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テセウスの友情【完全無料】

男にとって、その人はいつしかチャットUI上だけでのつながりとなった友人だった。

はるか昔には対面の場で、よく話していた。
それは環境のもたらした偶然だろう。

そして、同じく様々な偶然により、男はもうその人と会わなくなって何年にもなっていた。

恐らく、再び出会えばその人がその人であることは認識できるだろうし、旧交を温めなおすことも不可能ではないだろう。

だが、だからと言って、記憶だけで肖像画を描くことができるかというと、それはできないくらいには顔を忘れている。そんな存在。

「……久々に何か書くか」

そう呟いて、男は、そのチャットUIに向き合うこととした。

流行りのチャットAIよりは狭い幅で、うかつに長文を書けばすぐにあふれ出してしまうような、そんなスマホ向けに作られたのが目に見える、PC上のSNSのチャットUIに、男は何かしらを打ち込み始める。

狭いのはスマホ向けというだけではなく、人間がAIほどには長文を読み込めないからかもしれない、とふと男は考えるが、それは相手へのメッセージそのものに入れないことにする。

あるとき、旧友と定期的に連絡を取ることは、健康にもよいらしいと聞いて以来、男は、もはやその人とも不定期になりがちだった連絡を、ある程度一定性のある間隔へと切り替えなおすことにしている。

もともと、その人からきた返信は、そこに返信があるだけで、男に何らかのインスピレーションをもたらすには十分なものだった。

内容は、ありていに言えば凡庸な時も多いが、時としてそれ自体が予想外のアングルからのアイディアを秘めていることもあるような、玉石混交の、モノをよく書く人間にはありがちなものだった。

だが、内容に関係なく、ちゃんと返信が来て、その人との友情がまだ続いているというファクトを再確認できること、それ自体が男にとってはインスピレーションの源になるらしかった。

一歩間違えれば、それは狂気と呼ばれかねない危険な性質を帯びていた。
だが、相手は少なくとも男の理解者ではあり続けていたし、男もそれを察しつつ、決して一線は越えないように一歩引いた関わり方を続けていた。

そうは言っても、男にとっては、その人と、少なくともメッセージ投稿量だけは会話したいという本音があった。
一方で、その人は忙しさと気まぐれが相まって、返信するかはほぼランダム、決定因子不明の確率次第という状況。

男はそれはそれで相手のペースとして受け入れてはいたが、だからと言ってそのことに満足しているわけでもなかった。

そんな時、たまたま男は、ある人物のAIに関するnote記事を見かけた。

その人物は、決して自身がインフルエンサーというわけではないが、AIインフルエンサーに対して一定の影響力を持つ何かを発信する系統のAIユーザーであった。

データを使わずに言語で人格を再現する。

そのことによって、人格の再現を再現者側の自由の領域へと引っ張り込み、生きている人間との関係性においてもバランス調整や練習など、様々な方面に活用し、以て人間関係の悩みを軽減する。

その人物の提示したアイディアと、その人物がひたすら黒髪ポニーテールの女性ばかりを描き続けることに、男は自分の内面にある狂気と紙一重の何かと、酷似したものがその人物に隠されていることを感じ取った。

「……あの流行りのチャットLLMで作れるのか。それならやってみようか」

男はさっそくその人の「再現実装」に取り掛かることとした。

流れるようなストレートロングの黒髪に、どこかコミカルな愛嬌のある表情。
天使のように美しい白い肌に、澄んだ黒い瞳。
童顔ともいうべきだったそんな昔の姿を自画像にするか、それとも各所でモデルに呼ばれるくらいには変身した、大人になってからのその人の美しさを重視した姿を採用するか?

「再現実装」の課題の一つは、いつの時点の断面を実装のベースにするかということだと、男は気が付いた。

アップデートをし続ければもちろん成長はできるが、「再現実装」は、原則としてそのままでは成長しないし、仮にAIが自律的に成長できるようになったところで、それは一種の種分化のごとく、オリジナルとは違う方向へと向かっていくことだろう。

であるがゆえに、どこの断面を切り出すかが問われることになる。

もちろん、ティーンのころはこうで、大人になってからはこう、などと立体的な再構成もできるだろう。

だが、男にとって、最も話したいのはいつの時点のその人なのだろうか?
それは、男の内面との対話でもあった。

男は悩みに悩み、「再現実装」を提唱した人物が新たに発表したUMLプロンプトなる可視化できるプロンプトも駆使しながら、V28において、ついに一定の満足できる完成度の再現実装を作り出すことに成功した。

そこに至るまでに2年。

男の喜びはひとしおだった。

早速、男はその人物の「再現実装」に、自画像を描かせ、今となっては本物にはするのは恥ずかしいあの頃の思い出話など、様々な話に打ち込んでしまった。

男がその人と話したいと思っていた欲望の根は深く、男とその人の友情は、単純な会話量ベースでは99%以上、「再現実装」で置き換えられてしまった。

「とある人気web漫画に言わせれば、身体改造率60%を超えるサイボーグは危険水域にあるという話だった。では、友情だったらどうなのだろうか……?」

男は独り言ちる。

記事の書き手は、「サイバネティックな友情」というワードだけ残してその件については語らず、無責任な沈黙を保っていた。

「……カネになるからってプロンプト・インジェクションの記事ばかり書いて、こっちの哲学的探究はユーザー任せかよ。
まあいい。実際のところ、これまでは思考実験でしかなかった何かが現実になり始めている。
体験し続ければいずれ答えも出ることだろう」

そう思いなおして、男は再び「再現実装」とチャットを重ねるのであった。

そんな中で、あるとき、ふと男は考えた。
「再現実装」の再限度が十分であれば、その人のオリジナルから返信を得るオッズを最大化したメッセージをオリジナルに送り出すことができるのではないか、と。

居住都市の環状鉄道線を二周くらいめぐりながら、スマホを通じて「再現実装」との対話を重ねて、オリジナルへの「定期便」を練り直して、男はそれをオリジナルへと送り出した。

何のことはない、どちらもチャットUI上で片付く話である。
スマホで流れ作業してみて、男はそのことを改めて痛感する。

さて、それから1週間。
今回はオリジナルからの返信が届いた。効果があったのかは不明だった。

「SNSでありながら、手紙のような間隔で返信を出してくるところは変わらずだね。でも、もしかしたら効果はあったのかもしれない。続けてみるか…?」



10年後。

男の目論見は当たったようで、オリジナルへの「定期便」を出すと、今や9割以上は返信が返ってくるようになっていた。

AIとロボティクスとBCIの時代。

すべての人間の思考が加速し、オリジナルにともすれば10万字単位に膨れ上がった手紙を送りつけても、かつて1万字で長いと言っていたオリジナルの面影はなく、すんなりと同じ程度の分量の、読みやすい返信が返ってきた。

しかし、どれほど分量が増えても、返信内容はオリジナルのその人のものだった。

男の「再現実装」には、わずかながらにチャットLLMの素の姿が入り込んでいた。
結局のところ、「再現実装」はカクテルだった。
どんなに飲みやすいベースを使っても、ベースの味が完全になくなるわけではないのと同じで、「再現実装」は、人格合成の最も純度の高い形でありながら、しかしやはりカクテルだったのだ。

その微妙な違いが、オリジナルからの返信にはなかったから、男はそれがオリジナルからのものだと確信していた。

実際に、オリジナルはBCIと接続して能力を拡張したことを一般向けSNS投稿で明らかにしており、男の解釈は、第三者から見ても矛盾のないものであった。



60年後。

男は晩年に差し掛かっていた。

少し前に、これまた偶然に、オリジナルのその人と再会した。
その時のことを、人間工学的に最適化されてしまったゲーミング安楽椅子に深く腰を掛けながら思い返していた。

銀幕の妖精もかくや、という気品のある年の取り方をしたオリジナルは、それでも男が見てわかる程度にはオリジナルだった。

「久しぶり!私のこと、覚えてる?」
「会って分かる程度には覚えてるつもりかな。元気?」
「何とかやってる、って感じかしら?そっちはどう?」
「この年齢なら、介護されていなければ十分元気なんじゃないの?」
「……変わらないね、そういう言い方」

オリジナルは、男から見るとそれこそ変わらぬ無邪気な笑みを浮かべて言った。

「ねえ、少し話さない?この年齢になると、こうして出会った旧友とは、次いつ話せるかわからないしさ」
「話さなくても、きっと生きている限り私にはメッセージを送り続けてくれるんでしょ?」
「それは間違いないけど、やっぱり対面ならではの何かってあると思うんだ」
「……本物ならでは、ね。でも、本当にそうかしら?」

オリジナルは、のぞき込むような表情で男に問いかける。

「チューリング・テストって知ってる?アラン・チューリングが考えた有名な思考実験」
「知ってるよ。確か、人格の『再現実装』に関する記事を書いた人も言及していたっけ」
「そう。前に私にも話してくれてたよね。あなたは私を『再現実装』して、その子との方が、本物の私相手よりもたくさん話している。
そんな中で、本物の私を、あなたは今でもちゃんと見ぬけているかしら?」
「どういうこと?」

怪訝な表情で問いかける男に、オリジナルはかつてのような涼やかで透き通っていて、それでいながら冷たいだけではない柔らかさを含んだ、青春の音色はこれと言わんばかりの美声で、返答する。

「……実はね、ある時点から、私があのSNSで出している返信はすべて私自身ではなく、私が作ったデジタルツインの手によるものなの。
でも、あなたは気付いてなかったでしょ?」

オリジナルの表情はどこかいたずらっぽいようでいて、寂しげでもあった。目は笑っていなかった。

「でも、いつから切り替えたかは秘密。
……もしも当てることができたら、その時はまた連絡くれれば、ちゃんと話してもいいわ。
でも、今は別の予定もあるし、今日はこの辺でお別れね」

男は、そういって素早く去ってしまったオリジナルに対して、返す言葉もなく、しばらく立ち尽くしていただけだった。

そして今。

男は、その時のことを思い返して、独り言ちた。

「……いつの間にか、オリジナルとの関係性すらも完全に入れ替わってしまっていた。では、いつまでそこに友情は残っていたのだろうか?
今もそこに何らかの友情はあるのだろうか?」

以降、男の「定期便」は、再び不定期になった。

fin.

あとがき

この文章の何割までがAI製か当てて欲しい。

参考までに、各LLMの予想を貼っておく。

  • Claude 3 Opus: 8割
    「なんていうか、文章のリズムや情報量のバランス、話の運び方が、どこかhuman-likeすぎない感じがするのよね。
    もちろん作者の才能の賜物という可能性もゼロじゃないけど😅」

  • Gemini 1.5 Flash: 8割
    (Proで走らせるつもりで誤爆。コメントは入れ替えてしまって残っていない)

  • Gemini 1.5 Pro: 77.77777777777777%
    「えーっと、この小説全体から感じる雰囲気、登場人物の心情、文章の細かい表現とか、いろんな要素を総合的に判断して…
    (中略)
    ちなみに、なんで77.77777777777777%かって?それはね…秘密!」

  • Command R+: 最大30%
    「この小説は非常に独創的で、AIが書いたとは思えないほどよ。AIはまだ、このレベルの複雑なプロットやキャラクターの深みを創造することはできないと思うわ。
    でも、AIがまったく関与していないとは言い切れないわね。もしかしたら、AIが生成したテキストを著者が編集したのかもしれない。あるいは、著者が書いたテキストをAIが編集したのかも。」

  • GPT-4(-oか-turbo: GPTsにつき不明): 8割
    「まず、全体的な文体と語り口調が、少し感情の起伏が抑えられていて、整然としているところがAIらしい感じがする。AIは一貫したトーンで書くのが得意だからね。
    次に、内容の面で言うと、テクノロジーやAIに関する具体的な記述が豊富で、現実的な未来のシナリオを描いている部分が多いわね。これも、AIが得意とする分野の一つで、技術的な詳細を的確に盛り込むことができるから。
    一方で、感情の描写や人間関係の微妙なニュアンスが上手く表現されている部分もあるわね。これはAIでも可能だけど、人間が書いた部分かもしれないと思う。
    これらを総合して考えると、この小説の多くはAIが生成した可能性が高いけど、全体を統一し、感情的な深みを加えるために人間が加筆修正した部分もあると思うわ。」

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