ロシアのウクライナ侵攻に対する中東各国の立場①

ロシアによるウクライナ侵攻に対し欧米諸国はロシアへの経済制裁やウクライナへの軍事支援等の動きを加速させているが、大半の中東諸国は中立的な立場を可能な限り維持しようとしている。東欧情勢が自国の安全保障に直結せず、身近に喫緊の対応を要する別の紛争を抱えてきた中東地域では、各国の置かれている状況は千差万別である。まずは大きな構図として各国がウクライナ危機にどのような立場を取っているかを記録しておくことで、複雑な外交状況を整理する一助としたい。

上の図表は、親ウクライナから親ロシアを縦軸にして中東各国の相対的な外交上の立場を示したものである。各国の外交姿勢は必ずしも一つの要素で説明できるものではなく、仮にある国が親ウクライナ姿勢を示しているとしてもそれは同時に親ロシア的でもあることを否定するものではない。また、外交的に親ウクライナの立場を取っていることが、ウクライナとの親密な関係に基づくものでなく全く別の理由(例えば欧米諸国からの圧力)によるものであることも十分に有り得る。ここで示したものはあくまで便宜上の分類であり、ここ数日の漠然としたイメージを描写したものに過ぎないことに予めご留意いただけると幸いである。

中東諸国の中でもっとも精力的にウクライナ情勢に関わっているのは、黒海を挟んで対岸の隣国となっているトルコであろう。ロシアともウクライナとも良好な関係を築いてきたトルコは、ロシアによる軍事侵攻が起きる前から両国間の仲介努力を継続していた。トルコの仲介意思は侵攻開始後も変わらないようだが、トルコはモントルー条約に基づいてロシア軍艦のボスポラス・ダーダルネス海峡の通航を拒否している他、トルコ製の無人攻撃機バイラクタルTB2をウクライナに引き渡しており、ロシアに配慮しながらもウクライナ寄りの振る舞いをしている。

米国と「特別な関係」にあるイスラエルは侵攻開始直後の24日朝にラピード外相(反ネタニヤフ連立政権の第二党イェシュ・アティド党首。ヤミーナ党のベネット党首との輪番制により2023年9月から首相に就任する予定)が、ロシアによるウクライナ攻撃は「国際秩序に対する重大な違反」と非難した。しかし、同日夜のベネット首相による発言ではロシアに対する非難が回避されており、イスラエルは中立の姿勢にやや傾いた。更に、2月25日に米国が提出したロシア非難の国連安保理決議案には、81カ国が共同提案国に名を連ねたものの、イスラエルはこれへの参加を見送った。この背景には、イスラエルがシリア領内で遂行する親イラン民兵への軍事作戦に影響が出ることを恐れていると指摘されている。一方、イスラエルは3月1日の国連総会ではロシアの侵略を非難しており、国連総会決議では共同提案国にも名を連ねている。

米国と広義の同盟関係にあるGCC諸国は概ねウクライナ寄りの中立であるが、各国の立場にはばらつきが見られる。1990年の湾岸危機でイラクによって占領され武力で併合される憂き目にあったクウェートは、小国のセーフ・ヘブンであり集団安全保障の概念の具現化である国連憲章の遵守を訴えており、2月25日の安保理決議案でもアラブ諸国の中で唯一共同提案国となった。カタールは紛争開始直後の2月24日にタミーム首長がウクライナのゼレンスキー大統領と電話会談しており、ロシア批判こそ慎重に避けているもののウクライナへの支援を早期に表明している。バーレーンオマーンはウクライナ情勢で目立った動きを取っていないが、米国との親密な関係を反映して3月5日の総会決議では賛成票を投じている。サウジアラビアもバーレーン、オマーンと同様の投票行動に出ているが、世界最大の原油輸出国であるサウジアラビアの動向はエネルギー情勢に大きな影響力を持つ。2月28日にはムハンマド・ビン・サルマーン(MbS)皇太子がマクロン仏大統領と電話会談しており、ウクライナ危機がエネルギー市場に与える影響についても議論されている。しかし、3月2日に開催されたOPEC+の閣僚会合では、欧米諸国の要望に反して協調減産の枠組みを現行のまま継続していくことが表明された。サウジアラビアとしては2016年から続くOPEC+の枠組みを維持したに過ぎないが、ロシアのエネルギー分野への制裁強化を求める欧米諸国はサウジの行動に不満を抱いていることだろう(これについては別稿で触れたい)。GCC諸国の中でもっともロシア寄りではないかと見られているのがアラブ首長国連邦(UAE)である。UAEは2月25日の国連安保理決議案で中印とともに棄権票を投じた。UAE政府はデスカレーションや対話チャンネルの維持等が重要だと主張して自国の外交立場を説明したが、非難決議に棄権票を投じた理由とは嚙み合っていないように思える(UAEも外交上の動きが活発であり、これも詳細は別稿で改めたい)。

3月5日の国連総会決議は96カ国が共同提案国となり141カ国が賛成したが、棄権国は35カ国、反対国は5カ国となった。数少ない棄権国のうち、中東地域ではイラクイランが棄権票を投じている。両国ともロシアとの関係を重視した結果と見られるが、反米国として知られるイランが反対票ではなく棄権票を投じていることはやや意外に受け止めている人もいるように思う。イランのアミールアブドゥルラヒヤーン外相は24日、「ウクライナ危機はNATOの挑発行動が原因である」とTwitter上で述べて早々に反米の立場を表明したが、同日にはライーシー大統領がプーチン大統領と電話会談を行い「NATOの拡大は様々な地域で国家の安定と安全保障への深刻な脅威になっている」と述べ、ロシアの立場に理解を示した。3月1日にはハーメネイー最高指導者も「米国がウクライナに内政干渉し、政府に対するデモを組織して、カラー革命を引き起こした」ことが今日のウクライナの危機の原因だと述べ、ウクライナ政府の正統性に疑義を呈した。こうした反米姿勢が再三表明されながらも、イランはウクライナの領土の一体性については一貫して支持を表明してきた。27日にライーシー大統領は「ここ数十年に渡るNATOの拡大に対する(ロシアの)安全保障上の懸念は理解するものの、イランは全ての国家の領土の一体性と国家主権を重視する」と述べており、ロシアの主張と一線を画している。

ロシアの立場に完全に同調を示したのは、中東ではシリアだけであった。2月25日にプーチン大統領と電話会談したアサド大統領は、「(ウクライナで起きたことは)歴史の修正であり、ソ連崩壊後に世界で失われたバランスの回復である」と述べ、ロシアの立場への支持を表明した。シリア政府はロシアの大規模な軍事支援を受けながら内戦を遂行しており、ロシアへの追随は予想されたものといえるだろう。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?