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アスガルドの神が現代の政治に切り込む怪作「ヴォート・ロキ」

アメリカの方で大統領選挙がかなり盛り上がっていますね。選挙自体は十一月なのに数ヶ月前から選挙の話題が上がるのは、やっぱり日本とは緊張感が違うんだなと実感する。こういう政治への姿勢は我々も見習わなければなと思う。

そんな日本でも数ヶ月前には東京都知事選挙が行われて大きな話題を呼んでいた。自分は都民ではないので遠くから眺める野次馬状態だったけど、今回の選挙は今までになかったような候補者が現れて(とりわけ漫画やアニメの「ポリコレ」を大きく取り上げる人が出てきてヒヤヒヤしたりしながら)すごく興味深いイベントだったなと思う。

今回紹介したいのは、そんな選挙をテーマにした移植作品「ヴォート・ロキ」だ。

「ヴォート・ロキ」は「ロキに投票して」という感じ。日本語っぽくするなら「ロキに清き一票を!」みたいな題名かな?その名の通り、この物語はロキがアメリカ大統領選に出馬するところから始まる。

他の政治家たちの嘘を明るみにした後「私なら堂々と嘘をつくぞ!」と宣言したロキは、過激なパフォーマンスを用いながら次々に支持率を高めていく。

リポーターである主人公ニサは幼少期にロキとアベンジャーズの闘いで家を失った過去があり、自身の仕事を通してロキの陰謀を突き止めようとするが、どんなに奮闘してもロキの支持を止めることはできない。選挙スタッフが悪魔崇拝者であることを突き止めても、異国ラトベリアのクーデターを裏で煽動していることを明るみにしても、結局人々はロキの口車とパフォーマンスに乗せられてさらに彼を支持していく。

最後に生放送の番組でロキと対峙したニサは、最後の賭けとして支持者が直接ロキに質問する機会を作る。メディアや演説を通して人々の心を揺すぶっていたロキだが、一対一の会話となればその手は通用しない。質問をはぐらかし続けるロキの姿を見て、人々はやっとロキの政治姿勢が空っぽだったことに気づき、大統領選は平和(?)を取り戻すのだった…

この作品が刊行されたのは2016年。ドナルド・トランプが勝利した大統領選にちょうど重なるタイミングであることから、本作が露骨にこの選挙を揶揄していたことは明らかだ。過激な言動とメディアを通したパフォーマンスで良くも悪くも注目を集めるロキの姿はピッタリトランプに重なる。ネット記事の見出しだけ見て本文を読まずに騒ぎ立てたり、悪事が明らかになっても全く考えを改めない熱狂的な支持者の姿は、現代の選挙における我々群衆の動きを皮肉っているように思う。

本作のライターはクリストファー・ヘイスティング、日本でも話題になった「グウェンプール」も手がけている作家だ。グウェンプールも「もし現実世界の住人がコミックの世界に行けたら?」というテーマで、ギャグ漫画のように思わせて実は我々のフィクションへの向き合い方を考えさせられる傑作だった。コミックを使いつつ痛烈に現実を批判する彼の作風あってこそ本作は輝いている。

同じくヘイスティング著の「グウェンプール」、こちらもコミックの視点で現実を風刺する傑作。いつか紹介したいな〜〜〜。

でも自分が思う本作の一番の面白さは「ロキがすごくロキしている」というところ。この物語はずっとニサの視点で進んでいくからロキが何を考えているのか全くわからないし、彼/彼女が大統領選に出馬した理由も最後の最後までわからない。元ヴィランで今は改心したはず…だけど何だかとっても怪しい、ロキというキャラの魅力を全面に押し出すライティングが爆発している。

最後に事件の真相が明らかになるシーンでも「過去に悪の神としてニサの家を破壊してしまったロキが、罪滅ぼしのためにわざとニサに昇進の機会を与えた」というオチが語られて「なんだロキいいやつなんじゃん」と安心…と思いきや、実はロキは選挙で劣勢だった候補者から賄賂をもらって選挙をかき乱していたということもわかり、結局どっちがロキの本心だったのかはわからないまま物語は幕を閉じる。こういう何考えてるかわからないロキが、登場人物だけでなく読者の頭まで引っ掻き回しながら生き生きと動いているのは、まさにロキがロキロキしてるコミックって感じで大好き。

かなりぶっ飛んだ設定の異色作だけど、一冊で完結する上に特に予習も必要ないので誰にでもおすすめできる作品。王道なヒーローコミックも楽しいけど、たまにはこういうトンチの聞いた変わり種もいいんじゃないでしょうか。これからの選挙シーズンに向けておすすめの一冊です。

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