韓国のフェミニズムへのバックラッシュの背後にあるものー本当の問題を見抜くことの大切さ
Al Jazeera(アル・ジャジーラ)は、カタール政府からの出資でできたメディアですが、日本や韓国を含むアジアについての報道も、他のヨーロッパ・アメリカの主要メディアだと西側諸国はCivlized(文明的)でほかの国々は文明化されていない、といったバイアスがありがちなのと違って、もっとその国の文化や慣習を理解・尊敬して、同じヒューマニティーをもった仲間としての報道が多いように感じます。
アラビア語だけでなく、英語での報道・ポッドキャスト・記事もたくさんあるので、お勧めです。
今回は、韓国のフェミニズムへのバックラッシュの背後にあるもの、という観点からのポッドキャストでした。
英語では「Behind a backlash to Feminism in South Korea」というタイトルです。
韓国人女性でジャーナリストのHaein Shimさんと、4B Movement(非恋愛、非結婚、非性行為、非出産)のアクティヴィスト、Lee Yeeunさん二人の穏やかでありながら、鋭い観察と分析を聞くことができます。
韓国も日本と同じでアメリカ英語を習うようなので、アメリカ寄りの英語ですが、聞き取りやすいので、ぜひオリジナルの英語のまま、聞いてみることをお勧めします。
Haeinさんは、韓国の特に若い男性たちが感じている(正当な)不満、徴兵制度や搾取的な長時間労働、若い世代の失業率の高さ、ゼロ時間契約の仕事や非正規等の不安定な職の割合が大きいこと、セーフティーネットがほぼないことなどについて、なぜ彼ら(=韓国の若い世代の男性たち)はこのシステムに抵抗したり変えようと動くことをせずに無気力なままでいるのかを聞かれました。
彼女の答えは、心に響きました。
「彼ら(若い世代の男性たち)は、(彼らを苦しめている)権力に対してチャレンジする代わりに、権力を崇拝することに慣れきっている」
権力の崇拝は、スケープゴートを必要とします。
なぜなら、権力が常に正しいという盲目的な状態に陥っていると、権力が間違ったことをしていても、それに疑問を持つことすら自分たちに許さない、或いは耐えられないので、自分たちよりも弱い立場にいる人々のせいにすることになるからです。
イギリスを含む西ヨーロッパだと移民や非白人がターゲットになりがちですが、韓国は移民が少なく、ターゲットになるのは韓国人女性となるそうです。
韓国でも、若い世代ではなく、年上の世代(韓国は軍事独裁政治の時代も長く続き、市民たちの抵抗で民主主義を勝ち取った歴史がある)は、組織化して集団でシステムを変えることを求めるような運動もしているそうです。
Haeinさんによると、若い男性の(正当な)不満の矛先は、(自分たちを苦しめている)権力に立ち向かうのではなく、社会で弱い立場に置かれている女性たちに向かっているそうです。
論理的に考えれば、徴兵制度を作り、実行しているのは政府であり、仕組を変えたければ政府に働きかけるしかないし、民主主義の社会では、誰もが政府に対してチャレンジしたり変更を働きかける正当な権利があります。
でも、この不満の矛先は、立場の弱い女性たちに向かい、女性たちは徴兵制がないことで得をしている、女性たちも強制的に徴兵されるべきだ、という方向に向かうそうです。
女性たちが徴兵されたからといって、男性が徴兵されないわけではありません。
Haeinさんは、女性たちはこの徴兵制についてなんの決定権ももたないことを指摘し、彼女自身も徴兵制度自体を変える議論には賛成です。
ちなみに、ヨーロッパでも徴兵制度が行われている国はけっこうありますが、全員強制の場合もあれば、希望者だけという国もあります。
また、Haeinさんは、軍隊組織で働く女性たちの自殺率がとても高いというデータがあるにも関わらず、男性全体の自殺率の高さは声高に論じられても、女性の自殺については誰も語らない現状についても話していました。
軍隊組織での女性の自殺率の高さは、女性に対するセクシャルハラスメントや性加害が大きな原因だとみられているそうです。
また、政治家たちもこの若い男性たちの正当な不満を、実際に自分たちがもっている権威や力を使ってよい方向へ変えていく努力をするのではなく、女性たちをスケープゴートにして不満をもっている男性たちの感情を煽ることで、票を得ている、という政治状況もあるそうです。
力のある政治家が、男性の自殺率の高さを女性のせい(=多くの女性が働き始めたことで男性の機会を奪っている)だと公言すれば、証拠は全くないのに、人々の感情を煽り、自分への投票や人気はあがっても、社会全体に大きな不安定さをもたらすことになります。
これは政治家が決してやってはいけないことであることは、明らかです。
多くの若い男性が、「女性は韓国では優遇されていて、ここには構造的な男女差別の仕組はない」と言うそうですが、実際には、同じレベルの教育を受けていても、女性のほうが給料は低く、仕事のインタビューでも、ボーイフレンドはいるのか、子供をいつもつのか、といった、女性を雇わないですむような質問が繰り返されるそうです。
また、日本同様、女性への性的加害は、民間企業でも日常的に起こっているようです。
男女平等については、裕福な国々の中では、日本同様、男女平等が非常に遅れている国だという国際調査の結果も長年にわたって出ています。
Haeinさんは、この女性が多くの不利益を社会で受けている事実と、若い男性が感じることの違いについて、次のように言っていました。
「特権に慣れた人々(=男性)には、平等というのは、抑圧だと感じる(=自分たちの以前は当たり前だと思っていた権利が剥奪されるように感じる)からではないかしら」
ただ、この特権を受けるに値する人々はいません。
アメリカでは、全ての市民が平等ということに強く反対して、「私の自由が奪われる」という白人たちがいますが、これは、「黒人たちを自由にリンチしたり殺したりしても、なんの責任も取らなくていい自由」を指すことが多いです。
他のひとびとを非人間化したり、モノのように扱う権利は誰にもありません。
韓国での労働状況の悪化は、特に1997年の経済危機の際に、IMF(International Monetary Fund/国際通貨基金)の傘下に入り、IMFの指導により、ネオ・リベラリズムへと大きく舵を切らされたところにあるそうです。
ネオ・リベラリズムでは、市民や労働者の安全や権利を守る規則や機関は、どんどん削られ、雇用形態の流動化、非正規職の増加が起こります。
ネオ・リベラリズムは少数の(モノポリー状態の)グローバル企業や裕福な人々が、残りの地球上の大部分の人々や地域から搾取する仕組であり、中流階級は貧しくなり、貧しい人々はさらに貧しくなります
なぜ、危機的な状況の際に、その国の貧しい人々をサポートするような経済政策が国際通貨基金によって行われなかったのかと疑問に思う人もいるかもしれません。
ブリティッシュ・ジャーナリストで独立メディア「DECLASSIFIED UK」を運営しているMatt Kennard(マット・ケナード)さんは、著書「Sirent Coup/沈黙のクーデター」でも述べていますが、第二次世界大戦後に戦勝国であるアメリカとイギリスによってつくられた経済システムにのっとって作られたのが国際通貨基金であり、貧しい国々の貧しい人々を助けるという標語とは反対に、実際の目的も行動も、グローバルな(=アメリカやイギリスの西側)企業を貧しい国々の市場へ入れる役割をしていて、これらのグローバル企業の目的は、いかに資源や人々を搾取して利益を出すか、ということになります。
経済危機や難しい状況にある国々の政府は、自国の貧しい人々や普通の労働者たちをサポートする政策を取ろうとしても、その政策には国際通貨基金や国際銀行が賛成せずローンは出しませんという話になるため、韓国の場合だけでなく、植民地宗主国から独立した多くのアフリカやアジアの国々も、植民地時代とは違う形での搾取を受け入れざるをえないことになりました。
なぜなら、選択は、全くローンが受けられず自国民の多くが飢餓に陥るか、この国際機関の指示を受け入れて自国の資源や土地が搾取され、環境破壊が起こることも受け入れてローンをもらうか、どちらかの二択で、国民たちを飢え死にさせるという最悪の結果を避けるには、悪い選択のなかではましなほうを選ぶしかありません。
多くの元植民地国での混乱は、旧植民地宗主国によって引き起こされたにも関わらず、それにはなんの賠償金も謝罪もなく、その後も搾取され続けることが正義だとは、被害者側の国の人々も、普通の感覚を持っている人も思わないでしょう。
マットさんは、明確に、これらの国際通貨基金等の国際機関は、グローバル企業の利益のために存在している、としています。
世界で起こっていることは、私たちの日常にも影響を与えています。
上記のような事情のため、安定した職は公務員や財閥系の企業という少数の就職先に限られていて、このとても少ない席を求めて、熾烈な争いとなるそうです。
また、ここには、「男性は一家を養うべきである」という家父長制の強い考えがあり、仕組的にそれは成り立たないことが多いのに(誰のせいでもなく、経済や政策のせい)、それがさらに男性たちの女性に対する憎しみを駆り立てる結果となっているそうです。
ただ、Haeinさんも言っているように、仕組の問題については、市民みんなで力を合わせて権力にチャレンジするしかないのですが、ある意味、権力にチャレンジするのは大変なことなので、弱い立場の人々を責めているほうがラク、という部分もあるのかもしれません。
でも、それでは、社会にとっても人々にとっても、良いことにはなりません。
Lee Yeeunさんは、現在はアメリカで暮らしています。
Leeさんは、女性たちを二級市民であるかのように扱う韓国社会に耐えられなかったそうです。
ここには、自分自身も性加害にあったときに、警察や司法は被害者を守ってくれない、という経験をしたこともあったようです。
二人とも2016年に韓国のにぎやかな街で起こった女性殺害事件で、男性の犯人が女性一般への恨み(女性は自分を相手にしてくれない等)が原因で、女性なら誰でもよかった、ということで、女性の誰もが、自分にも友達にも、どこにいても女性嫌いの男性から殺される可能性がある、ということを痛烈に感じたそうです。
このとき、メディアはこの殺人をHate Crime(憎しみによる犯行)とはせずに、場当たり的な殺人としたそうですが、市民からの批判が高まり、「女性嫌悪という憎しみによる殺人」であると変わりました。
小さなことと思うかもしれませんが、ことばが正しく使われることはとても大切です。
環境問題でも、Natural Gas(ナチュラル・ガス)というと、あたかも無害のように思えますが、実際には9割以上がMethan(メタン)で有害です。
本来ならメタンと呼ぶべきですで、普通の人々を欺くために国際企業が使うよくあるマーケティング手段です。
私たち市民は、それらにだまされないよう、ものごとをきちんと理解し、正しいことばで呼ぶ必要があります。
Leeさんは、女性への暴力は日常のいたるところで起きているとしています。
日本は安全な国だという人もいますが、「痴漢」という日本語がそのまま英語圏で日本語の「Chikan」として使われているのは、そのような異常な女性への暴力が日常的に起こることがないからです。
さまざまな国々の友人がいますが、公共交通機関で毎日のように多くの女性が痴漢や隠し撮りに悩まされるのは、韓国・日本・インドの友人たちでした。
また、これらの国々では、被害者が責められる傾向にあり、被害者を守る法的な仕組や、被害を訴えやすくするような警察や司法の仕組も弱いことは認識しておく必要があります。
ここには、男尊女卑といった社会ノーム(風潮)も大きく関わっているでしょう。
Leeさんも、Haeinさんも、男性たちを嫌っているわけではありません。
社会や仕組、経済に対する多くの不満は、男女に関わらず共通のものです。
でも、この不満が間違った方向に向かい、たまたま弱い立場におかれた女性たちを攻撃することは止まらなくてはいけません。
Leeさんは、今の韓国の現状について、4B Movementは、若い女性たちにサポートされているけれど、実際に宣言すると社会や家族からのバックラッシュがあるため、町単位等の小さい範囲で、お互いをサポートし、女性への暴力に対して抵抗運動を行う集まりがたくさんできている、と語っていました。
Leeさんは、4B Movementの目的は、anti-men(反男性)ではなく、女性を性的なオブジェクトとしてみる家父長制への抵抗であり、女性たちの(心身の)安全、人間関係や自分の身体の自律を保つことができる当然の権利を要求するものだとしています。
最後に、難しい問題が山積みだけど、女性への暴力がなくなるという希望があるかどうかを聞かれて、Leeさんは、教育の重要性を語っていました。
韓国では、フェミニスト教育を少し持ち込んだだけで深刻な罰を受けた先生がいたりと、教育面でも、女性嫌悪が根強いそうです。
でも、子供たちがお互いのことを尊重して暮らしていけるよい社会をつくれるような大人になるには、子供のうちからの教育が不可欠です。
Leeさんは、現在は韓国には住んでいないけれど、これは未来の女性たちに対してだけでなく、自分にとっての闘いであるとしていました。
現時点では希望は見えないけれど、探し続けると結んでいました。
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