【音楽文】親しかった友人に別れの手紙を送るような〜NICO Touches the Wallsの活動終了を受けて〜【再掲】

※この記事は2019年に投稿サイト「音楽文」に掲載された記事を加筆・修正したものです。



2019年11月15日、その日は突然訪れた。
NICO Touches the Wallsが活動終了を報告したのだ。

それに向けての作品やライブを発表することもなく唐突に。
 
NICO Touches the Wallsは僕にとって、"ロックバンド"を教えてくれた存在であり、今も足繁く通う"ライブ"に初めて連れて行ってくれた存在でもあった。

現在はほとんど聴かなくなったが、それでも大切なバンドであることに変わりはなかった。
 
そんな彼らが活動終了という大きな発表を、何の前触れもなく執り行う。

少しばかり異質な状況に、思うところがないといえば嘘になった。

それはNICOに感じていた、ほんのちょっとの"違和感"に通じる部分があったから。

        
僕がNICOの存在を知ったのは、高校生時代に見たテレビアニメ「NARUTO」がきっかけだった。

本編後に流れたED「Broken Youth」、それまで聴いたことない吸い込まれるようなカッコ良さに思わず引き込まれた。

バンドの名前までは覚えられなかったが、ボーカルの特徴的な歌声は忘れることができなかった。
 
その後アニメ「鋼の錬金術師」のOPに「ホログラム」が起用され、改めてNICOと出会うこととなった。

放送中に見たCMがきっかけで、本格的に存在を知ることになり、曲のカッコ良さも含めてその魅力に取り憑かれてしまった。
 
初めて聴いたアルバムは、2ndアルバム「オーロラ」。

当時地元である九州に住んでいた僕は、そのアルバムを聴き込むことしかできなかった。

地方までライブに来ることはほとんどなかったから。
 
転機は大学進学ともに大阪へ移住したことだった。

東京と同じぐらい行われるこの地に住んでいて、僕がライブに行くまで時間はかからなかった。
 
初めて行ったNHKホールでのライブは忘れない。

緊張のなかでどんな風に振る舞っていいかもわからず、ぎこちないまま手をあげた。

それでも後半になるにつれて、彼らのパフォーマンスに心を奪われ、終わったときには今まで経験したことない満足感に包まれていた。

特に2曲目の「衝突」が流れた瞬間、まさに音がぶつかってくるような衝撃に包まれた。
 
それから新曲が出たら聴き込み、ライブがあれば参戦するという、ロックバンド以上に"NICO Touches the Walls"を追いかける日々が続いた。

それが変化したのは、社会人になってからだろうか。
       
慣れない環境のなかで、自分自身を否定されるような言葉に苦しみながら、僕はNICOの音楽に救いを求めた。

彼らの"剥き出し"の音楽が好きだったから。

弱さや醜さを隠さずに、それすら抱えて、苦しみながらも歯を食いしばって生きていく。

強いだけでは到底放つことができない、「生きる」ということへの説得力に溢れた音楽が彼らの真骨頂だと思っていた。
 
けれどもNICOが進んだのは、僕が望むものとは正反対の道だった。

それまで特別な場でしか披露しなかった、アコースティックスタイルを前面に押し出したライブを開催し、カップリングには有名曲のカバーが収録される。

どこか「柔らかさ」を感じるような形態へと移行していったように感じられた。
 
もちろんそれが嫌なわけじゃない。

ただ、激しい感情を見せることが少なくなったNICOの音楽に、物足りなさを感じてしまったのは事実で。

自分の情けない部分を共有できるような相手がいなくなってしまったような、そんな寂しさがあった。
 
最後に足を運んだワンマンライブは、6thアルバム「勇気も愛もないなんて」のツアー。

それ以来活動はチェックしていたが、以前のような熱量はないまま、現在を迎えることになった。
      
今回の活動終了発表後、NICOが世に出した最後の作品「QUIZMASTER」を始めてしっかりと聴いてみた。

そこには僕が感じた"違和感"の一端が、垣間見えたような気がした。
 
ひとつめは、シングル曲が収録されていないこと。

インタビュー等で、シングルという括りが必要なくなったことを理由に挙げているが、アルバムに至るまでの軌跡を表さないことへの違和感を感じざるを得なかった。

ベスト盤に収録した「ローハイド」を、改めて6thアルバムに再Mixして収録した彼らが。
 
どこか進んできた道を自ら断絶したような…。

様々なことにチャレンジするバンドではあったが、その繋がりを感じさせてくれるような空間をライブでは数多く作っていた。

それが作品のなかだけとはいえ、一部分だけスッポリとなくなってしまうのは、正直らしくないと思ってしまった。
 
ふたつめは、曲ごとの顔が見えにくくなっていること。

何となく"感情"が見えないように思えたのだ。
以前のNICOの楽曲は、言葉も感情も剥き出しで、グッと心を摑まされる何かがあった。

「QUIZMASTER」ひとつひとつの楽曲は確かに良いのだが、そこで彼らが何を伝えたいのかがわからなかった。

ただ音に合う歌詞を重ねるだけになっているような。

悩んだままで立ち止まっているような…そんな印象を受けた。

NICO自身が問いに答えるというアルバムのコンセプト上、迷いを感じるのは仕方がないのかもしれない。

けれども、そこには何もしないことが選択肢に含まれてるような気がして、驚きを隠すことができなかった。
 
これらを総合して考えたとき、"繋がり"がなくなったという結論に行き着いた。

これまでの楽曲…今までの考え方…15年間積み上げてきたものが、アルバムから感じることができないのだ。
 
"繋がり"が希薄になってしまったこと。

作品ひとつでは些細なことかもしれないが、それが少しずつ広がったことで、今回の結果に辿り着いたのかもしれない。

繋いできたものが途切れていったことで、文字通り"壁"が払われたのだ。
 
もちろんこれは僕の推測であり、真実は今のところ誰にもわからない。

ただ良し悪しはわからないが、終了という決意には、ある程度そういうものが関係していると思えてならないのだ。
 
ACOもEPも、本筋とは離れているがゆえに、特別な場という認識も強かった。

それが通常営業の場で、何もかも新しいものを生み出したということは、過程が必ずしも優先されなかったということであり。

"やるべきこと"より"やりたいこと"を優先した結果が、もしかすると今日このときの現状なのかもしれない。
      
とまあ、根拠のない推察を延々と並べてはみたものの。

僕が彼らに言いたいのはただひとつだけ。


「勝手に決めやがって、バカヤロー」だ。


最近聴いていないくせに、何を言ってるんだ…と思う人もいるかもしれない。
 
"僕はN極 君と同じ"だから、その距離が離れていったのかもしれない。

でも、ダサい部分も包み隠さずに歌う。

そんなNICOのカッコ良さが大好きだった。

願わくば、そんなダサい部分も曝け出して音楽を鳴らし続けて欲しかった。

そして、いつか道が交わって、直接出会える瞬間があって欲しかった。

僕らのそんな思いが、彼らにその決断をさせてしまったのかもしれないと少しだけ感じるのだけれど。
 
「まっすぐなうた」という、僕の好きな曲がある。

どんなに辛い思いをしても、例えそのことを後悔しても、まっすぐに道を歩き続ける…まさにNICOの音楽を表した曲だと個人的には思っている。

今回の件でふりだしに戻ってしまったのかもしれない。

けれども、再び僕らに光を射してくれるのだろうと、期待してしまうのもまた事実で。

今は難しくても、何かしらのかたちで"壁"の向こうの世界を見せてくれることを期待してしまう。
        
"拝啓 NICO Touches the Wall 様"

生きることに苦しんでいた1人の高校生は、約10年の時を経て、少しはマシな人生を送ることができるようになりました。

それには音楽の力が不可欠で。

"ロックバンド"というものに出会わせてくれた、あなたたちのおかげです。
 
人生が絶望的で、もう何も考えたくないと思ったとき。

隣で同じように苦しんでいても、それでも前に進むあなたちにどれだけ勇気をもらえたか。
 
今、どこで何をしていますか?

僕たちを囲っていた"壁"は消えたのかもしれないけれど、あなたたちの隣にきっと音楽があるものだと信じています。
 
また声が聞きたいけれど。

それはいつかの楽しみに取っておくので。

今はとにかく自分の思うままに生きてください。
 
ライブで最後に聞いた曲は「手をたたけ」だったから。

僕も魂尽きるまで歩いていこうと思います。
 
お互いに末長く音楽とともに生きれますように。

敬具



        
"勇気も愛もない"けれど、いつまでも"叫び"続ける…それが"人間"だから。

人生の"乗客"である限り、あの"オーロラ"を目指していこう。

"誰"でもない僕らの足で。
 
辛く苦しくなったときは、僕はまた"カベ ニ ミミ"を当ててみようと思う。

たとえ、それで何も聴こえなかったとしても。



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音楽文再掲、これまでとはバンドを初めて取り上げた内容となりました。

NICO Touches the Walls…文中でも触れていましたが、僕にとってロックバンドの原点となった存在です。

それこそ、昔はユニゾン以上にハマり込んだ存在で。

2016年までは完全に優先順位がNICO>ユニゾンでした。

ですが、それ以降は聴く機会も少しずつ減ってきてしまい…どこかでまた追いかけたい気持ちもありながらも、3年前の今頃に活動が終了してしまうこととなりました。

これに関しては文でも書いているように、ロックバンド然した活動が好きな自分と乖離してしまった活動内容も影響しているとは思いますが、同じぐらいにユニゾンのライブがハマるようになってきたことも要因だと思います。

2017年のシングルツアー「One roll,One romance」は、ライブとしても、セットリストとしてもあまりにも完成度が高すぎたので。

活動終了前にライブに行けなかったのはあまりにも心残りではあるんですが、その後悔も含めて自分なりにNICOの総括的な意味合いでこの文を書いた記憶があります。

改めて読んでも、多分これ以上でも以下でもない適切な自分の気持ちを表しているように思えます。

好きだったものがなくなるのは、悲しいような、悔しいような、怒りたくなるような…ただ、不思議と納得いかないなんて言葉は頭に浮かばなかったような気がします。

それぐらいに自分のなかではストンと腑に落ちてしまいました。

タイミングを合わせたこともありますが、今日はNICOにとっては大切な1125(いいニコ)の日。

その日にこのような記事を投稿することはとても意味があることだと思うのですが、あわせてこの時期に再掲したことはひとつの区切りになりそうです。


光村龍哉が始めた新バンド「ZION」の新盤がいよいよ全国的に発売されようとしています。

これまで個人での活動は見られましたが、バンドとしては拠点である北海道か東京でライブをしたのみという限られた場所でしか見ることができませんでした。

それが音源というかたちで、全国的に広く知ることができる…僕を含めたNICOファンにとっては、あまりにも待望すぎる瞬間であるはず。

そして、12月からは全国ツアーも始まり、大阪や名古屋といった東京以南でもライブを見ることができます。

残念ながら新盤はすでに完売しており、私も買うことはできなかったのですが。(追加発注お待ちしています)

すでに大阪のライブチケットはゲットしているので、2月が今から楽しみです。

"カベニミミ"を当てても、きっともう何も聴こえないかもしれないけれど、新しい"太陽の喜び"に出会えそうです。

光村龍哉の新たな挑戦がどのようなものか確かめてみたいと思います。

とりあえずは新しい音源、ライブを震えて待ちます。

では、今日はここまで。

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