永続的な平和は、普通のロシア市民・社会が変ることでしか訪れない
ロシアのウクライナ全域侵略が2022年2月24日に始まってから1年がたちました。
ロシアは、隣国のジョージアに2008年に侵略し、ジョージアの一部はロシアがいまだに占領し、ウクライナのクライミアには2014年に侵略しました。
また、ロシアはシリアの独裁政権を支え、国際法違反の手段を使ってシリアの人々を苦しめていることも忘れてはいけない問題です。
ロシアのウクライナへの全域侵略を可能にしたのは、国際社会がジョージアやクライミアへの侵略について的確に対応しなかったことと、不透明な経済(名前のない銀行口座や名前のないプロパティが西側諸国にたくさんあり取締りはほぼ行われていない)がプーチン大統領を含むオリガーク(新興成金)へ多額の資金を流入させることを可能にし、それが、侵略を始めること、侵略戦闘を長期に渡って行うことを可能とさせています。
旧ソビエト連邦に含まれていた国々、ポーランドやリトアニア等から長い間、ロシアの強大化に対して警鐘が鳴らされ続けていたものの、ドイツやフランスといったヨーロッパの大国は注意を払いませんでした。そこには、経済的なつながりが強い国々を攻撃はしないだろうというナイーブな考えもありました。
旧ソ連に組み入れられていた国々は、ソ連の支配下で、多くの人々が強制収容所に送られたり、知識層は拷問にかけられ殺されたりという複雑な歴史をもっています。
他国に占領されるということがどういうことなのかを身をもって知っています。
現在のウクライナのロシア占領地域で行われた虐殺や拷問等をみれば、ウクライナ全域が占領された場合に何が起こるのかは明確でしょう。また、プーチン大統領がウクライナに侵略したのは帝国主義のイデオロギーであることは明確で、ウクライナ侵略・占領が成功した場合、ウクライナを越えて旧ソ連を形成していた国々へも侵略する可能性は十分にあります。
ヨーロッパの一部、特にドイツでは、「戦争をやめさせる=ウクライナをサポートすることをやめ、ウクライナはロシアの言い分に従って降伏するべき」という、ロシアが行っているプロパガンダに影響された考えも広がってきています。
これは、いろいろな意味で間違っています。
国際政治や経済を扱うイギリスの「 Prospect Magazine/ 」では、現在は他国へ亡命しているロシアの反対政党に所属していたVladmir Milov(ウラディミール・ミロフ)さんと、北アイルランドの30年にわたる市民戦争を終息させたFriday Agreement(ベルファスト協定)を締結することに貢献したJonathan Powell(ジョナサン・パウエル)さんの記事と ポッドキャスト がありました。
どの戦争も、片方が完全に負けてしまったという希少な事例を除いては、話し合いで終息します。
今回のロシアのウクライナ侵略が、どう終息できるのかについての困難さは、ロシアの行動に信用がおけないことと、侵略の意図と何を望んでいるかが明確でない点にあります。
ロシアは、クライミア侵略のあとに、ウクライナの他の地域に侵略しないよう条約にサインしていますが、こういった国際条約を平気で破るのが現在のロシアです。それに対して、国際社会は国際条約違反を扱う有効な手段を持っていません。
今回のウクライナ全域侵略の直前までも、ロシアはウクライナへ侵略しないと明言していながら、それを破りました。また、けが人や市民の避難のために一時的に攻撃を休止するといった合意も何度も破られています。現在も、「西側がロシアを最初に攻撃し、ロシアの存在を守るために反撃している」等の嘘に満ちたプロパガンダを展開しています。このように、全く「Trust/信頼」がない状態で話し合いを行うのは、非常に難しいことです。
侵略の意図については、プーチン大統領は、何が最終目的なのか(ウクライナの全領土をロシアの支配下とする、ウクライナの一部をロシアの支配下とする、旧ソ連の国々を再び支配下におく、旧ソ連の国々をこえて多くの国々を支配下におく等)は明らかにしていません。プーチン大統領は、Opportunitst(機会をみて便乗する人)として知られており、初期の目的は、3日ぐらいでキエフを陥落し、ゼレンスキー大統領は暗殺するか国外脱出するよう仕向け、ロシアからの傀儡政権をインストールするつもりだったと見られていますが、これが失敗した現在では、意図や望む結果は状況に応じて変えていくと見られています。究極の意図は、自分自身の権力を保ち続けることなのは確かですが、それがどうウクライナへの侵略へ反映されるのかは確かではありません。意図や望む結果が明確でない状態で交渉することはとても困難です。
また、他の国々の動向も影響します。
中国では、「ロシアのウクライナ侵略」とは呼ばず、「ウクライナでの問題」と呼び、ロシアと、アメリカを中心としたNATOの代理戦争だという見方を政府が広めています。なぜなら、中国政府は、「イギリス、日本といった他の国々からの侵略や占領を受け辱められた経験をもち、他国へ侵略することは最大に悪いことで、私たちは常に強い国であり続け、侵略や占領を許してはならない」という見方を強く打ち出しているからです。ウクライナ「侵略」と認めると、ロシアとの協力関係を保っていることが都合が悪くなります。中国でも、Xi Jinping(周 近平)の究極の目的は自分の権力を保ち続けることなので、人々へのコントロールを強く行うこと(=自分の権力の安定/自分や政党への批判を許さない)との引き換えに、経済繁栄と人々の生活の安定をはかることは必須で、ロシアとの経済的な結びつきがそれを助けるのであれば、ロシアが虐殺を行っていようと、中国の関心事ではありません。これは、西側諸国からすると、とても理解しづらい点です。虐殺を行っているような国と友好関係にあるのは、とても恥ずべきことだというのは、ヨーロッパでは疑いのない普通の見方で、そういった見方をしない国々や人々がいることが、ヨーロッパからだけの視点で見ていると分かりません。
中国の状況については、The Economistのポッドキャスト、「 Drum tower 」をお勧めします。また、同じくThe Economistのポッドキャスト「 The Prince 」では、Xi Jinpingの子供時代から政界での台頭までを中国の歴史と合わせて鮮やかに描き出しています。
ロシアはアフリカ大陸へも影響を強めています。
アフリカ大陸は、ヨーロッパ大陸からの植民地支配が長く続き搾取されてきたことと、独立戦争での残虐な扱い等から、当然ですが、ヨーロッパやアメリカに対しては懐疑的です。プーチン大統領は、アフリカ大陸の重要な鉱山等がある国や地域に孤児のための学校を建設しロシア語を教える授業を行ったりして、ハード面だけでなくソフト面でも影響力をひろめています。
ウクライナとウクライナをサポートする国々にできるのは、ウクライナが自国の領地を取り戻し続けている強い状態で、ロシアとの話し合いに臨むことです。これには、他の国々からの経済的・人道的・軍隊的なサポートは必須です。ウラディミールさんもジョナサンさんも、今は終結への話し合いのときではない、と意見が一致しています。
最悪のシナリオは、現時点でロシア側の要求をのみロシアからの攻撃をストップすることと引き換えに、ウクライナの領地をロシアに引き渡し、Frozen Conflict(停滞)を作り出すことです。
ロシアは経済制裁を解かれ、戦力や経済力を向上させ新たな侵略機会をつくりだすことは確実ですが、その間に、ウクライナはまた侵略される恐れがあるということで他国からの開発への資金投入は遅れ、さらに経済は弱まり、次のロシアの侵略時には、ウクライナ全域が完全にロシアに占領される可能性が高くなります。ロシアが国際条約を平気で破ることは目に見えていて、それに対する有効な手段も現在はありません。
ジョナサンさんは、大事なのは、侵略の終息に関する条約締結に、第三者機関(国連等)も強く関与し、条約の内容が施行されることを監視・実行することと、条約の内容が守られなかったときの、国際社会での強い実行力をもった罰則を規定し、実際に使うことです。これには、多くの国々がサインアップする必要があります。
ウラディミールさんの意見で興味深いのは、この侵略を終わらせるためには、ロシア市民たちが変らないといけないという点です。
ロシアのオリガーク(新興成金)は、2008年の経済恐慌で力を失った人々もいて、プーチン大統領に簡単に財産や会社を取り上げられることができ、現在の状況に不満をもっていても、反対勢力とはならないでしょう。
軍隊は、クーデターを起こそうにも、プーチン大統領は常に移動を繰り返し居場所はトップ・シークレットで、どこにいるかは取り巻きの数人しか知らない状態です。軍隊への監視も強く、数人で集まってクーデターの相談をするなんて無理な話です。
旧ソ連が崩壊したときのように、国民たちが立ち上がって、大きな反対勢力となり、プーチン大統領の政治を崩壊させるしかありません。国民たちが立ち上がれば、完全統制をしているように見えるプーチン大統領でさえ、持ちこたえることはできません。
このTipping point(国民たちが我慢ならず立ち上がる転換点)を作り出すには、何が必要なのでしょう?
ウラディミールさんは以下を提案しています。
1. ウクライナが闘い続け領土を取り戻し続けることと(=他国からのウクライナへのサポートを続ける)
2. 経済制裁を続ける
経済制裁の効果については、制裁が始まるとすぐにループホールを探す試みが始まり、実際に打撃を受けるはずの政治や経済を握っている人々は影響を受けず、普通の市民が影響を受けるという現実があるものの、多くの人々に影響し始めれば、国民の目も覚めます。
3. 上記の2つでプーチン大統領の政権の弱体化を起こし続け、揺さぶり続ける。
ただ、この侵略が終結し、たとえプーチン大統領がロシアでの政権を手放すことがあったとしても、そこには永続的な平和はあるのでしょうか?
これには、The Economistのポッドキャストでの「 Next year in Moscow 」が参考になります。
ここでは、ロシア生まれロシア人両親をもち、ソ連崩壊時に家族でイギリスに移住したブリティッシュ・ジャーナリストの Arkady Ostrovsky (アルケディー・オストロフスキー)さんが取材しています。
2022年のウクライナ侵略開始時に、ロシア人の特に知識層は、侵略に反対を表明したことで逮捕されたり、投獄されたりしました。そのままロシアにい続けると長年にわたる投獄や家族への身の危険があると判断せざるを得ず、海外へと行ける経済力やコネクションがある人々は、ロシアを去りました。アルケディーさんもモスクワで長く働いていたものの、多くのメディアが閉鎖される中で自分の身の危険も知り、いったんイスタンブールへ飛び、ロンドンへと戻ってきます。
このポッドキャストでは、ロシアを去らざるを得なかったロシア人へのインタビューとともに、ゼレンスキー大統領へのインタビューの一部も含まれています。
2023年の12月のインタビューで、アルケディーさんは、ロシアのウクライナ侵略前のゼレンスキー大統領のロシア語でのロシアにいるロシア人に向けた、戦争を始めないよう呼び掛けるスピーチについて質問をします。
「ロシア国民は、ウクライナ侵略について責任があると思いますか?」
この質問に対してのゼレンスキー大統領の答えは明確です。「Yes」
ゼレンスキー大統領の意見は、「ロシア国民は私(=ゼレンスキー大統領)の前に有罪であるのではなく、自分たち(=ロシア国民、自分自身)に対して有罪である」
「ドイツでのファシズムのように、ロシア国民が自分がどんなにいい人であると認識していても、現在のロシアのファシズムの一員であることは否定できない。もし、ロシア人が自分たちをいい人だと思うのであれば、どんなことをしてでも、(プーチン大統領率いる)強圧的政権を崩壊させようとしていたはずだ。どんなに強圧的な政権も、国民たちが立ち上がれば、時間の問題で、そのうち崩壊する。」
永続的な平和は、この侵略を始めたロシア内で、侵略を起こすことを可能にした政権・社会・人々が変り、真に侵略を終わらせることでしか、訪れません。
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