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超シリアスな傑作「アリー/スター誕生」を見逃すな!


いっつも狂人じみた執筆担当者のテキストばかり公開してるけど、今回の記事は純粋に注意喚起目的の記事なので、要点を簡潔にまとめていきます。


公式に騙されるな!



とか言いつつ結局他の執筆担当者みたいに初っぱなから公式を批判して申し訳ないですけど、皆さんがこの映画を見逃すであろう一番大きな原因が、公式がやってる宣伝方針にあるせいなので、勘弁してください。

「歌って、恋して、傷ついて――私は生まれ変わる」……こんなキャッチコピーで客が来るって、そりゃないでしょう。ほとんどの人は「ガガ様主演のハッピーなサクセスストーリーか」「所謂スイーツ向け」って先入観持つから、「だったらわざわざ劇場で観なくてもいいか」って思っちゃいますよどうしても。

実際の映画の内容はシリアスです。超シリアス。加えて地味。「歌って、恋して、傷ついて」みたいなのを期待してた客はまず間違いなく、悪い意味で裏切られたって思うでしょう。結果、観た人の評価が無駄に下がって口コミとかも広がらない。現時点で興行成績が日本だけ爆死してるのもやむなし。自分も今日真っ昼間の回で観たけど劇場ガラガラでイビキかいて寝てる客すらいた。

だけどこの映画は実際には傑作なので、本当に皆さんには見逃してほしくない! って思ったんで書いてます。


ブラッドリー・クーパーお見事!


主演も兼ねてるブラッドリー・クーパーが、本当に初監督なのか? って思うほどの手腕を見せる。この映画の企画は当初クリント・イーストウッドが監督するっていう話があったとか聞きますし、ブラッドリー・クーパーがイーストウッドの映画で主演したことがあるけど、実際にブラッドリー・クーパーはイーストウッドの手法を完璧に消化してると思いました。具体的に言うと、「ミリオンダラーベイビー」とかの路線。あのタッチ。

だから、普通のミュージカル映画みたいに様々な困難をヒロインが乗り越えた末、ガガ様の圧倒的歌唱がクライマックスで炸裂! みたいなのを期待してると肩すかしを食っちゃいます。

最初の派手な見せ場は第一幕ラストでやってくる、ガガ様演じるヒロインの初の大舞台シーン。ここはもうガガ様が炸裂して凄い。ガガ様の素の歌唱力に圧倒されて、別にガガ様のファンでも何でもない自分でも観てて涙が出てくるくらい。

ところがなんと、この映画はその後に派手な見せ場が全然ないと言っても過言じゃない。先に公開されたボヘミアンラプソディみたいに、第三幕に派手なステージでクライマックスになる訳でもない。じゃあ、その後のストーリーの見せ場はどうするの? 男女関係のドロドロとか? って思うと、なんとそれもない。初監督な上に、主演にガガ様を据えた映画でここまで地味タッチで勝負してくるとは、ブラッドリー・クーパーの手腕もさることながら、度胸も凄いとしか言いようがないですよ。

そして、自分が一番凄いと思ったのは、こういう淡々タッチを、なんか自分を芸術家っぽくアピールしたいとかみたいな計算からでなく、純粋に本作のストーリーに適した語り口が淡々タッチだからっていう理由で、外連味抜きで堂々と淡々してるところですね。

以降ネタバレが含まれるかも。


嫉妬やドロドロとの決別


知られているように、本作も過去の「スター誕生」の何度か目のリメイクです。誰でも知ってる「スター誕生」のあらすじといえば、落ち目の元スターの男がヒロインを発掘→ヒロインが瞬く間に出世→自分で発掘しときながらヒロインの人気に嫉妬して元スターの男はますます転落……って感じですけど、本作の凄いところは、過去の「スター誕生」のあらすじを大枠でなぞっているのに、その物語の持つ意味を全く作り替えちゃったところです。肝になっているのは、主役二人の、ありそうでなかった斬新とも言える人物造形です。

映画の開幕冒頭、今作の監督でもあるブラッドリー・クーパー演じるところのジャクソン・メイン(ジャック)のライブステージのシーンがあるんですけど、大観衆の屋外のステージで、ストーナーっぽい荒いギターリフに乗せてジャックの歌が始まるので、映画観てるほうとしては熱いロックを期待しちゃうんですけど、いきなりそれが裏切られる。フェスの観客の興奮とは裏腹に、妙に気の抜けた印象の演奏に終始しちゃう。

ここでいきなり、過去作と異なる主人公像を提示するのがめっちゃうまい。今作の男主人公は、落ち目の元スターとかじゃなくて、現役で人気がある。なのにこの男自身が、自分の現在の人気に違和感を抱いてるっていうのが観客に分かるんですよ。んで、ガガ様と出会った瞬間に歌声に惚れて元気が出てきたりする。つまり今作の男主人公ジャックは、自分の人気にあまり執着してない芸術家肌で、才能を見極めることに長けているあまり、自分の成功は自分の本来の才能に比べて大きすぎると思ってる。同時に、ガガ様に出会うと、純粋にガガ様の才能に惚れ込む。だから、ガガ様という天才を世間に知らしめるのが自分の役割だって考えて、久々にステージにも熱が入るようになる。

ガガ様はガガ様で、シャイであっても自分の歌の才能には凄い自信があるけど、天才過ぎて自分の歌の才能が自分で思ってるよりももっともっと凄いということに気づかない。だからオーバープロデュース気味の曲でデビューして即人気になって、当初自分が理想としてた歌一本で勝負みたいなのとは結果として乖離しちゃうんだけど、人気がでたことを純粋に無邪気に喜んじゃう。

その結果、ここが今までありそうでなかったポイントなんですけど、ガガ様が大人気になってもジャックは全然嫉妬しない。ついでに、愛と成功のどちらを選ぶか式の男女ドロドロもやらない。では何でジャックが荒れるかというと、ダンサーとか従えて大仰なステージングやったり曲がオーバープロデュースだったりするのにガガ様の人気が出るので、「自分が発掘したガガ様の才能がオーバープロデュースとかで貶められてる! なのに人気が出る! おかしい!」みたいな調子で荒れて、酒の量が増えちゃったりするんですよ。ちなみに、ガガ様のオーバープロデュースなステージングは所謂「ガガ様」のパロディみたいになってるのでちょっと笑えます。

要するに、今作の主人公カップルは、男だ女だってのを抜きにして、純粋に音楽愛と才能へのリスペクトで結びついた二人なんです。まあ、ガガ様が男女ドロドロをやるってのも合わないっていうのがそもそもの理由なんでしょうけど、同時に、敢えて今リメークする意味っていうのを監督たちが深く追求したんだなって思います。


重いぞ


今までの説明を読んだ人は「この人物設定で過去作のあらすじをなぞることができるの?」って思うでしょうけど、実は先に挙げた以外にも、ジャックの人物造形にかかわる要素として、ジャックの家族関係と、ジャックが音楽を愛するがゆえに襲われる絶望があります。さすがにこのへんまでネタバレするのはやめときます。是非劇場で観てください。

それで最終的にはやっぱり男主人公には破滅の運命が待っているのですが、これまで紹介した要素ゆえに、この映画の物語は、「音楽が、愛が、芸術が人を救済するとはどういうことなのか」っていうテーマに対して、相当救いのないように見えるエンディングを提示する。いやむしろ、これが解釈によっては結構救済されているようにも見えるところが、かえって残酷であるともいえる。最初のほうで自分は「ミリオンダラーベイビー」を引き合いに出しましたけど、こういった映画のテーマ的部分でもイーストウッド味を強く感じました。

とにかく、この傑作がふざけた宣伝キャッチコピーやら何やらのせいで埋もれるのは本当に惜しい。宣伝キャッチコピーのせいで本作をスルーすることに決めた人ほど、劇場に足を運んでもらいたいと強く願う次第です。

以上