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負けヒロインじゃ終わらない!「ブラックキャット」の魅力

近頃「負けヒロイン」がテーマのアニメが話題になっているということで「これは便乗せずにはいられない!」と紹介するコミックを決めた。盗賊でありスパイダーマンの元恋人でもあるブラックキャットことフェリシア・ハーディと、アメイジング・スパイダーマン誌の長年のヒロインであるメリー・ジェーン・ワトソンがコンビを組む物語「メリー・ジェーン&ブラックキャット:ビヨンド」だ。

ブラックキャットといえば、テカテカの黒レザーを着たセクシーな女怪盗。いわゆる峰不二子系のキャラクターだ。スパイダーマンの悪役として登場した彼女は、彼と時に敵対し、時に恋仲になりながら活躍してきた。けれどヒーローであるスパイダーマンと盗賊のブラックキャットが平和に結ばれるわけもなく、ピーターといい感じになりながらも最終的に結ばれることはない、いわゆる「負けヒロイン」になってしまっている。

対するメリー・ジェーンは明るいスーパーモデルで、長年ピーターの恋人や妻として登場してきた王道ヒロイン。「スパイダーマンのヒロインといえば?」と聞かれて、彼女の名前をあげない人はまずいないだろう。

実は今連載中の「アメイジング・スパイダーマン」ではMJとピーターは別れてしまっているし、つい最近は逆にフェリシアがピーターと付き合ってたりもしたので、一概に「いつもMJが正ヒロイン、フェリシアが負けヒロイン」というわけではない。けれど数十年の連載を続けているアメコミでは、現行コミックでの実情とは別に世間からの一般像というものがある。ゲームやアニメ、映画で多くの人が目にしたスパイダーマンはMJと付き合っていることが多いので、あくまで一般層にとってはMJはいつもスパイダーマンのヒロインになってしまうのだ。たとえ数年の間コミックでピーターとフェリシアが付き合っていたとしても、数十年の歴史を経て作られた「スパイダーマンのヒロインはMJ」というイメージは簡単には覆せない。たとえピーターと一時的に結ばれても、フェリシアはこれからずっと「負けヒロイン」というイメージを背負っていくことに、長期連載のアメコミの残酷さが詰まってるとも言えるだろう。

「メリー・ジェーン&ブラックキャット:ビヨンド」は、スパイダーマンシリーズ全体を通して物語を展開していた「ビヨンド」というイベントの渦中で語られた短編作品。当時スパイダーマンは訳あって代替わり中であり、元スパイダーマンのピーター・パーカーは病院で昏睡状態になっていた。定期的に彼の病室を訪れていたMJとフェリシアだったが、そこにヴィランのパーカー・ロビンスが現れる。ピーターの正体を知らないロビンスは単純にフェリシアの彼氏か友達だと勘違いし、無抵抗の彼に銃を向けて殺すと脅しをかける。ピーターを救うためにロビンスがかつて持っていた魔法のフードを盗んでくることを強要された彼女たちは、フード奪還作戦を挑むことになるのだった…

フェリシアを脅すためにピーターに銃を突きつけるロビンス。いやお前の目の前にいるのスパイダーマンだぞ…

この話がまず面白いのは、MJがびっくりするほど活躍すること。いくら完璧人間のMJだからと言って、流石に一般人が戦闘シーンで活躍できる訳ない…と思っていたら、俳優としてのスーパー演技で敵を騙したり、持ち味のコミュ力と明るい性格で相手と仲良しくなったり、とにかくMJ無双とも言える大活躍を見せる。「一般人は下がってな!」と意気込んでいたブラックキャットは、予想外のMJの活躍によって徐々に彼女へのコンプレックスを膨らませていってしまう。

無事にフードを盗み出し、かつ騙し討ちでロビンスもギャフンと言わせることができ、物語は一件落着…なんだけど、この話の本質はその後の2人のガールズトークである。

ブラックキャットの変装をして見事騙し討ちに成功したMJが「たまには"悪い女"になるのも悪くないわね!」というと、思わず落ち込んでしまうフェリシア。彼女はずっと「悪い女」であり、ヒーローをたぶらかして誘惑するが、結局最後は正ヒロインに負けてしまう役回りなのだ。彼女自身も否定できないほどにMJの完璧っぷりを見せつけられたフェリシアは、思わずMJに対して自身の本音とコンプレックスをぶつけてしまった。

それを聞いたMJはなんと大笑い。彼女がピーターと出会った時、彼にはもう1人親密な女性がいた。その名はグウェン・ステイシー。清純で完璧なグウェンに対して、パーティー好きで派手なMJはまさに「負けヒロイン」としての役回りをやらされていたのだ。その後グウェンは悲劇に襲われて死んでしまい今ではMJとピーターが付き合っているが、「死んだ元カノなんて超えられる訳ないでしょ?」とMJは軽快にフェリシアに伝える。お互いのコンプレックスを分かち合いより深い絆を結んだ彼女たちは、ニューヨークに昇る朝日を見ながら新たな1日を迎えるのだった。

この後にコンビで短期シリーズまで獲得している2人。スパイダーマンの元カノ、今カノではなく、友人同士として絆を深めていくことになる。

僕がマーベル・コミックスが大好きな理由は、多くの作家がバトンを渡して何十年も同じキャラクターの物語を紡いでいくゆえの面白さだという話は前に記事で書いたけど、実はもう一つアメコミならではの面白さがある。それはマーベルという大きな一つの宇宙の物語には、特定の主人公がいないこと。確かに「アメイジング・スパイダーマン」では主人公はピーター・パーカーで、ブラックキャットはずっと負けヒロインのイメージを背負っていくのかもしれない。でもフェリシアを主人公にした「ブラックキャット」というコミックでは主人公はフェリシアで、スパイダーマンとの恋愛はあくまで彼女が超えていくコンプレックスの一つとして描かれる。一つの世界に生きる多数のキャラクターそれぞれに物語があるからこそ、マーベルのキャラクターは誰しもが自分の人生の主人公として描かれていく。

「メリー・ジェーン&ブラックキャット:ビヨンド」はそんなマーベルの多様さを象徴する物語かもしれない。フェリシアが自身のコンプレックスを乗り越える過程で、我々読者が抱いていたキャラクターへの押し付けがましいイメージさえ利用し、その偏見をぶち壊す。「負けヒロイン」では終わらない、むしろ主人公として闘っていくフェリシア・ハーディが僕は大好きだ。

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