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16-4.あなたの知らない一人のための動画

『動画で考える』16.ひとに見せる

とりとめもない何かを記録した動画に興味を持ってもらうための方法を考えてみよう。

スマートフォンで動画を撮影し、動画共有サイトにアップロードする。その動画は公開環境に置かれて、そこでは不特定多数のユーザーがあなたの動画を視聴することが出来る。とはいえ、あなたの動画をすぐに多数の見知らぬ人びとが視聴するかといったら、決してそのようなことにはならない。最初の視聴者はあなた自身だろうし、あなたがメールやSNSでアピールすれば、日常的に実際に会っているリアルな友人も、ネット上で知り合っただけのバーチャルな友人も、気が向けばあなたの動画を視聴してくれるだろう。

もっとたくさんの人びとに自分で撮影した動画を見て欲しい。出来るだけたくさんの人びとに興味を持ってもらいたいし、気に入ってもらいたい。あなたはそんなふうに思っているだろうか。「たくさん」というのは何人ぐらいで、その「人びと」というのは誰なんだろうか。

プラットフォームの運用者は、動画ごとの視聴回数やユーザーによる評価数を公開表示しているが、それは相対的な指標の一つでしかない。動画は視聴者がいて初めて成立するものであり、より多くの人びとによって視聴された動画は、その存在がより確からしく感じられる、といった程度の判断材料にしかならない。未確認飛行物体の目撃証言が多いほど、よりそれが本当らしく思えてくる、というのと同じで、実証性はなにもない。

さらに「より多くの人びとによって視聴される」ことと「広告宣伝」が恣意的に組み合わされたことで、「視聴回数」=「価値」と強力に刷り込まれることになったが、「ユーチューバーになって金儲け」を目指さないのであれば、視聴回数だけを追い求める必然性はなにもない。オンライン上で動画を公開し実現する事は、「不特定多数のユーザーがあなたの動画を視聴する」という事ではあるが、必ずしも「不特定多数」=「多ければ良い」という事ではない。

多くの動画共有プラットフォームでは、広告価値を高めるために視聴回数を稼ぐことが最重要指標となってしまって、その結果、既存のマスメディアと大差ないものになりつつある。視聴回数(視聴率)を稼ぐ人気者は相互乗り入れして、どちらを見ても同じ動画、同じ顔、同じ発言が繰り返し流されて、そこには誰にも知られていない「あなた」がいる場所はないのかもしれない。

ある朝あなたは目が覚めて、自分の家の庭をぼんやり眺めていると、なにかこれまでとはちょっと違った変化に気が付く。視界の端にキラキラと反射しながら揺れている何かが映り込んでいるような気がする。それは、もしかしたら夜のうちに野良犬が入り込んで花壇を踏み荒らした跡に出来た水たまりかも知れないし、隣の家で生け垣を剪定したせいで、庭に差し込む光線の具合が少し変わっただけなのかも知れない。でもそれに気が付いたあなたの心にささやかな変化が起こったとしよう。

こんなふうにとりとめもない何かを記録した動画を、多くの人びとに視聴してもらう事は難しい。反射的に誰もが面白いと思って、またほかの誰かに教えたくなるような内容ではないし、誰もが知っている場所や人物が写っているわけでもない。コメントを追加したり、タグ付けして言葉を補足することで注目を集めることも難しい。もしかしたら世界中に数人は、あなたが気付いたことに共感し理解を示してくれる人びとがいるかもしれない。しかし、そもそも多くの人びとに見てもらえないあなたの動画を、そのような数少ない誰かに届ける術はない。

「とりとめもない何か」であり続けることは難しい。それは何かと問われれば、それはこういうことです、とどうしても言いたくなる。自分自身でもそのように理解してしまいたくなる。しかしそう言った瞬間に「とりとめもない何か」は、言葉で説明可能な別のものになってしまう。言葉にしてしまえばその動画のファンも少しは増えるだろうが、彼らはあなたが探している誰かではない。

あなたの動画に興味のない誰かが、間違って視聴するようなきっかけを作ってみよう。

初めて訪れた街で道に迷って歩き回った末に、自分にピッタリの魅力的なお店を見つける事があるように、間違って買ってしまった本を読んで、思いもよらない示唆を受ける事があるように、旅先で偶然知り合った初対面の人物と意気投合する事があるように、あなたの動画と誰かが偶然出会えるように、その公開の方法をゆるめておこう。動画を直接説明するコメントではなく、関係のない言葉を書き連ねておこう。タグ付けするなら、その場で連想して思いついたキーワードをランダムに選んで、並べておこう。

やがて誰かが、間違ってあなたの動画にたどり着くかもしれない。ほかの動画を探しているうちに、なぜか関連性の不明なあなたの動画が、たびたびサジェストされるようになる。最初は無視するが、やがて何かの拍子に再生してしまい、しかしそれきり忘れられてしまうだろう。そのような事が積み重なると、少しずつあなたの動画が、その誰かの動画リストにも影響を与え、動画の視聴傾向にもかすかな変化を及ぼすかも知れない。

あなたの知らないたった一人の人物だけに影響を及ぼすような動画を制作てみよう。


いずれにしてもそのような現象は、プラットフォーム全体に影響するような話題性のある目立つものではない。しかし、あなたの知らないたった一人の人物にだけ影響を及ぼすような、そんな動画のあり方があっても良いはずだ。

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