でした。しかもたった150年前までそんな時代でした。人間ばかりではなく生きとし生けるすべての生命にとって「食」というのは生きていくうえで最も優先しなくてはいけない行為です。そんな「食」を管理できる人は最強だったわけです。そんな時代の魚というのはたんぱく源として貴重な「食」でした。魚というのは保存がきかないし、海での航海自体が命がけの行為だったため、食べられる分だけ獲ればよかったのです。どんなにたくさん獲ったとしてもせいぜい自分の地域や大きくても国内にしか売ることができませんでした。しかし時代は流れ、人の価値は食べ物の量ではなく、お金の量へと変わっていきました。いわゆる貨幣経済の世界規模での浸透です。お金さえあれば食べ物も土地も服も安らぎさえも手に入る時代になったのです。お金を持っている人が最強になってしまったのです。それを支えたのが技術革新です。冷凍技術や輸送技術、航海技術が急激に発展して、アシの早い魚でさえ保存もできて安全に世界中を航海できる時代になってきたのです。無尽蔵にいる海の生物は原資もいらず獲ればとるほどお金になっていっていき、今では世界中で取引される品目となり、発展途上国としては最大の商売のネタになっていったのです。

輸出入額

図:JICA 知っておきたい!水産をめぐる世界の現状
https://www.jica.go.jp/publication/mundi/1711/201711_02_02.html

こうして魚は自分が食べる「食」としてではなく、お金になる「商品」として、必要以上に獲られるようなってしまったのです。そこでこのままでは世界の秩序が保たれないということで全世界が一丸となって取り組もうという動きが出てきました。2001年、ドーハで1つのアイデアが生まれました。それが「ドーハ開発アジェンダ」。またの名をドーハ・ラウンド。世界で不公平なく商売をする、つまり自由に貿易するための世界共通のルールを作ろうということになったのです。そうしてつくられたのが世界貿易機関、通称WTO。もちろん魚の商売ももちろん対象となりました。そこで明るみになったのが闇の補助金の存在です。これでは魚がいなくなるということで補助金についてもルール決めをしようということになりました。それが「漁業補助金交渉」。WTOの掛け声はよかったものの、参加国164カ国すべての国が納得できる共通ルールを作るというのは簡単ではありませんでした。単純に魚を乱獲して売りたいという補助金必要論者と正当にルールを守って自分たちの国から獲れる魚を売りたいという補助金禁止論者と補助金とかではなく漁業自体の管理をしっかりすればいいという漁業管理強化論者など様々な思惑が渦巻いて、一向に話が進まない状況になっていました。(※1)

漁業補助金の勢力図

図:WTOの漁業補助金の規律に関する議論(スライド
https://www.maff.go.jp/j/kokusai/kousyo/wto/pdf/0901_gyogyo.pdf

らちが明かない漁業補助金制度に新た流れができました。2005年、香港での会議で過剰漁獲につながるような補助金に絞って禁止しましょうということになりました。(※2)会議のたびに議長が「議長テキスト」という原案を作ってくるのですが、有害な補助金の正体もわからないまま、しかも貿易問題の中に環境問題も入り、グダグダになってしまったのです。漁業補助金交渉の掛け声は残ったまま、そのままフェードアウトしていきそうな流れになっていったのです。

そうして時は流れ、2015年に転機が生まれました。それが「持続可能な開発のための2030アジェンダ」、通称SDGsです。一気に世界中でお金ばかりに目を向けていては地球が滅びる。子供たちの未来のためにもきちんと地球の財産を残していきましょうという考えが強くなっていったのです。そしてSDGs14.6としても漁業補助金交渉を名指しで指名したのです。しぼみかけた漁業補助金交渉の議論も息を吹き返し、もういい加減この戦いに終止符を打とうという動きになってきたのです。

※1、WTO漁業補助金交渉の経緯と論点 - AgriKnowledge
https://agriknowledge.affrc.go.jp/RN/2010851442.pdf
※2、通称、香港閣僚宣言。日本水産学会誌「WTOにおける漁業補助金交渉」
https://www.jstage.jst.go.jp/article/suisan/74/5/74_5_776/_pdf



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?