【めくるめく】確かめる術はない
父は左利きでした。
父はいわゆるサウスポーでボールを投げるのは左手でしたが、お箸、ペン、ハサミ、スクリュードライバーは右手で持っていました。
わたしが子どもの頃、父はお箸、ペン、ハサミ、スクリュードライバーを左手でも違和感なく操作できるのだときき、その当初は羨ましいと思いました。野球のスイッチヒッターみたいなものだと考えたのです。
しかし、父のそれは幼少期の矯正の賜物であったときいて、子どもながらも心が痛みました。
その時代、左利きの子どもは右利きへの矯正を受けるのがふつうだったのです。
文字は、漢字もひらがなもカタカナもアルファベットも、右利きの人が書きやすいようにできています。それゆえ右手でペンをもつ訓練をすることには、一定の合理性があります。けれどもお箸は左利きだと不利ということはないでしょう。ハサミはその形状が右手用に造られているものがあり、それを左手で握るのはやりにくいでしょうが、本来は左手ではハサミで切りにくいということはないはず。
ペンのみならず、お箸やハサミまでも矯正の対象とされて、幼少の父は納得していたでしょうか。
その一方で、ボールを投げるのが左手であることが矯正の対象とならなかったのはなにゆえだったのでしょう。
国、地域によってちがいはあるらしいのですが、左利きの人の割合はおよそ10%ほどと言われています。
プロ野球においては、左投げや左打ちの選手の割合は明らかに10%を超えています。右投げや右打ちの選手とほぼ同数いるように思います。
左利きの人が野球をすると国や自治体から助成金が給付される、なんてことはきいたことないので、もともとは右利きだったのが左投げや左打ちに矯正したという選手がかなりいるってことですよね。
父は投手でした。
文字を書くのも箸を使うのも右手であんなに巧みにこなしていたのに、右手でボールを投げようとするとへなちょこでした。
左手で投げると、美しいフォームから手元でぐんと伸びるストレートやブレーキ鋭い変化球がきました。
左利きの父は、野球をするにあたって右投げにも左投げにも矯正する必要がありませんでした。そのことが父にとって誇りであったならばよいなと時折考えたりします。
父が鬼籍に入って20数年。
確かめる術はないのですが。