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(サブスク解禁推進企画)「サザンの最高傑作アルバムは何か?」について考えてみた

どうも。

もう、いよいよ、年も押し迫ってきましたが、ここ最近、僕がやってたことについて今日は書いてみようかと思います。

先日、ラルク・アン・シエルの全アルバムを聴いたという記事を書いた際に、「この人たちも解禁されたけど、多分、全部は聞けないだろう」と書いたアーティストがありましたよね。それが

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サザンオールスターズだったわけですが、好奇心が旺盛な性格上、

全曲ではないけど、全オリジナル・アルバム、桑田ソロも含め、一応全部、耳は通しました!


全曲でないため、僕の中では「ユーミン、ラルクにつぐ邦楽全アルバム・リスニング第3号」では厳密にはないのですが、それでも大体、彼らがどういうキャリアの変遷を経てきたのかの流れは把握できたつもりです。

これまで僕はですね、サザンって、嫌いなバンドだったことはないんですけど、どこか「自分っぽくない趣味」という気持を抱いていたために、「曲はずっと知ってるんだけど、あえて聞こうとしなかったバンド」なんですよね。そこには、前から感じていた理由も、なおかつ、僕の思い違いだったところも両方あるんですけど、今回のリスニングでは、それらが自分の中ではっきりしたこと、「どのアルバム、どの時期を僕だったら評価して好むのか」が理解でき、すごくいろんなことを考えることができたことにすごく有意義なものを感じました。

僕が今回、サザンを聴いてきて興味が湧いたこと、それは

「このバンドの最高傑作ってなんだろう?」

と思ったことなんですね。なんとなく評判とかで、「このあたりが最高傑作」というのは聞こえてきてはいたんですが、今回聴いてみてですね。

え〜、それはちょっと理解できないな!!

という疑問が起こったことがきっかけでした。

全部聞いてみて、桑田ソロも含めて、僕が「これは好きだ!」というアルバムが10枚、あとでそれを紹介しますけど、それらがことごとく、「ファンが一般にいう最高傑作」と違うんですよね(苦笑)。

まずは、「よく”最高傑作”とファンに呼ばれるアルバム」がなぜ最高傑作だとは思えないのか。これについて語りたいと思います。

まず

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「海のYeah!!」ですが、これは無効です(笑)。なぜなら、ベスト盤は最高傑作の対象にはならないから。「バラッド」も同様。アーティストがある時期に、一つの作品を作り上げるために生み出したもの。それがアルバムであり、それこそが対象となります。さらにベスト盤という観点で見ても、この作品、僕が好きな曲がだいぶ抜けてるんですよね。「一般向けに聞きやすい作品が並んでいる」という印象なんですよね。

続いて

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これをあげている人が多くてびっくりしたのが1996年の「Young Love」。その理由を見てみると「サザン史上一番売れたアルバムだから」「聞きやすい曲が多い」なる意見を目にしましたが、ごめんなさい。最高傑作の理由としては弱すぎます。

まず、「一番売れた」と言っても、90年代なかばってCDバブルでどのアーティストでも一番売れた時期なんですよ。そこをまず差し引いて考えてほしいのと、ここからのシングル曲のインパクトが弱い。あと、このアルバム、その前のアルバムと基本的に作りが変わらなく、「ここで何かを築き上げたのか?」という点で弱い。さらに、90年代半ばって、渋谷系の後から99年世代までの間って若い邦楽ロック勢が一番勢いあった頃なんですけど、彼らを凌駕するようなオーラをリアルタイムで全く感じなかった。さらにネット検索でファンの声を拾っても、古株のファンになればなるほど評価が低い。好きな方、ごめんなさい。上記の理由でこれはナシです。

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あと、長きにわたって「最高傑作」と呼ばれてきた「Kamakura」。僕も聞く前はこれが最高傑作になるのかなと思っていました。リアルタイムの1985年に最高傑作と呼ばれて以来、ずっとサザンの代名詞でしたからね。でも、「そういえば、そういう声を最近、聞かないな」と思って聴いてみたら、それも納得です。ズバリ、音が古臭いんです。これ、皮肉なもので、その当時は「最新鋭の音」と評価されたものなんですよね。これこそが、欧米圏で一般に「バッド・エイティーズ」とも言われている、80s中盤から後半にかけての音楽の罠なんですよね。やたらとズッタンバッタンうるさい手数の多いリズムと、エコーかかりまくりの人工的で密閉感の強い、必要以上にきれいすぎる音。これ、サザンは当時フェアライトという最新機材で作ってるんですが、同じくらいの時期にユーミンが使い始めたシンクラヴィアと共に今聞くとやたら耳にうるさいんですよね。80sリバイバルって長いこと起こってますけど、こういう音をリバイバルにするものだけはどこでも聴いたことありません。現に、当のサザンがここに立ち返ったような音はその後、作ってないですよね?

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最近、批評界隈の中では、このデビュー作「熱い胸さわぎ」を最高傑作にする声が多いようですね。それに関しては、ちょっと同意するところはあります。この1978年、僕もリアルタイムで覚えてますけど、そのときから、彼らの個性の強い部分である「ラテン・ロック歌謡」の部分がしっかりアイデンティティにあるし、桑田佳祐のハスキーなヴォーカルも、あの当時子供心にびっくりしたものですけど、やっぱり、あんなナチュラルにソウルフルな歌い方する人、後にも先にもちょっと思いつかないんですよね。で、しかもその上に、あの語彙感覚でしょ。出てきた時点でかなり新しい存在だったのは、わかります。

・・・なんですけど、僕は自分のサザン・トップ10アルバムには、これは入れてません。なぜか。ひとつは、これの少し後の方が、もっといい初期のサザンが聞けるから。やはり、このデビュー作だけでは、まだソングライティングの面で曲が荒削りで、同じく当時の彼らの代名詞でもあったシティ・ポップに関しては、これの後のほうがいい。プラス、もうひとつの理由が、ギターの録音の仕方が嫌いだから。これは、当時の桑田氏の意向によるものなのか、あるいはその当時のメジャーのレコード会社のロックへの低い意識がそうさせたものなのかよくわからないんですが、間奏のソロのところしかギターが聞こえないというのはなあ・・・。Aメロ、Bメロのとこって、普通、ギターのリフって鳴るものなんですけど、このアルバムだとそれがほとんどカットされててピアノとベースでリフ作ってるんですよね。これがアルバム進むとそんなことなくなるんですけど、なぜかこれだけそういう作りで。なので、初期のサザンはもっといいアルバムで代表できる、という判断です。


では、今度は、僕が「サザンで10枚のアルバムを選ぶとしたら何になるか」、これを見ていくことにしましょう。

順番はただのリリース順で、桑田ソロも含みますが、こんな感じです。

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はい。こんな感じになります。

これをさらに「ベストの3枚」にまで絞ると、こうなります。

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はい。このあたりから最高傑作を選ぶのがいいんじゃないか、と思いました。

こう思った経緯を話していきましょう。

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まず、これが僕の中で一応4位ということにした、1990年のアルバム「サザンオールスターズ」本音言うと、実はこれが個人的には一番好きなんです。なぜかというと、ここからサザンの趣味に、ビートルズ(ジョン寄り)やビーチボーイズといった60sのテイストが強く現れるようになるから。僕はこうしてくれたほうが、「Kamakura」、KUWATA BAND、桑田第1弾ソロまで続いたハイ・テクノロジー・アレンジ路線よりは全然いいと思ったから。それ、実は当時から思ってて、ここからの「女神たちへの情歌」「フリフリ65」がシングルで出たときから、「なんだ、今までより全然かっこいいじゃないか!」と思いましたからね。やっぱり機材に頼って進化するより、音楽の芯の部分で多様化して進化することの方が本物かな、とも思うので。事実、「この当時のサザンはソングライティングが良い」というのは、上の10枚でもピックアップした「稲村ジェーン」のサントラでも証明されているように思います。あのサントラは、このアルバムと収録曲が重なってるんですけど、当時新曲だったものに「真夏の果実」と「希望の轍」という、ファンに大人気の2曲もあるわけで。だから、「本当はここらが最高では?」と思うのは、なまじ間違ってはいないようにも思うんですけどね。

ただなあ。この「サザンオールスターズ」だと、渋すぎて地味でファン好みは決してしないのではないか、という考えがあって。それよりは

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上の3つの中に選んだ「世に万葉の花が咲くなり」の方がファン・アピールもいいのかな、とも思いました。このアルバムは「サザンオールスターズ」からの流れがありつつ、そこに加えて、グラウンド・ビートとか、マッドチェスターとか、さらにはマイケル・ジャクソンっぽい曲まであって、バラエティかつ、最新の音にも対応しつつ、それが「Kamakura」みたいな風化もしていないし。さらにいうと、「サザンオールスターズ」からの小林武史との3部作のシメでもあるしね。だから、この流れの最高傑作という意味でも良いのではないかと。

事実、ここからしばらく、サザン、このアルバムのフォーマットを踏襲した時期が続きましたからね。それこそ最初の方で言及した「Young Love」も、「さくら」(98)も。最新の音楽のはやりの導入の何かが変わったというだけで、60分を超える長尺のつくりまで含めて似てます。それを作る傍らで、上の10枚でも入れた2枚の桑田ソロ「孤独の太陽」「Rock And Roll Hero」ではジョン・レノン、ボブ・ディラン路線のストリップ・オフされた、辛口の渋いロックンロールやって。で、シングルではファン受けの良いような、昔のサザンの何かに似たような、言い方は悪いけど毒気に欠けたシングルを切って。僕のサザンへの印象が長いこと、あまり良いものではなかったのは、この循環があったためです。

それを

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これが僕にとっての5番目ですね。「キラー・ストリート」(2005)。これで悪循環をきってるのがかなり好感持てました。このアルバムでは、派手なアレンジを施したりしない、極力スタジオでの生の演奏どおりの「芯」の部分だけで勝負したアルバムで、ソロでの渋みと、サザンというバンドらしさをしっかり両立することができてます。ある時期からの「トレンドに対応してます」的なポーズがここでは消えてるし、しかも初期の、ちょっと土着的なファンキーな路線までも披露してね。さらにいえば、30曲もあるのに、聞き飽きもしないし。そういうことで、これも実は最高傑作という声があるアルバムだったんですよね。更に言うと、これ以降の桑田ソロ2枚、サザン1枚も、ここでの緊張感は続いていないため、これはここ20年では一番のアルバムだと思います。

ただ、これは「キャリア後半に一念発起した力作」ではあるとは思うけど、最高傑作というのとはまた違うと思いましたね。曲そのものは良いけど、一番いい時期を超えているわけではないしね。

「ソングライティングの一番いい時期」となると、やはりこのあたりなんですよね。

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セカンドの「10ナンバーズ・からっと」(1979)ですけど、これが最高傑作になっちゃうのかなあ、やっぱり。日本のロック史的なドラマ性で言っても、「ポパイ世代に熱狂的に支持されたカレッジ・バンド」という、彼らの初期の立ち位置を象徴するアルバムでもあるしね。

このアルバムは、かの「いとしのエリー」が入っているんですけど、それだけじゃなく「気分次第でせめないで」「思い過ごしも恋のうち」と、当時の「ザ・ベストテン」にも入った3曲のシングル・ヒットがあって、ここでソングライティング能力の飛躍的成長を見せてます。さらに、これと、上の10枚にもあげた次作の「タイニー・バブルス」(1980)だと、彼らの強い影響源である70sLAの名バンド、リトル・フィートからの強い影響も感じますしね。「古き良き大地のアメリカに憧れる都会っ子」みたいな雰囲気まで含めてね。

そして、この頃のほうが、「ふぞろいの林檎たち」やCMにたくさん曲が使われた「ステレオ太陽族」「Nudeman」に比べても、曲が心地よく聞き流される感じもない。シティ・ポップの中に骨っぽさも感じますしね。

折からのシティ・ポップ・ブームもあるから、それも味方して、今ならこれかな。今、サザンがアルバム作るとしたら、現在のシティ・ポップ・ブームに対しての彼らからの回答みたいなアルバム、作ってほしいんですけどね。今、「10ナンバーズからっと」みたいなアルバムを作ったらどうなるか、みたいな面白さがあるかと。

・・と、これですんなりいきたいところなんですが、でもなあ。。。

その、いったん固定しかかったイメージを崩しにかかったことで、大きくなったバンドもまたサザンなんだよなあ。


ここは、僕が中学で体験したことですね。中学2年のときに、「ふぞろいの林檎たち」ってドラマがあって、そのときの大学を卒業する世代に向けてのドラマだったわけですけど、そういうこともあってですね、サザンって、「僕より10歳くらい年上の人の世代のバンド」ってイメージがずっとあったのもたしかだったんですよ。うちの姉がその頃に大学生の1,2年だったんですけど、7つ上の彼女よりもさらに歳上なわけでしょ。だから、すごく離れて見えたし、どうしても自分の世代のバンドって気がしなくて、それで入り込めないところは正直あったんですね。

ただ、面白いことに、その1983、84年にサザンはイメージ突き動かしにかかったんですね。サウンド的にシンセ大幅導入で、ファンクの要素も増やして。サウンド的にかなりニュー・ウェイヴに寄ったんですよ。イメージとしては、ザ・ポリスやトーキング・ヘッズの方にはかなり傾きましたね。それでも、インディ臭くはならずに、あくまでも要素としてのみではありましたけど、それでも、サウンドの幅が広がって、ボクラの世代にもアクセスしやすくなったことは感じましたからね。

そのときに出たのが

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83年の「綺麗」ってアルバムと、この84年の「人気者で行こう」というアルバムで。この頃、ちょうど日本でも国内のバンドの台頭がはじまりつつあって、85、86年に日本のバンドの人気が洋楽抜く時期でもあったんですよ。そのときに、「日本国内のナンバーワン人気バンド」としてサザンが君臨することになって、それで桑田氏もしばらくカリスマになったんですね。それゆえにさっき言った「Kamakura」を最高傑作にする説があがって、それっきり、ある世代にとっては、それは動かぬものだったんですけど、どうやら下の世代にはその感覚が継承されてはいなかったようですね。

それはやはり、さっき僕が言った、「サウンドの風化の問題」があったからだと思います。本当は「Kamakura」がビートルズで言うところの「サージェント・ペパーズ」だったところが、賞味期限が短かった。そこで、「最高傑作問題」がこじれることになったのではないか・・・。今回、そんなふうにも思いました。

面白いことに、本家「サージェント・ペパーズ」も割と賞味期限切れが指摘されることが少なくなく、欧米でのオールタイムでその前作の「リボルバー」に抜かれることが多いんですね。それ考えると、「綺麗」で「ラバーソウル」、「人気者」で「リボルバー」でちょうどよくもあるんですよ。「綺麗」も「ボディ・スペシャル2」入れてくれれば完璧だったんですけど、「ミス・ブランニュー・デイ」がある分、「人気者」がやっぱ有利かと。新しいサウンドを入れてこなれていく感じも「人気者」の方が上だし、この2枚に関しては今聞いても古くなってないですからね。

なので、僕としては「人気者・最高傑作」でも良いような気はしますが、人気投票みたいなことになったときに、「10ナンバーズからっと」には勝てないだろうなあ、というのもわかります。

・・・と、そんな感じでしょうかね。


サブスクが解禁されると、こんなふうに、普段考えることがなかったことを、こんなにも考えるようになります。海外エンタメのブログなのに、こんなに書いて良いのかとも思いましたが、音楽ファンの方に共有するには決して悪いことだとは思わないし、せっかくいろいろ脳裏に浮かんだのだからいいかなと思い、掲載することにしました。

「サブスク解禁」に関しては、まだまだいろんな利点も見つけているので、年が明けた頃に、今回みたいなものとはまだ違う形で企画を考えていたりもします。






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