骨董商の町医者 [日記]

近所の整形外科に行った。確か口コミサイトで評判が良かったはず……と、うろ覚えでかかったのだが診察内容としては病院としては自分には難しいところだった。

しかし、診察室や待合室は面白いもので溢れていた。

ガラスケースに陳列された昔の薬袋や壺。重厚な木製の細かな抽斗が付いた箪笥。籐の籠、たくさんの振子時計、お能の面、色紙に描かれた夢二の絵(もったいないことに日焼けしていた)。ノリタケの花瓶はパーティションで区切られた隅の方で、窓に降ろされたシェードから漏れるささやかな光に煌めいていた。

木と青銅と硝子。カルテを仕舞う棚はニスで艶々と光る黄を含んだ茶色。医学書と、おそらくは医師の趣味である書の本といくつかの一輪挿しとが一緒に仕舞われた黒檀に両開きの厚めの硝子扉のキャビネット、碧味がかった錆色へのグラデーションのインク壺、乳白色の床と天井。豪雪の中藁の傘をかぶって歩く人の木版画。

他の患者の様子を見に度々医師が席を外すので診療室を見渡す時間がたっぷりあった。少し埃の匂いがして、時間の流れがこの場所だけ巻き戻ったかのような不思議な空間。

昔々、祖父の書斎をこっそり覗いた時のことが思い出された。木造、築140年越えの実家はほとんどが和室だが2階に「洋間」と呼んでいる部屋があり、かつてそこは祖父の書斎だった。母が弾いていたであろう調律されずに置かれたままの箱ピアノやどっしりとした机、もう動かない蓄音機、手に取るとずっしりと重い腕時計、使いかけのボールペン、チクタク……とくっきりとした音で時を刻む振子時計など、幼い私には意味の分からないだけに魅力的なものたちが雑然と置かれ、誰に言われたわけでもないのに入ることを憚れらるような、「洋間」はそんな部屋だった。

診察がひと段落した正午過ぎ、いつの間にか患者は私一人になっていた。新型コロナへの政府の対応について仕切りに話す医師の言葉に飽きてしまい、壁にたくさんある絵葉書や絵画のことについて尋ねてみたら「私は骨董商もしているんですよ。」と思いも寄らない返事。

絵画以外にも昔のハエトリ瓶(管状)が花瓶になっていた。てっきりとてもとても長い風変わりなドライフラワー用の一輪挿しかと思っていたら「それはむかーしの蝿とりだよ。」と。据え置き型も見せてくれたし、綺麗な器もたくさんあった。

バブルの頃、宝石を買い付けた話もしてくれた。

今日のようなおじいちゃん先生と話していると昔の話をしてくれることが稀にある。以前も献血の問診の時に、その話題になった過程はちょっと面倒なので省くが「ぼく新婚旅行、モナコに行ったんだよ。写真みるかい?」とニコニコしながら写真を見せてくれたことがあった。奥様にケリーバッグをねだられたなぁと遠い目をしながら話していた。

暑くて暑くて、くらくらするような陽射しのなか、確かに医師と話していたはずなのに最後は骨董の話ばかりしていた昼過ぎだった。

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