勉強してわかったこと①
簿記の勉強を始めて、1ヶ月。
ようやくいろいろと分かってきて、おもしろくなってきました。
今までも会社で必要な資格は取ったり、講習に行ってそれなりに学習する場をいただいていたつもりでしたが、全く別物の経験です。
学校でやっていたものとも別物です。
この1ヶ月勉強してわかったことをまとめてみます。
1.勉強するときはテンションを下げてはならない
いきなり当たり前のようなことですみません。
私は全くの初心者で簿記の勉強を始めました。
教材となるものはとても分かりやすいのですが、それでも躓く箇所がいくつかあります。
私にとって、勉強していて「分からない」ことが一番のストレスでした。
問題が解けない、正解を見てもわからない、てか分からないところがどこかも分からない。あーもう、どうにもならない。
そう、テンションはだだだだだ下がりです。
この時に、やる気をなくしてしまったり、引きずって他のことにもやる気が起きなくなったりしていました。
私は無理やりジムへ行って体を動かすようにしました。
困ったことは、それほど私は「分からない」に対してアレルギーを持っていました。だからまず、そもそもとして、勉強でテンションを落とさないよう心掛けました。
問題を解く、不正解、解説読んでもわかりそうになかったら、もう勉強をやめます。すでにテンションが下がりだしていたら、解説も読まない。
深追いは危険です。追っても掴めないことが、気分も体力も削ります。
「頑張って理解する」は学習初心者には酷です。
いかにテンションを下げずに勉強を継続するか、これが一番大事です。
テンションが下がるくらいなら、その場は中断して逃げた方がマシかもしれません。
翌日また分からなかったところを勉強ができる、その程度のかすり傷でおさめておく必要があります。
2.「分からない」ときは事実だけを受け取る
1と同じようなことですが、根本として「分からない」ということを捉え直す必要がありました。
じゃないと、いつまでたっても「分からない」に振り回されて、勉強が嫌になったり逃げなきゃいけない。
嫌になるのは、嫌じゃないですか。そんなのつまんない。
なので、ひとつ理想のマインドセットを考えました。
「分からない」ということに感情的にならずに、ただの事実として受け取って、そこからひとつひとつ解決への糸口を探し、それを積み重ねる。
学校教育の影響か負けず嫌いな性格か、私は「分からないのは恥ずかしいことで、周りに知られたくない」と思っていました。
たぶん「正解こそが、正義だ。正解(答え)を出す人が偉い。正解がわからないのは負けだ、ダメなやつだ」とでも思っていたのでしょう。
今でもそれは完全に抜けてはいないです。
詰め込み型の教育を受けた人の何割かは、私と近いマインドを持っているのではないでしょうか?
今でも勉強しているとたまに、分からなくても丸吞みしてしまおうとする自分がいます。とりあえず、理由など考えずに、こういうものだと覚えておけば問題は解けるから。
そうやって、『学ぶ』のではなく『覚える』という方法で「分からない」をうやむやにしてきました。
そういう乗り越え方もあるでしょう。
ただ、それだけやってると、社会に出て頭打ちになることもあります。
そもそも、なぜ私は「分からない」ことにこんなにアレルギー反応があるのでしょう。
「分からない」ってそんなに悪いことでしょうか。「分かる」って、そんなに良いことなのでしょうか。
そう考えた時に、自分の中で良し悪しのジャッジをしていることに気が付きました。やいやい。
そんなジャッジは何の役にも立たず、むしろ自分の足を引っ張ってきました。そうではなく、ただ「分からない」という事実だけをフラットに受け取ろうと。話はそこからだと。
だからといって「分かる」への道のりは簡単にならないかもしれないですが、良し悪しで判断してストレスを感じているよりは、よほど近道だと思います。
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もしかしたら、私が言った2つのことなんか、学生時代から知っているという方もいると思います。
こういう、勉強に対する考え方自体が『勉強の方法がわかる、勉強法を習得している』ということのひとつに当てはまるんじゃないかなと思いました。
今、私が勉強していて知識以上にわかってきたことは、勉強に対するマインドセットであり、何より壁にぶつかるとどうなるのか、自分がどういう人間かということです。
これぞ、初心者の醍醐味!
自分が守られる(不安定にならない、知っている)世界だけにいたのでは、気が付かないことがわんさか出てきます。
そんなわけで、勉強していてわかったことをまた書きたいと思います。
続く!!
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