「ふかふか」が必要だ
(ヘッダー画像は「フカフカ」に紐づけられたイメージ画像です。深い意味はありません)
暗く狭苦しい檻。赤い火明かりが鉄格子の隙間に昏く差し込む。檻の中に鎖に巻かれて囚われているのは、ソーだ。髭は長く伸び、衣服は綻んでいる。荒々しくも色あせたその外見はさながら年季の入った路上生活者。彼は一つ身じろぎして目を覚まし、辺りを見回してから語りだした。
「貴様の考えなら分かる。『Oh No! ソーが捕まってる。どうして?』」
ソーに答える声はない。彼は構わず続けた。
「ふむ、誰かを正直に喋らせるには、たまにはこういうことも必要なのだ。話せば長いが、要するに私はいっぱしのヒーローだ。分かるか? 地球でぶらぶらして、ロボット軍団と戦ったり、2回地球を救ったり。それから私は宇宙に旅立ち、魔法のキラキラインフィニティストーンとかいうものを探して……ひとつも見つけられなかった。で、死と破壊ルートにうっかり出くわした私はこの檻に至り……貴様と出会ったのだ」
ソーが話しかけている相手は……同じ檻の中の白骨宇宙人死体だ。ソーは白骨に訊ねた。
「貴様はどう思う? この先いつまで私たちはここにいるのか」
その時、金属の歯車が回転する耳障りな音が響き、突然檻の下部が脱落、ソーは垂直落下!……ジャキーン! ソーを繋いだ鎖が伸び切って不意にソーの落下は中断した。ソーは床から6フィート離れて鎖で吊るされた格好だ……スルトの支配領域の只中で。
その地下空間は、壁も地面も天井も、焼け爛れた、不気味な熾火を宿した岩だ。中心にあるのは溶岩の玉座。そこに座るは黒く焼け焦げた悪魔めいたスケルトンである。その者はソーの背後から呼びかけた。
「そー、おーでぃんノ息子ヨ」
鎖の先に拘束されたソーの身体は水平回転し、彼はその者の姿を目の当たりにする……玉座に座るスルト。体高18フィート、炎から生まれた肉体と悪魔的に突き出た角を頭骨に備えたその姿を。ソーはスルトの呼びかけに答えた。
「スルト。ビッチの息子よ……貴様生きていたのか! なんか50万年前とかに父上がぶっ殺したはずではないのか」
「我ハ死ヌコトハ出来ヌ。我ガ運命ヲ成就シ、オヌシノ故郷ヲ滅ボスマデハ」
「貴様、妙なことを言う。実は私も最近そんな感じの恐ろしい夢を見るのだ。アズガルドが炎上、壊滅、その中心にスルト、貴様がいるやつだ」
「即チ、オヌシハ目ニシタノダ。らぐなろく、あずがるどノ滅亡、大イナル予言サレシ……」
「ちょっと待て、ちょっと」
鎖の先でソーの身体はノロノロと水平回転し続けており、ソーはスルトに背を向ける形となっていた。
「すぐまたそっちに向くはずだ。さきほどはマジでいい感じだったのだが」
回転は続き、ようやくソーはスルトに顔を向けることができた。
「それで、あれだ。ラグナロク。話すのだ。ざっと分かるように」
「我ガ時ハ来タレリ。我ガ王冠ノ再ビ『永遠ノ炎』ニ邂逅スル時コソ、我ガチカラハ完全ニ復活スルデアロウ。我ハ山々ヲ超エテ聳エ立チ、我ガ剣ヲあずがるどノ地ノ奥底ヘ……」
「あー待て。ほんのちょい」
またもやソーはノロノロ回転している。
「誓って私は身じろぎ一つしていないのだが、これが勝手にこうなるのだ。マジで謝る」
回転させられるがままにソーは続けた。
「で、つまりこうか。貴様は『永遠の炎』にその王冠をいれて、するといきなり貴様の身長が伸びて、家の如く……」
「山ノ如クダ!」
「『永遠の炎』とは、アズガルドでオーディンが隔離してるやつではなかったか?」
スルトはニヤリと笑った。邪悪に。
「おーでぃんハあずがるどニハオラヌ。而シテ、オヌシノ不在ガ玉座ヲ危険ニ晒シテオルノダ」
その言葉をソーは訝しんだ。
「オーケー。で、その王冠? はどこにあるのだ」
「コレゾ我ガ王冠、我ガチカラノ源デアル」
スルトが指さすのは、自らの額からV字型に伸びる角……
「なんと、それが王冠だと? デカい眉毛ではないのか」
「コレハ王冠デアル」
「いずれにせよ、その王冠的なやつを貴様の頭からひっぺがすだけでラグナロクを止められる感じか」
スルトは立ち上がり、ソーに歩み寄る。引き摺る剣!
「然ルニ、らぐなろくハ既ニ始マッテオル。オヌシハ阻止デキヌ。我コソあずがるどノ『サダメ』、ソシテ、オヌシモダ。万物ハ滅ビ、燃エ尽キルデアロウ」
スルトは足を踏み出しソーを吊るす鎖を掴む! そしてソーをその顔に引き寄せて面と向かい合った。
「なんともパねえ話だ。正直、貴様が超でかくなって惑星燃やすとかするのはそこそこ壮観だろう。だが、そろそろ別な作戦に切り替えて、この鎖を吹っ飛ばしてから、貴様のティアラをかっ飛ばしてアズガルドの倉庫に放り込む場面のようだ」
「オヌシハらぐなろくヲ阻止デキヌ。ナニユエ抗ウノダ?」
ソーは後ろ手状態でその手を開いた。救いの手を求めて。そしてスルトに答えた。
「そうするのがヒーローだからだ」
何も起きない。ソーはしょんぼりした。
「待て、すまぬ。タイミングを誤った」
しばしの沈黙。そしてソーは言った。
「来た!」
BOOM! ソーのハンマー、ムジョルニアが壁を貫通破壊しながら飛来! ソーは鎖を砕いて自由になると、ムジョルニアを掴み、一気に飛翔!
(BGM )
「オヌシハ由々シキ過チヲ犯シタ、おでぃんそんヨ」 壁が命を得たかのようにうごめく! 無限とも思える数のファイアデーモンの群れがスルトの求めに応じて集結しようとしているのだ!
「由々しき過ちを犯すのはいつものことだ。何も問題はない」 闇にひそむ巨大ファイアドラゴンが咆哮!
波のごとくファイアデーモンが押し寄せてくる。だがソーはハンマーを縦横無尽に振るいせき止める! そしてソーは後方にジャンプ、壁を蹴って跳び……着地と共に地面にムジョルニアを叩きつけた! 発生したショックウェーブはファイアデーモンの軍団をノックバックさせた。ファイアドラゴンは繋がれた鎖を引きちぎろうとする!
ソーはついにスルトと対決を始める。スルトは両腕をソーに向けて突き出し、膨大な炎の壁を射出! ソーはムジョルニアを高速スピンさせて盾めいた防御!
雷の神と炎の巨人との戦いは恐るべき白兵戦となった。パワーショットの一発一発が火と電撃を空気中に弾けさせる。
そして……一瞬の隙を突いたソーがスライディング移動でスルトの背後をとり膝破壊! さらに空中にハイジャンプ! 巨大電撃召喚! 力強く降下し、ソーはその全てのパワーをこめて……スルトの頭部を叩き落した! スルトの身体は収縮して砕け散り、焼焦げた骨の破片の山と化した。
ソーは王冠骸骨を拾い、背中に括りつけた。そして振り返り、目にした……ファイアデーモン軍は洪水のごとき増援と共に再集結、空間を埋め尽くそうとしていた。危機を悟ったソーはムジョルニアを頭上に掲げた。
「ヘイムダル! しばらくご無沙汰だったのは分かるが、それでも緊急脱出は可能なはずだ!」
反応なし。ファイアデーモンが迫りくる中、ソーは棒立ちになった。
「……ヘイムダル?」
__________
そのころ、アズガルドのビフロスト監視所。
アズガルドと他の世界とを結ぶ虹の架け橋ビフロストを監視しているはずのヘイムダルの姿はなぜか見当たらない。代わりにいるのはスキンヘッドの屈強な、しかし下劣な印象の「かまってちゃん」。その男は侍らせた二人のアズガルド女性の歓心を買わんと話し始めた。
「ヘイムダルはあほだ。この仕事で大儲けできたのにな。そりゃ、この仕事は楽じゃねえけど、役得ってのがある。ビフロストがありゃ九つの世界全部から神々への供物が手に入るんだ。つまりだ、なんでもかんでも取り放題。注目……俺のブツだ」
男が示したのは、男の傍らに山積みになった武器とお宝。その中から男は二挺のM−16アサルトライフルを手に取り、かっこつけて構えた。
「こいつらが俺の超お気に入り。ミドガルドのテキサスってところからヌいてきたんだ。名前まで付けてやった。『デス』と『トロイ』。いいか、二つ合わせて……デストローイ」
__________
ビフロスト脱出を今か今かと待ちながら、ソーは今にもファイアデーモンの津波に飲み込まれそうだ! ファイアドラゴンもついに鎖を引きちぎって自由に! 事態を悟り、ソーはムジョルニアを使ってロケット垂直離陸し……天井を破壊して地下から脱出、ムスペルヘイムのごつごつした地表に降り立った。ファイアデーモンに蹂躙され荒れ果てた、何の目印も見当たらぬ大地。ソーのマントに火が燃え移り、彼は半狂乱で炎をパンパンして消火した。そうして、もう一度ムジョルニアを掲げた。反応なし。
「ヘイムダル、勘弁してくれ」
その時、地震のごとく大地が鳴動! ソーは後ずさる。周囲全ての大地が崩れ始めた。そして……恐怖のファイアドラゴンが地面を突破して地表に出現! ファイアドラゴンはその途方もなく大きい顎を開き、耳をつんざく咆哮を上げようと……
だがソーは、ただドラゴンの口にムジョルニアを入れて放置! ドスン! ムジョルニアは落下し、ドラゴンの下あごを地面にピン止めした。ドラゴンは唸りを上げてのたうち回るが、たとえ巨大ドラゴンとて雷神のハンマーを持つ資格がない以上どうにもならぬ。ソーはドラゴンに命じた。
「ステイ」 そして空を見上げた。「私の作戦もそろそろ……」
ソーが気づいた時には、彼の周囲の大地が排水口だらけになるかのように陥没! そこから唸りつつ追加出現するファイアデーモン!
「……ネタ切れだ」
ソーはムジョルニアを呼び戻して飛翔を開始! 甲高く吠えるドラゴン!
__________
そのころ、ビフロスト監視所では、今なおレディたち相手の自慢が続いていた。男の背後でビフロスト装置が起動、ソーの声を届ける。
『ヘイムダル?』
その声に反応し、レディの一人がビフロスト装置の放つ光に気付いた。
「スカージ、これって大事?」
スカージと呼ばれた男は振り返ってビフロストの活性化に気付き、レディたちに言った。
「そのまま楽しんでてくれ」
スカージは別な「ブツ」の山の傍らにずさんに放置されていたヘイムダルの剣を見つけると、急いで駆け寄り掴み取った。
__________
ソーはトップスピードで飛翔、だがドラゴンはほとんどソーのかかとにまで迫っている! 下からはファイアデーモンの群れが炎を発射! ソーは紛れもない恐れの表情で後方を見る。ドラゴンがソーをひと飲みにすべく今まさに口を開かんとする、その時……
……突然、ビフロストが開通した! 恒例の虹ポータルがソーを包み、ドラゴンの頭部まで飲み込む! 次の瞬間、彼らの姿は掻き消えた。
(以上、ソー:ラグナロクの脚本(PDF)から研究目的のために冒頭部分を抜粋し独自に翻訳しました)
はいどうもー。いやなんか、こないだ忍殺のシーズン2第4話終わってから第5話始まるまでけっこう間が空いたじゃないですか。それでパルプ欠乏しちゃったんでちょっとダイハードテイルズ公式に文句言いたくなったんですけど、そこは思いとどまって、パルプが足りないならDIYすればいいじゃないみたいな精神に忠実になろうと思って、連載空白期間利用して公開されてるソー:ラグナロクの脚本(ディズニー公式のダウンロードページ)の研究を兼ねてためしに翻訳始めたら、これがめちゃくちゃ面白い。書いてある内容ほぼそのまま翻訳するだけでパルプになって、翻訳してるだけですげえ楽しい。何なんでしょうかね、この感覚。興味があったら是非、俺の拙訳と英語原文見比べてみてください。ほんとにほとんどそのまんまです。
んで、今回のテーマは要するに、なんでこんなにパルプはパルプ感が出て面白いのかってことです。
実際ぐだぐだ
実はさっき拙訳は脚本ほとんどそのままって言いましたけど、ソーの台詞は意味は一緒でも雰囲気は意図的に変えてます。元の台詞は、ソーが「なんか」「っぽい感じ」「みたいな」といったのを連発するセリフ回しの凄くぼんやりした印象の威厳ゼロなやつで、文字だけで読むと、ただのあほのあんちゃんか誰かがしゃべってるようにしか見えないんですよ。
実際の映画だと、あのクリス・ヘムズワースがあのソーの格好して喋るから、ムスペルヘイムの地獄みたいな地下っていう舞台で巨大アンデッドのスルトを前にしてっていうシチュエーションと合わせて、危機感の薄いぼんやりした台詞がギャップを生んで面白いんですけど、文字だけだとどうしてもビジュアルと台詞のギャップみたいなのが伝わりにくいんですよね。実際の映画の映像を参考に脚本そのままよりも外見描写とか大幅に増やすっていう手段は考えられるんですが、今回はなるべく脚本そのまま翻訳が目的だったんで、そういう手段は放棄しました。だから、なるべく脚本そのままかつ文字だけで「喋ってるのは雷神だぞ」って雰囲気を出す観点から、拙訳では威厳を無駄にアピールする口調にぼんやり表現が混在するっていうふうにしました。正直俺は、こういう役割語みたいなのでキャラクターを表現しようとする手法は技術として拙いと思ってるんで好まないんですが、俺の能力じゃ他にいい方法が思いつかなかったんで許してください。
ちなみに、ソーがあほになった経緯については、「シヴィルウォーに出てこなかったソーは、オーストラリアでぼんくら生活をしていた!」って公式設定があります。公式動画では、完全にあほな口調の中に唐突にアズガルド脳かつ舌足らずな表現が混ざるかんじになってます。
それで、映画本編になったら少しはソーもスーパーヒーローっぽくなるかと思ったら、先に翻訳して引用したとおりの有様ですよ。どころか、この映画って一部のゲスト出演以外は出てくる奴出てくる奴全員あほですから。シリアスな奴らは最初のほうで全員死んじゃうか行方不明、あとはあほだらけの物語です。ツッコミ不在。それでどうにも噛み合わないあほ同士の会話の連続でちゃんとストーリーが進んで最後にはアズガルドが壊滅炎上するんだから、これは結構すごいストーリーテリング技術だと思いますよ。マジで。
とはいうものの、あの冒頭のぐだぐだっぷりは正直どうなんですかね。この映画作ったやつの脚本演出テクニックがすごいのは分かりますけど、あそこまで登場人物をあほにする必要があったんでしょうか。特に、鎖に吊るされたソーが定期的にくるーん、くるーん、ってなるやつ。そりゃ、リアルな物理法則とかが適用されたら、鎖の先に吊るされた物体がゆっくりくるーん、ねじれきったら今度は逆方向にくるーんって繰り返しになるんでしょうけど、あれって描写する必要あった!? そのあたりは映画マジックでソーが鎖回転せずに会話してもよかったんじゃない?
それにさ、この映画って、糞みたいな配給が日本で改悪した副題付けてるけど、本来「ラグナロク」でしょ? 「ラグナロク阻止したいんなら、ラグナロクになるまえに最強のソーが元凶のスルトをさくっとブチ殺して解決」ってのは、合理的に考えればそりゃそうだけど、だからって本当に開始5分でそれやっちゃって「ラグナロク 完」だよ! 映画の続きどうすんの!? あほがやりたいのか合理的にやりたいのか、はっきりさせてよ!
……そこまで考えた私は、突如の天啓に打たれた。そして理解したのだ。パルプには「フカフカ」が必要であることを。すなわち、パルプの真髄である。
「フカフカ」こそが真理であると知れ
諸君はこのことを心得ねばならない。パルプをパルプたらしめる文章とは、複数の機能を同時に併せ持つテキストであるのだ。そのような文章は、常にキャラクターとキャラクターの置かれたシチュエーションとの相互作用、あるいは、キャラクター同士の交流の中で、キャラクターのリアクションを通じ、一貫してキャラクターがその性格に基づいてどのような選択を示すのかを明らかにして、たとえ会話であってもアクションとドラマを展開させるのである。そして、そのようなキャラクターに関する一貫した描写とは、合理性によってのみもたらされるのであり、テキストをパルプたらしめんとする以上、かかる合理性の貫徹のためにはストーリー展開の都合ですら道を譲らねばならぬのである。ストーリー展開の都合のためにキャラクターにその性格に照らした合理的裏付けを欠いている選択と行動をさせるのであれば、それはパルプではない。また、あるキャラクターが愚かであることを示すために、台詞の内容それ自体が愚かである台詞を喋らせようとするのであれば、到底パルプとは呼べぬ。台詞の内容それ自体が愚かな台詞を喋るキャラクターは、存在そのものが不自然でありすなわち合理的ではないからである。そして、かようなパルプをパルプたらしめる文章は、登場人物の具体的体験のフィルターを通過したテキストとして、読者に提示されるのである。これが私がパルプの真理に開眼して到達した結論であり、私の教えを学ぶ者はたちどころにパルプの体現者となって書くもの書くものが何でも余りに面白いパ
やっぱやめた。大事な事だけ無駄なく書く文章なんて、要するにつまんないから読んでも理解が捗らないんじゃない? だいいち俺も書いてて全然面白くないわ。俺は今回、「フカフカ」がどういう理由でパルプの真髄なのかってことを理解してもらって、これを理解したらもうそれだけでパルプが書けるようになってしまう危険極まりないテキストを書こうとしてるので、多少まどろっこしいところがあっても、面白さ優先で好きに書いていきます。
……とは言ったものの、どっから説明すりゃいいんだろ。なんかとりとめのない話になりそうだけど、とりあえず俺の思考過程? 的なやつを順に説明します。
くるーんはパルプの原動力
つまりですね、ちょっと前の日曜に、俺は床屋さんに行ってから、遅くなったけど昼飯食おうかと思ってこの季節にしては妙に肌寒くて小雨も降ってたんでこういうシチュエーションだからこそって地元ローカルのうどんチェーン店に入ってうどんじゃなくて敢えて肉そばを注文するっていうチョイスを心の中で密かに自画自賛しながら出てきた熱々の肉そばに多めに七味唐辛子入れてたっぷり入ってる青ネギと七味の相乗効果で体がすごいあったまるやつを結局出汁までほとんど飲み干して軽く汗ばむくらいになって店を出ると思わずため息とともに自分の頭が一時的にだいぶ緩くなった実感があって経験上こういう時にぼんやりどうでもいいこと考えてる時になんか閃くことが多いんでぶらぶら散歩しながらそういやソー:ラグナロク冒頭のソーがくるーんってなるやつを俺が修正するとしたらどうするかなと思って試しに頭の中でソーがくるーんてなる部分をカットした時……突然まじで閃いた。
こういう時、あなたも自分の頭を使って自分の想像力で具体的に思い浮かべる必要があります。あるんです! そういうことせずに適当に考えて雑に書くのがパルプだと思ったら大間違いで、逆噴射聡一郎先生の教えに完全に背いてるってことを分かってください。だから、この記事の最初のほうで書いた、ソー:ラグナロクの出だしのシーンの情景を、あなたも自分の想像力の限界に挑むくらいの勢いで具体的に思い浮かべてみて、そして考えてみてください。
ソー:ラグナロクの冒頭、いきなりソーが鎖に巻かれて幽閉された状態でラスボスっぽい巨大アンデッドのスルトの前に引き出されて開幕ピンチ! 哀れなソーを前にスルトはえらい芝居がかった調子でラグナロクの予言について説明台詞を語り始める……っていう場面で、鎖くるーんが余計だからって理由で省いちゃうと、このシークエンスの展開どうなります? 頭に思い浮かべました? 思い浮かべてない人は今すぐ反省して思い浮かべて、何がこのシークエンスで起こるか観察してみてください。どうですか……
……ね? 何も起こらないでしょ? ソーが質問すると、なぜかスルトが律義に説明する。ただそれだけ。観客は何でスルトが律義にこんな説明をするのかわけわからんみたいな印象を持ったまま説明台詞をずーっと聞かされる。ただただつまんない最低の出だしです。ところが、そこに鎖くるーんが加わるだけでシークエンスは一変するんです。最初はしょうもない思い付きから出発した演出なんでしょうけど、俺はその意味が分かってようやく逆噴射聡一郎先生の教え、パルプにおけるアクションというものを理解したんですよ。
鎖くるーんとは結局何なのか、その重大な意味を考えてみてください。俺はこう理解しました。鎖くるーんは、一見無駄に見えるようで、実はキャラクターにリアクションを取るきっかけを与える、アクションを生み出す鍵として機能するんです。
いいですか、起こることが自然な、いかにも起こりそうな出来事っていうのは、起こりそうな自然な出来事だからこそ、勝手にストーリーの都合を無視してシチュエーションに割り込んでくる。んで、そういう出来事の割り込みに対して、キャラクターはどうしても何らかリアクションを取らざるを得なくなる(例えば、場違いな出来事を前にして、敢えて無視して見せるってのも一つのリアクションです)。そうして、キャラクターがなんらかリアクションを示してしかるべき瞬間が自然に訪れ、キャラクターごとにその性格によりまちまちのリアクションを取れば、これを通じてキャラクターが活写されて、また、これに対する別のキャラクターの返しが発生するみたいなリアクションの連鎖だから要するにアクションが発生して、直接的な描写を超えたキャラクターの膨らみみたいなのを観客に伝えるんです。
ソー:ラグナロクの鎖くるーんはこういうふうに機能します。ソーが鎖の先でくるーんとなると、ソーはスルトの説明を止める。べつに後ろ向きでも話は聞こえるのに。何その妙なこだわり。それでも鎖は止まらないのでソーはスルトに言い訳しながら何故か謝る……っていうふうに、シチュエーションから本来予想される緊迫したストーリーの本筋から乖離した一連のリアクションをとる。この、ストーリーの文脈から見ると間抜けでも、ソーがソーの性格ゆえにとったリアクション、そしてリアクションと以後に続く一連の台詞との相乗効果で、ソーがただ単にぼんやりしてて面白いっていう印象だけでなく、ピンチをピンチとも思ってないっていう最強ヒーローとしての自負、「ヒーローとは何か」みたいなことでいちいち悩んだりしない自分がヒーローであることの素朴ですらある確信、ヒーローとしての自覚に基づく迷いのない行動力、そういうキャラクターが直接的な説明がなくてもしっかり観客に伝わるわけです。
こういうソーのリアクションを受けたスルトもまた、ソーの間抜けなリアクションに対してどう返したら分かんなくて都度固まっちゃったりしつつ、説明の続きを促されたら律義に説明を再開したり、「ア・マウンテン!」みたいにいちいち訂正したりするので、とっさのアドリブができないアンデッド脳で予め指定された説明台詞しか言えないNPCみたいな融通の利かなさといったスルトのキャラクターが観客に分かるので、スルトが説明するのが逆に面白いみたいになります。
こんな感じでキャラクターの紹介が行われるのと同時に、ソーとスルトの関係、さらには、この映画で一貫している法則である「あほなのは強い証拠、強くなければあほになれない」が観客に刷り込まれるわけです。
ちなみに、こういうキャラ立てを含めた冒頭のセットアップは作品の良し悪しを決定づける最も大事なポイントで、こういうのがしっかりしてないと、例えばクライマックスの重大な局面とかで登場人物がどういう決断を下すのか、って場面でのキャラクターの行動に観客が疑問を持っちゃって不自然みたいになっちゃうんです。
逆に冒頭のセットアップがしっかり成功してたら、冒頭で提示された要素の一つ一つがクライマックスで効いてくる。映画観た人なら分かると思うんですけど、クライマックス、闇落ちしたガラドリエルの奥方が強すぎてアズガルドはもう駄目だ! ってなった時に、ソーはあっさりアズガルドを切り捨てる決断をするんですよ。大事なのはアズガルドに住む人々を救うことで、アズガルドっていう場所を守ることじゃないって。その迷いを見せない姿勢はソーのキャラクターに沿っているから、ソーの決断に観客はヒーローの姿を見出すわけです。「デストローイ」もリフレインされた時に新たな意味合いを帯びて多層化する。こういう計算ずくのリフレインは忍殺でも定番ですよね。そして、クライマックスの頂点で、映画冒頭で示されたソーとスルトの関係性は鮮やかに逆転すると同時に、「逆転と認知」の認知として観客の前でラグナロクが発生する……こういう計算されつくした演出が可能になるわけですよ。だから、ソー:ラグナロクの開幕シークエンスは、クライマックスでラグナロクが起きるって先に決めてから逆算して構築されたのは間違いないと思います。「デストローイ」も含めて。「ラグナロク」とはかけ離れた冒頭が実はクライマックスに効くわけです。
で、映画作ったやつらは、冒頭の鎖に吊るされて身動きできない(ふりをしなければならない)ソーとスルトが対面してるっていう絵面を前にして悩んだと思うんですよ。「これじゃ何も起こらないじゃん」って。それでソーとスルトが対面してるシーンのスケッチなんかを睨んで考えてるうちに、脚本家の誰かか監督かが言い出したわけです。「これ、鎖に吊るされてるとくるーんってならない?」みたいなことを。ちなみに、こんなあほなことを言い出したのは、本編中でゆるふわ日常系岩石奴隷戦士のコーグを自ら嬉々として演じた監督本人じゃないかと俺はにらんでます。まあとにかく、要するに、前にもアリストテレス大先生の
筋を組み立てて、それを措辞・語法によって仕上げるさいには、その出来事をできるかぎり目に浮かべてみなければならない。じじつ、このようにして、実際の出来事に立ち会っているかのようにすべてをできるだけはっきりと見るなら、適切なことを発見できるであろうし、また矛盾したことの見落としもきわめて少なくなるであろう。
っていうお言葉を紹介しましたけど、映画作ったやつらが発見した「適切なこと」っていうのが鎖くるーん、まさにその場面がもし眼前で繰り広げられたとすれば、自然でいかにも発生するのが仕方がない出来事だったわけです。
まとめます。パルプのパルプ的な面白さっていうのは、キャラクターがその個性に裏付けられたリアクションをとって、それが連鎖していくことで発生するので、そういうリアクションが起こる切っ掛けっていうのを、ストーリーの表面にある要素以外の隠れた要素まで考えて発見しないといけないんですよ。逆に言えば、舞台となる環境や登場人物たちが舞台に立ってるさまを観察して、そういうリアクションが起こる切っ掛けみたいなのをどんどん発見して、それからその結果としてのリアクションを盛り込めれば、読者に登場人物のキャラクターが伝わって説得力が自然と増えるしパルプ的な面白さもどんどん強くなるってことです。
んで、こういうパルプを面白くする要素っていうのは、別に鎖くるーんみたいなシークエンスとしてしか入れられないってわけじゃなくて、工夫次第で隙あらば文章にいくらでも盛り込める。名付けて「ふかふかテクニック」!
ふかふかテクニック
はい、これですね。場面としては、ロシアンヤクザ組織「過冬」の拠点に潜入して、ニンジャスレイヤーが敵を足止めしている間に密かにコトブキがハッキングを試みるっていう緊迫シーンのはずなのに、「高給ハッカー・チェアは黒革が用いられており、フカフカしていた(原文ママ)」が唐突に入るもんだから、読者から「その描写って今必要!?」って一斉にツッコミが来る。だけど、俺の話を今まで聞いてきたあなたはもう既にパルピスト(パルプする人)として開眼してるはずなので、俺の指摘を聞けばたちどころに理解するでしょう。読者からツッコミが入ったこの一文は、以下の複数の機能を同時に兼ね備えているがゆえに重要かつ必要です。
すなわち、コトブキが座った椅子が「フカフカしていた」っていう、コトブキの主観的体験を敢えて挿入するテキストは
1 場面転換があったことを示す要素抜きで前の場面から連続的でありながら、この場面の視点人物が、直前のツイートまで敵と戦ってたニンジャスレイヤー視点からコトブキ視点に切り替わったことを明らかにする
2 同時に、コトブキの主観的な思考を示す文章により、この場面では、いわばカメラがコトブキをクローズアップしているかのように、読者の関心をコトブキ一人に集中させている(次に続く文章を読まなくてもこのツイートだけで、このツイートが一連のニンジャスレイヤー視点の戦闘シークエンスの中に挿入されるカットではなく、しばらくニンジャスレイヤーのことは放置されることが読者に刷り込まれる)
3 さらに、「フカフカしていた」という、とぼけた、ストーリーの文脈から乖離した思考(椅子に対するコトブキのリアクション)が、言外にコトブキのキャラクターを読者に伝えると同時に、ストーリーに従属しないキャラクターの個性の強さを明らかにする。ようするにコトブキチャンかわいいね! ってなる
4 椅子に座ったことで生じたリアクションを記述することで、コトブキがくだんの椅子に座るという行動をとったことを間接的に明らかにする
分かりますよね? なんなら、「高級ハッカー・チェアは黒革が用いられており、フカフカしていた」という文章を「コトブキは黒革が用いられたフカフカした高級ハッカー・チェアに座った」という文章に置きかえてみて、ツイート全体を読んでみてください。置きかえ前と置き換え後のテキストは、文章の意味は同じなようでも、上記の1,2,3の効果がいずれも失われていることが分かると思います。要するに、置きかえ前の文章は、座ってみて初めて分かるフカフカで、置きかえ後の文章は、座らなくても目で見て分かるフカフカになっているので、コトブキ主観の主観性の強弱が違ってくるんで、臨場感の性質も変わるわけです。かわいいね! ってなるかどうかも。
こういう、細かくてどうでもいいような、あるいはストーリー上不必要に見えるテキストは、実はディテールを通じて個々のキャラクター特有の性格やキャラクター固有の体験を反映したリアクションとして提示されるから、そのキャラクターを印象付けるんですよ。これが、あなたが発見しなきゃならない「適切なこと」なんです。こういうのが詰まってれば詰まってるほど、パルプは強い。簡単に言えば、「フカフカ」は要するにキャラクター活かすための小さな脱線です。かわいい!
だから、キャラクターを印象付けてパルプを強くしようと思ったら、敢えてのストーリーからの脱線っていうのを狙うのが効果的です。たとえばですよ、ジョジョって第一部、第二部、第三部、第四部……って、それぞれ主人公違うじゃないですか。当然「ジョジョ」って呼ばれてもそれぞれ性格とかが大きく違う。それで、仮面ライダーの映画とかでちょくちょくあるような、「歴代ジョジョが時空を超えて集結」みたいな状況を想像してみてください。集結したジョナサンとかジョセフとか承太郎とか仗助とかの前にメインストーリーに沿って恐るべきスタンド使いが現れた! って場面だと、だいたいジョナサンもジョセフも承太郎も仗助も同じようなシリアスなリアクションしかとれないじゃないですか。けど、歴代ジョジョの前に突如謎の豊満美女が現れた! ってシークエンスなら美女の登場に対して歴代ジョジョはその性格に応じたまちまちなリアクションを示して、結果、歴代ジョジョのそれぞれの個性とかキャラクターの違いが伝わるでしょう。
だけど、脱線しっぱなしだとストーリー進まないから、テクニックのキモは、脱線したように見えて実はちゃんとストーリーが進んでいるっていうようにするシークエンスの構築ですね。キャラクター印象付けとストーリーの進め方は表裏一体です。
……なんかだんだん話がフカフカから離れてますが、関連してるものは関連してて解説しないとしょうがないんで、敢えての脱線(のふり)に関して、超有名なやつを振り返ってみましょう。
このズルズルシークエンスが何で受けるかっていうと、ヤモトというキャラクターの視点から見た赤黒のニンジャの、常識が通用しない特異なキャラクターっていうのが存分に示されてるからです。こいつときたら、ストーリーの都合だとかその場面にいる他の登場人物とか完全にお構いなしでソバ食うと決めたら誰に何を言われても無視して完食する。で、ズルズルや赤黒のニンジャの登場は、その場にいる他の人物のリアクションを否応なしに引き出し、連鎖させる。ヤモトは大きなダメージを負っているとはいえ呆然とし過ぎて、目に見える積極的リアクションをとれないほどです。かわいいね! それで、一時的に悪役の「ソニックブーム」がリアクション担当になる。
ちなみに、ちょっとテクニカルなことになりますけど、ここでいきなりソニックブームの主観が描写されてても混乱がないのは、ヤモトとソニックブームの一対一の場面に「ズルッ!ズルズルッ!ズルズルッ!」という異物が割り込んできて、この異物はヤモトにとってもソニックブームにとっても未知の存在であるがために、両者が一時的にズルズルに関心を向ける視点を共有できる場面になるからです(その準備のために、ちょっと前のソニックブーム再登場の時からさりげなくヤモト主観の描写を排除して、バトルを観戦する観客目線の描写になttいます)。ソニックブームの主観として記述されていても、同時にヤモトが目撃したソニックブームのリアクションなわけです。こういう例外的な複数人による視点共有をやるために、72番のツイートは「ズルッ!ズルズルッ!ズルズルッ!」だけを意図的に独立させて異物感をアピールしているわけです。そういう何らかの工夫抜きでうっかり視点共有をやると視点が混乱しちゃうんで注意が必要です。
さてさて、今度は話が視点制御の方法にシフトしてますが、これは必要があってやってます。本当だって! 後で説明しますけど、ふかふかテクニックを活用するためには、視点制御を意識的にやる必要があるからです。で、そういう説明の前に、逆にふかふかしないことによる引いたカメラの演出について説明しときます。同じエピソードからの、これも名場面。
はいこれです。というか実際、俺はこのシークエンスを初めて読んだときに、心底ぶったまげました。なんだこれすげえ。それで、他のやつが何をどう言おうと、俺は忍殺を真正面から文学として扱うことに決めたんですよ。忍殺の凄さを初めて本当に理解した俺の思い出です。パルプが文学で何が悪い。
まあそれはそれとして、このシークエンスの何が凄いのか。
そもそも、このシークエンスは、本エピソードの主人公の孤独な少女に友人が出来て、みんなで楽しみにしていたカラオケに行くって場面です。普通の書き手なら、主人公ヤモトに視点を寄せて、この場面がいかに楽しいかっていうのを描写したくなるところでしょう。やっすい書き手なら無駄に性的な要素を暗示させるセンテンスを入れてきたり。
ところがですよ、ボンド&モーゼス(以下「ボンモー」)の流儀は、そんじょそこらの書き手とは一味も二味も違う。謎のカニ配膳システムについて妙に細かい設定をして詳細にディストピア的で無機質な説明しときながら、カラオケルームの主人公たちに関してはキャラクター主観の描写を意図的に排除して、彼女たちが何が可笑しくて笑ってるのかについてもまるで他人事みたいに「こうした騒ぎは何が理由でも楽しく、笑いを誘うものなのである……」、要するに「具体的理由は分からん」で済ませて突き放す。おっさんの主人公が「若い娘のことは良く分からん」みたいなことを言う文脈ならともかく、主人公の少女とその友人が笑っているシーンなのに。その結果生まれているのは、主人公とその友人たちを、まるで未知の生物を観察するかのように扱って物語の外部から眺める、透徹した、冷たい視点。それを通じて、読者が楽しい場面にいる登場人物と感情を共有することを拒絶する。そこまでやるかよ。
ちなみに、俺がこういう演出を意図的に狙ったものと断定する根拠は、66番のツイートにあります。これは通常場面転換を示す符号なんですけど、このエピソードを読み返してもらえば分かるんですが、実は場面転換せずに、67番のツイートから引き続き、やや時間が経過した同じカラオケボックスの室内の描写が続くんです。そしてカメラが主人公に寄るとともに、展開は不穏になっていく。逆に言えば、不穏な展開になるまで、敢えて主人公ヒロインにカメラを寄せることを控えていた。つまり66番のツイートは、場面は同じでも、時間の経過に伴いカメラの立ち位置を変えたことを意味してるんです。
こうやって、普通なら楽しい場面は楽しく描写して「楽しい」→「不穏」の落差の演出を入れたくなるところを、楽しいはずの場面から甘さを完全に排除するために、カメラをとことん引いて冷たく描写することで、一貫してシリアスな雰囲気でエピソードを引き締めてる。で、そこまでしてシリアスに徹してるのに、エピソードのクライマックスでは顔を覆いたくなるあのソバズルズルーッなんですから。そうして、物語の文脈をぶっ壊して我が道を行く破壊的異物としてシリーズ全体の主人公ニンジャスレイヤーを登場させて、「他人から見たニンジャスレイヤー」を浮き彫りにする。そして、爆笑と興奮っていう本来矛盾するはずの印象が自然に同居する。俺はここに痺れた。ボンモーまじですげえ。
ちなみに、(一種の叙述トリックのパートを除いて)明るい印象の主観描写を排除してシリアスに徹した雰囲気のエピソードなのに、ヒロイン絶体絶命っていうシリアスの頂点で雰囲気が台無しになるっていうパターンは、例のサツバツナイトでもやってますよね。こういう寄せと引きの演出手法についてボンモーが自覚的な証拠です。ちなみに、このエピソードでヒロインが昼食時に屋台で偶然暗黒非合法探偵と出会って……っていう一連のシークエンスを、「ボンモーがどういう方法で視点の切り替えを自然に行っているか」っていう観点から読み直すと面白いですよ。すげえトリッキーです。
「フカフカ」は危険
ではここで振り返ってみましょう。
「フカフカ」は、ストーリーの都合に従属しない、キャラクターの強い個性に裏打ちされたリアクションで、当該キャラクターが環境にインタラクトしたときなんかのちょっとした主観的な反応を記述に盛り込むことで、キャラクターの性格や個性を表現するテクニックに由来する記述です。かわいい!
それで、そういうキャラクター主観の記述をどれだけ盛り込むか、あるいは記述の主観性の強弱みたいな要素のコントロールを通じて、カメラを寄せたり引いたりするように、視点をキャラクターに寄せるかそれとも引くかをコントロールできますし、表現する要素との距離感のコントロールで雰囲気を演出できる。ボンモーは、このあたりのコントロールによる演出が抜群に上手い。
ただし! ふかふかテクニックを有効活用するためには、次の二点に十分に注意を払う必要があります。注意点をちゃんと理解しないふかふかは、あっという間にテキストをダメにする危険があります。
1 シークエンス内の視点ないしは視点人物を意識的に固定すること!
「よっしゃふかふかするぜ!」って考えて最初にやりがちな間違いは、視点の混乱です。たとえば、ある場面にAとBの二人の登場人物がいたとして、A主観のふかふか描写を入れると同時に、B主観のふかふか描写も入れちゃう。その結果、視点人物が固定されずに視点が混乱する。これって、書いてる本人は理解できても他の人が読んだら読みにくくなったりつまんなくなったりする大きな原因です。「複数の視点が混ざることがそんなに良くないの?」って思う人もいるかもしれませんけど、現実には、複数の視点が混ざるだけで、読む人にとってはすげえ読みにくくなってテキストが頭に入ってこなくなるし、視点が混在して「誰視点なのか」が不明確だと読者の興味の対象が分散してしまう。だから、それだけで「なんかこれつまんないな」って思われるんですよ。AとBが同じ場面に登場するなら、視点人物をAにするのかBにするのかそれとも客観視点に徹するのか意識的に決めて、視点人物をAにするならA主観のふかふかをやるのはOKですがB主観のふかふかをやるのはNG(Aの視点から客観的に認識可能なBの表情やしぐさや台詞の中でBのキャラクターを表現しないといけない)だというのが大原則です。AもBも主観描写でふかふかさせたいのなら、さっき言った、複数人による視点の共有を実現する意図的なギミックとかが必要だし、そういうギミックを用意しても、無条件にAもBもふかふかできるわけではありません。さっきのズルズルシークエンスだと、リアクションはソニックブームが担当して、ヤモトはただ傍観するだけ状態っていう形だったでしょ? とにかく、基本、ふかふかをする前提として、AとBのどっちを視点人物に選ぶのが演出として効果的かっていうことを考える必要があります。視点人物をむやみやたらと切り替えまくるのもまずいです。視点を切り替える時には、場面転換を挟むとか、明確にカットで映してる対象を切り替えていることが読者に分かるようにするとかの方法で、意図的に、視点の切り替わりが自然になる形を作る必要があります。
2 目的を忘れてやりすぎないこと!
ふかふかテクニックは、あくまでキャラクターの性格や特徴なんかを効果的に伝えるのが目的なんですから、そういう効果的ポイントでもないのに延々主観描写をやるのは逆効果です。主観描写やりすぎのテキストは大抵、「作者のキャラに対する思い入れみたいなのが前面に出すぎちゃってきめえ」って言われる、キャラクターの思考なんかを作者が表に出て延々説明する描写とは呼べなくなるテキストになります。基本は客観的カメラのカメラワークでくっつきすぎず離れ過ぎずで描写して、ここぞってところでカメラを寄せてふかふかしてください。それで、「フカフカ」みたいなリアクションを仕草にするか表情にするか台詞にするか明確な行動にするか地の文に溶け込ませた思考にするか、っていう色々な手段の中から最適なものを選ぶようにしてください。
あなたの小説はふかふかしてる?
ようやく終わりそう。今回も長くなった。けど今回の解説は、忍殺のテキストの特徴であり、かつ、その特徴から読み取れる普遍的な技術に関する話なんで、みなさんも積極的にふかふかしてみてください。
いや、本当に、俺がざっとウェブ小説なんかを見回してみると、ストーリーとかアイディアは面白そうなのに、その小説を読んでも今ひとつ面白くないっていうのがいっぱいあるんですけど、
1 意識的にシークエンスの視点あるいは視点人物を固定して、一つのシークエンス内で複数視点を混在させないようにする(本当に最重要の基本。なのに、これを実践してない人が本当に多いです)、そして(特に同じシークエンスの中で)視点を変えるときにはその切り替えの方法に気を付ける
2 最初のセットアップのところで、説明以外の方法でキャラクターの性格や個性なんかの内面を読者に伝える工夫をする(ウルトラマンとにせウルトラマンとで応援されるされないの違いが生じる原因は、外見の違いではなく、性格と、性格の表れとしての選択と行動の違いにあるということです)
3 主観描写をやりすぎない(特に一人称はここが難しい。文章の客観性を保ちつつ、思考の説明をなるべく抑えながらも、主人公の選択と行動は常に主人公の性格を源泉としている、キャラクターに間接的に言及する機能を備えなければならないです)
この3点のどれかでミスってるのが大多数です。このへんが、読者に伝える工夫の基本にして肝だからです。逆にいうと、この3点でミスらないように修正するだけで大幅に面白くなる。これは保証できます。
だから、もし、あなたが書いたものが自分では面白いと思うのに他の人に読んでもらっても芳しい反応がかえってこないって時には、上の3点についてチェックしてみるのが本当におすすめです。
んで、同様の観点から、主観描写の機能がどんなものかっていうことを明確に意識した記述として、ふかふかを盛り込んでみてはいかがでしょうか。あなたのパルプを待ってます。
それじゃ、またねー
どうしたの? 今日はもう終わりだよ。さあ帰った帰った。
いや、まじで帰ったほうがいいよ。俺がこれから何をするか、覚悟もないのに興味本位で覗こうと思ってるなら、絶対やめたほうがいい。あなたが楽しく思うようなことがある保証はないよ。
だから、パルピストの自覚を持って俺の共犯者になる覚悟があるやつだけ、この先に進んでください。そうでないなら、「良い」もツイートもしてもらわなくって結構です。
パルプの欠乏について公式に怒りをぶつけてみる
あのさ、俺はちゃんと毎月ニンジャスレイヤープラスに課金して読んでるけど、プラスの記事って、どうにもボンモーが書いたとは思えないやつがちょくちょく混じってないですか? なんか、忍殺の表面的なふざけて見えるような部分を真似てみただけの、俺が解説したような忍殺文体の特徴というかボンモーの巧みな部分が全然感じられないやつ。プラスの長編として連載されたり今連載しているやつにも、「ボンモーならこうは書かない」「ボンモーならこのポイントでキメるはずなのにそれがない」っていう部分が散見されるんだけど、酷いのは、わざと下手に書いたように見せる一部の短編。これは擁護できない。俺は金払ってるんで、金払った分だけ気に入らないものには文句言わせてもらう。
特に、こないだパルプ供給が絶えてた時期にツイッターでも公開された「アイス・クラッシュ」。エミリー・ウィズ・アイアンドレスなんかが読者に受けたもんだから(あの変なのがキまる文体とスタイルは正直すごいと思う)、わざと下手に書いたように仕立てたやつで笑いを取ろうとしてるのかもしれないけど、はっきり言って、笑いを取るのに失敗してて、ただつまんないだけ。下手に書くことで笑いを取るにも、一応、特殊で限定的なスキルとそれなりの計算が必要で、向いてないやつには向いてないんですよ。ボンモーが書いたかほんやくチームが書いたかは知らないけど、どっちにしろ、わざと下手に書くのが下手で、向いてない。もう金輪際こういうのはやめてほしい。普通に上質なやつを供給してくれるだけでいいから。プラスの月額課金は読者の信頼の証なんだってことを理解して、その信頼にこたえてくれ。
普通、小説っていうのは、どんなに筆者が未熟な時期に書いたものでも、本気で書いたものなら工夫のあとっていうのが読み取れるし、その筆者のカラーっていうのもにじみ出るんですよ。工夫の一つもするつもりがないのに、わざわざ時間を使っていい加減に執筆して時間を無駄にするやつなんか普通いないでしょ? せっかく書くんなら、誰だって工夫しますよ。それに、どんな作品でも、根底にはその筆者のアティチュードっていうものがあるから。そういうボンモーのカラーが全然感じられない、ただただ不出来な代物を供給されるのは、正直腹が立つ。俺は金を払ってるからそういうのに腹を立てる権利がある。
だから俺はこれから、「アイス・クラッシュ」のどこがどうだめなのか思いつく限り指摘して、そのだめな点全部についてどう修正すべきかも述べた上で、実際に「アイス・クラッシュ」を丸ごと書き直すということを実行して俺の怒りの表明に代えさせていただきます。
問題点1 読者が矛盾ないし疑問を感じる部分が多すぎる
敵役アイスシールドはニンジャスレイヤーにぼこぼこにされたはずなのに、だまって逃げればいいものをなぜか自分の居場所を知らせる、片やニンジャスレイヤーもなぜか重いダメージを受けている、アイスシールドの「コリ・タテ」は飛び道具を防ぐはずなのにアイスシールドのケガの原因はスリケン、「スケコマシ社の幹部」が主力デザイナーであることが敢えて終盤になって明かされることに特に意味がない、夜中らしき時間帯なのに株式市場が開いている、大雨が降ってるはずなのに終盤雨が止んだり雲が晴れたという描写抜きで月が見える……と、とにかくちぐはぐさが目立つ。物語の中の諸要素に一貫した合理的整合性があってこそ、読者は直接的な説明や言及がないことにも推測を及ばせて「思いをはせる」ことができるのに、これでは全くダメです。解決方法については問題点4でまとめて述べます。
問題点2 視点の混在と不必要な主観的記述
これも一目瞭然なのですが、アイスシールド視点とニンジャスレイヤー視点が混在し、結局、読者にどっちの何を見せたいのか分からない。そして、どちらもキャラクターの思考をくどくど説明しすぎで焦点が定まらない。このへんの基本ができてないというのは、ボンモーなら絶対あり得ない。どんなに未熟でも、ボンドが書いてモーゼスが読むとき、あるいは、モーゼスが書いてボンドが読むとき、視点が混乱してるのが良くないって絶対読んだほうが真っ先に指摘するはずだからです。演出としては、アイスシールドが生きている間はニンジャスレイヤーに寄るカメラは控えめにして、あくまで他者(アイスシールド)あるいは客観カメラから見たニンジャスレイヤーを描写する、ニンジャスレイヤーの思考は単なるモノローグ的記述ではなく、たとえばナラクとの対話を通じて表現する等の仕掛けを入れる(ナラクは便利なギミックなんですよ。ナラクとの対話シークエンスの体裁にすれば、客観カメラで自問自答みたいな具体的な思考内容を提示できるから)とともに、「逆転と認知」は一瞬の中の、アイスシールドのニンジャスレイヤーに対する認識の変化として起こるべき。そして、アイスシールド退場後に改めてニンジャスレイヤーにカメラを寄せる、という構成にすべきでしょう。このように、基本の視点をアイスシールドに絞り、かつ、リアクション等を通じて語ることを重視することで解決する。
問題点3 安定しない雰囲気
締まったクールな雰囲気にしたいのかとおもいきや、「コリ・タテ」が砕ける場面では煽り気味の調子でしつこい説明がなされる。煽り気味にしつこく書けば盛り上がると思ったら大間違いです。クライマックスは、高解像度スローで無音のカットの如き冷たさと静寂を重視した文体にすることで解決する。
問題点4 キャラクターの不明確さ
結局これに尽きるんですが、こういう一話完結シンプル型のエピソードは基本、最後には無残に殺される運命の敵役が事実上の主人公なわけですから、そのキャラクターの魅力、あるいはカタルシスをもたらす悪役ぶりや強敵ぶり、変化球ならニンジャスレイヤーに追われる恐怖と惨めさみたいなものを演出しないといけないのに、全くできていない。その結果、そのキャラクターがどうしてそういう選択や行動に及ぶのか、って部分が不明確になり、結果、それがありとあらゆる問題点を引き寄せる。要するに、こいつはどういう理由でどこに何しに出てきたのかっていうことについて執筆してる本人が全然自覚的じゃないから問題点1にあげたような問題が続出する。これは専らアイスシールドの設定を変更し明確にすることで解決する。具体的には強者であり冷静なプロという性格を与え、その性格に照らし合理的な行動をとらせる。「コリ・タテ」についても、ただ弾丸等を防御するだけでなく、たとえば跳ね返した弾丸等で反撃ができる等の油断ならない効果とかを与えてもいいでしょう。
問題点5 情景描写の位置づけ
物語が終わりかけたところで何故かマグロツェッペリンとかの情景描写が入るけど、情景描写というのは基本セットアップ段階でやるものであり、リフレインもせずに終盤にだけやるのは全く意味不明。終盤にしか情景描写がないということは、ストーリーを通じた情景の変化がないということといっしょです。ちなみに、情景の変化って意識して使えば絶大な演出効果があるんですよ。昔のビデオゲームの黎明期って、ドラクエに朝昼夜の変化が登場しただけで「うわすげえ」ってなったり、ファイナルファンタジーでストーリーが進むと天変地異のせいでマップが変化して「うわすげえ」ってなってたし、オープンワールドものが登場した時に、天気が変わるだけで「うわすげえ」、NPCが時間帯ごとの日課をこなして生活するだけで「うわすげえ」っていちいちなってたでしょ? ボンモーは「小説は『一万人のスパルタ重装歩兵』って書くだけで一万人のスパルタ重装歩兵が出てくる」みたいなことを言ってたけど、おなじ理屈で、ものすごいゲームエンジンに負荷をかける時間帯とか天候とか風景の変化や建造物の爆発炎上なんかの環境破壊を小説なら入れ放題なんです。NPCの挙動もエルダースクロールが裸足で逃げ出すくらいにめっちゃリアルにできる。もしビデオゲームで実現できたら「うわすげえ」どころじゃないレベルで。だから、何らか情景描写を入れるんなら、その情景が時間経過によってどんな変化をするかとか、そういう情景の変化にどういう意味があるのかみたいな演出面の効果、要するに情景描写がどういう理由で必要だったり不必要だったりするかを考えて、演出上必要な情景描写をちゃんと考えるべき。オマージュとかもね。「ネオンギラギラの街でガラスがガシャーンって割れて人が死んだらサイバーパンク」とか。そういう感じで、情景描写は冒頭で行い、情景をキャラクターのリアクションを引き出す材料として使用するとともに、かつ、変形を加えつつリフレインさせる。
問題点6 作品内の法則等の軽視
ドラゴン・ゲンドーソーの教えに忠実であろうとするニンジャスレイヤーが、何の説明もなく突然「ジュー・ジツの禁じ手」すなわちゲンドーソーの教え「インストラクション・ワン」に反する攻撃手段を選択する。その理由がこれといって見当たらないのはまずいでしょう。その理由は最終的に読者に分かるようにすることで解決。また、自らの選択に対するニンジャスレイヤーのリアクションを入れる。
問題点7 そもそもサイバーパンクじゃない
これはさりげなく致命的。あのね、責任者いたら首根っこひっつかんで問い詰めたいんだけど、面白いか面白くないか以前に、「アイス・クラッシュ」読んで、これがサイバーパンクだと感じる読者がいると思ってるの? ボンモーが書いたやつって、読者は無意識のうちにすごいサイバーパンクを感じるんですよ。社会のシステムっていうレイヤーにおけるサイバネティクスを。たとえレオパルドが死ぬだけのミニマルな短編でも。言及あるなしにかかわらず常に物語の背後で抑圧のシステムが動いてて、ボンモーはそれを意識して書いてる。それなのに「アイス・クラッシュ」は、ただ表面的な忍殺の奇異な部分を真似しようとしてるだけで、書いた奴はサイバーパンクを書こうって意識を全く持っていないんじゃないですか? 解決になるかどうか分からないけど、ネオサイタマでソウカイヤが行う暗殺行為がシステムの中でどういう意味を持つか俺なりに解釈するなどしてサイバーパンクを目指す。
こんなところかな? ただ、こういう修正入れたところで、そんなには面白くならないよ。ニンジャスレイヤーが強スリケン一発投げておしまいっていう構成を大きく変えない以上、あのディアハンターと対決する名作エピソードの二番煎じ以上のものにはなり得ないし。けどまあ、とりあえずいってみましょー
今宵も重金属酸性雨に濡れそぼつネオサイタマ。カスガ区に立ち並ぶ他の高層ビルを威圧して聳え立つスケコマシ・ライフスタイル社の200階建て本社ビルの屋上鉄扉が静かに開き、黒いヤクザストライプニンジャ装束と蛍光ブルーメンポを身につけた男が屋上に現れた。
彼の名はアイスシールド。その洗練された装束はアルマーニを思わせる。彼は今しがた、裏社会の帝王、ソウカイ・シンジゲートの頭目ラオモト・カンから与えられた暗殺ミッションをそつなくこなしたばかりだ……そして予定外の「余興」をも。
彼は悠々と歩みを進めて屋上の縁へと達し、夜空を見渡した。こちらに向かって吹く頃合いの南風。重金属酸性雨の雨脚は弱まりつつあり、薄墨を流したかのような雨雲は吹き払われようとしている。眼下を回遊する広告マグロツェッペリンの側面に備わった巨大モニタの映像がNSTVの緊急ニュース速報へと切り替わり、煽情的に身悶えするオイランキャスターの声を伝えた。
「速報ドスエ。たった今、スケコマシ・ライフスタイル社の取締役兼主力デザイナーであるオイタチ・カミオ=サン急死との情報が……」 「アバーッ!」
階下の窓ガラスの一つが音を立てて割れ、中から飛び出したサラリマンらしき男が悲鳴を上げて虚空へとキヨミズした。大方、今の一報……アイスシールドがつい先ほど手にかけた男の死……を受けたスケコマシ社の従業員が、早くも将来を悲観してフリークアウトし、軽率なアノヨへの逃避に及んだというところか。アイスシールドはメンポの下でほくそ笑み、独りごちた。これが、経済だ……
砕けたガラスの破片はキヨミズサラリマンとともに宙に舞い、猥雑な色とりどりのネオンの光を反射してダイヤモンドダストのごとくきらめいた。
【アイス・クラッシュ】
高品質なデザインと低価格で急成長を遂げた、総合家具家電小売事業を営むスケコマシ・ライフスタイル社。しかしその低価格は、倉庫めいた巨大店舗にカスタマーを呼び寄せ、カスタマー自身を知らず知らずのうちに倉庫労働者と同様の運搬品出し等の労働行為に導くことで大幅に人件費をカットするという手段により実現したものだ。そのからくりさえ知れ渡れば、あとは組織のウィークポイントを競合他社に突かれて転落するばかりだ。
そして今日、迂闊にも、業界二位のハイカラサン・エコライフ社の専務が密かにソウカイ・シンジゲートのアジトを訪れ、スケコマシ社の追い落としを図るべく同社の主力デザイナーであるオイタチの暗殺を依頼したのだ。想定外の暗殺手数料の安さを専務は喜んだ。全く分かっていない。
暗殺依頼の報告を受けた帝王ラオモトは、すぐさま自身がCEOをつとめるネコソギ・ファンドに対し、明日のスケコマシ社の株価暴落を見越したショートのポジションをとるよう指示した。同時に、ハイカラサン社株のロングも。もたらされる利益は莫大であろう。こうしてニンジャは……闇社会に君臨するソウカイヤはただ収穫するのだ。
ニシキゴイも遡上すればドラゴンになるとのコトワザもあるが、200階建て本社ビルを聳えさせて急成長したスケコマシ社ですら、結局のところニシキゴイのままドラゴンの胃に収まることとなった。それが現実だ。やがて業界一位になるであろうハイカラサン社も、いずれは同様の運命をたどり刈り取られることになる。モータルたちは愚かにも、自らが刈り取られるその日まで、このような世界の構造を知ることはない……
「オイタチ=サン急死の情報は、現時点で当局によるコンファーム未了ドスエ。スケコマシ社の関係者の皆様は、くれぐれも冷静な行……」 「アバーッ!」
オイランキャスターのなまめかしい声を遮り、また新たなキヨミズサラリマンが階下のどこかのフロアに出現して窓ガラスを突き破った、その時。
アイスシールドのニンジャ聴力は、屋上への階段を登る微かな足音を捉えた。その足取りは重い。手負いだろう。奴か。その執念としつこさだけは見上げたものだ。自ら余興の続きを敢えて望むとは……
……アイスシールドが氷の刃のごときチョップでオイタチの首を切断した直後、オイタチのオフィスの窓ガラスを突き破って室内に現れたのは、赤黒のニンジャであった。立て続けに放たれたアンブッシュのスリケンは、その初弾こそアイスシールドが報告のため手にしていた携帯IRC端末を破壊したものの、続くスリケンは全て彼のジツに阻まれ、虚しく弾かれた。彼とアイサツを交わした赤黒のニンジャは名乗った。「ニンジャスレイヤー」と。
ニンジャスレイヤー。口ほどにもなし。アイスシールドの目には明らかだった。カラテに乏しい一部のソウカイニンジャたちが口々に都市伝説めいた噂話を囁き合っているが、実際に目の当たりにしてみれば、奴の経験不足から来る射撃戦の弱さは致命的だ。ジツによって召喚した超自然の氷の盾、戦車砲の徹甲弾ですら砕くこと能わぬ無敵の「コリ・タテ」を構えて巧妙に距離を取るアイスシールドの前に、ニンジャスレイヤーが放つスリケンは全くの無力だった。
しかし、ニンジャスレイヤーはスリケンの投擲を続けた。あたかも、10発のスリケンで砕けぬコリ・タテも100発当てれば砕けるとでも信じているかのように。挙句、スリケン連射に固執するあまり、アイスシールドが巧みに狙って弾き返した自らのスリケンを回避しきれず逆に深手を負う有様だ。それも一度ならず。憐みすら感じるその愚直さ。
そして、ついにダメージで足が止まったニンジャスレイヤーを置き去りにし(接近戦での力量が分からぬ以上、敢えて自らニンジャスレイヤーに接近しとどめを刺すリスクは冒せぬ)、暗殺任務の一般的手順に従い姿を消すべく、アイスシールドはこの屋上へと至ったのである……
……ニンジャスレイヤーの足音は確実に屋上へと近づいている。ここで奴を始末するか。しかしアイスシールドはそのオプションを即座に放棄した。手柄狙いのサンシタのごとく、無駄に余興の続きに応じて任務完遂の報告を遅らせるようでは、到底ラオモトの信任に応えることなどかなわぬ。ましてや、IRC端末を失った今、報告のためには一刻も早い本拠地トコロザワ・ピラーへの帰還が必要である。
アイスシールドは、傍らにあるオブツダン大の緊急避難用具ボックスを無造作に蹴り開けた。その中にあるのは、折りたたまれたいくつかの黒いカイト(凧)であった……
読者には説明が必要であろう。先進国としては異例の高頻度で地震、ツナミ、台風、カイジュウなどの自然災害に襲われる日本では、いかなる建造物でもこのようにして避難用具が入念に設置されている。特に、カイト遊びは日本において伝統的に子供の遊びとして親しまれているため、カイトは小学生であっても問題なく使用できる安全な脱出手段として重宝される。思い思いのウキヨエを描いたカイトを背に子供たちが冬空を舞う光景は、現代においてもなお日本のオショガツの風物詩である。
しかるに読者はこのようなカイトを単なる子供の玩具と侮るべきではない。ひとたびニンジャがカイトを使用すれば、ニンジャの超人的身体能力と無音で滑空するというカイトの特性との相乗効果により、カイトは恐るべき三次元立体隠密移動手段となるのだ……見よ! 黒いカイトを背負ったアイスシールドは、飛び立った際の高度をほぼ維持しつつ、スケコマシビルから早くも四分の一マイルもの距離をとって、依然ネオサイタマ上空を飛行中である。
だが、それほどの距離があってもなお、アイスシールドの研ぎ澄まされたニンジャ聴覚は、スケコマシビル屋上の鉄扉が開いた音を捉えた。彼は背後を振り返った。案の定、ニンジャスレイヤーの姿が屋上にある。アイスシールドの姿を見失い、途方に暮れた様子で屋上を見回している様子がこの距離でも判別できる。
メンポの下に軽く侮蔑の笑みを浮かべて再び前方を向いたアイスシールドはしかし、次の瞬間には表情をあらためて沈思黙考した。敢えてニンジャスレイヤーに追跡させるのも一つの策か。
カイトで空を飛ぶ彼を追跡するには同じくカイトを使用するほかなく、距離を詰められ追い付かれる可能性は皆無に等しい。それでもなお奴が追跡を諦めなければ、やがてはトコロザワ・ピラーに近づくにつれて密度を増す警戒網にひっかかり、ソウカイニンジャの手によりなすすべもなく空中で爆発四散させられるだろう。奴のようなサンシタの首など、他の者にくれてやればよい。
……素早く熟慮した末、彼は決断した。そして親指・人差し指・中指をピンと伸ばし、薬指と小指を第二関節で曲げた状態の左掌を後方に向けてかざし、恐るべきシャウトを放った。
「イヤーッ!」
__________
依然スケコマシビルの屋上にあって、アイスシールドの姿を探し求めて周囲の闇に目をこらすニンジャスレイヤー。その耳に突如としてカラテシャウトが届き、続けて、勝ち誇るアイスシールドの声が聞こえた。
「ここだ、ニンジャスレイヤー=サン!」 声の方向に目をむけたニンジャスレイヤーに、アイスシールドは高笑いとともに続けた。「貴様の負けだ!」
ニンジャスレイヤーは、今も遠ざかりつつあるアイスシールドを睨んだ。先ほどまでの雨はあがりかけており、夜の暗がりの中でもアイスシールドの姿を見通すことができる。アイスシールドは既にぬかりなくあの氷の盾を展開しており、左手で盾を構えてこちらに向けていた。
追えるか。ニンジャスレイヤーは自らの傷をあらためた。両腿の負傷は軽くはないとはいえ、強いて動かすことは可能だ。だが、右手で抑えている左肩の傷からは、なおも無視できぬ出血が続く。止血を怠ったまま追跡が続けば、やがては意識を保つことすら……ニンジャスレイヤーは負傷の痛みすら忘れ、歯ぎしりした。追い打ちをかけるように、ニューロンの奥底からの哄笑が響き渡る。
((( ググググ……愚かなりフジキドよ……!)))
ニューロンの同居者、ナラク・ニンジャの声である。ナラク・ニンジャはその邪悪なる声に愉悦すら滲ませて侮辱した。
((( 益体もないインストラクションとやらを墨守した挙句のこの有様……オヌシの惰弱が招いたブザマと知れ……!)))
( 黙れナラク )
((( おとなしく儂のアドバイスに従わぬから、カメのごとくに縮こまって身を守ることしかできぬサンシタごときを取り逃がすのだ……仕留めたくば早々にオヌシの身体を儂に……)))
( 黙れ )
だが、おびただしい出血は、ニンジャスレイヤーの体力とともに、ナラクに抗うための気力すらをも徐々に奪ってゆく。禁忌のニンジャソウルが彼の意識をますます侵食する……
((( フジキドよ、今のオヌシに何ができる……儂の力なくして如何にニンジャを殺すつもりだ……)))
( 黙れ、ナラク……!)
__________
ジツを維持したまま、アイスシールドは背後のスケコマシビルを一瞥した。その距離は最早半マイルにも達しようとしている。ニンジャスレイヤーが追ってくる様子はない。奴も奴なりに冷静さを発揮したか。軽い落胆と共に背後のビルから目線を外した、その時。
「……!」
アイスシールドは、そのニンジャ第六感により異様なアトモスフィアを遠く背後に感じ取った。反射的に振り返った彼のニンジャ視力は、スケコマシビル屋上の縁に立ってこちらを向くニンジャスレイヤーの姿を捉えた。その左肩を抑える右手から一瞬、炎が立ち昇った。次いでその右手が水平に振り抜かれた。苦し紛れの一発を投じたか。
だが、アイスシールドの希望的観測を打ち砕くかのように、ニンジャスレイヤーの、文字通り燃え上がる赤い眼光がアイスシールドを射抜いた。彼は突然の、得体の知れぬ恐怖に呑まれた。そして彼は、そのスリケンを目撃した。
ソーマト・リコールめいて無慈悲に主観時間の流れが鈍化した彼の視界の中を、たった一枚のスリケンが飛び来る。彼のニンジャ視力は否応なく目にする。刃に触れる細かい雨粒のひとつひとつを切り裂きながら飛ぶ、回転軸が進行方向に一致する異常なジャイロ回転を伴った、狂気のスリケン。そのジャイロ回転は、スリケンの背後にDNA二重螺旋めいた超自然の赤い炎の軌跡を描き出していた。
アイスシールドは、そのスリケンを唖然として見守ることしかできぬ。やがて……彼が見つめる目の前で、スリケンはコリ・タテへと到達した。その鋭利な先端をコリ・タテに突き立てたスリケンは、あたかも炎の二重螺旋によって推進力を与えられるかのように、止まることなくドリルのごときジャイロ回転を続けてコリ・タテを穿った。
恐怖と驚愕がもたらす混乱の中、アイスシールドは咄嗟に左手のコリ・タテを自ら振り払おうとする。だが、極度に鈍化した時間の流れが腕にまとわりついて動きを縛り、もどかしいほどに意のままにならぬ。そうする間にも、無敵のコリ・タテの表面にはみるみるうちに突き立ったスリケンを中心とした亀裂が生じ、蜘蛛の巣のごとく広がってゆく。
そしてついに……長い一瞬を経て、コリ・タテは輝く無数の破片へと砕け散った。アイスシールドが自らの運命を悟った次の瞬間、時間の感覚が戻った。コリ・タテを砕いたスリケンがそのまま彼の頭蓋を即座に貫いた。
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( サヨナラ!)
夜風に乗って彼方の闇からアイスシールドの断末魔の叫びが届き、ニンジャスレイヤーは一瞬の悪夢にも似た状態から自我を回復した。彼は前方の闇を見据えた。爆発四散の光が束の間夜空を照らし、降り注ぐ結晶のごときコリ・タテの破片を輝かせる。そして、スリケン投擲姿勢のまましばし夜空を見つめていたニンジャスレイヤーの膝が落ちた。
「ハァーッ! ハァーッ! ハァーッ!……」
彼は屋上の縁に両手をつき、荒い呼吸を繰り返した。左肩の傷は焼き塞がれ、出血は止まっている。彼方では、下からのネオンの光によって、地表へと舞い落ちる氷の破片にサイケデリックな着色が施されていた。
呼吸を落ち着けたニンジャスレイヤーは、両ひざをついたまま、両手を握りしめた。そして固く目を閉じ、両こぶしを屋上に強く打ち付けた。そのまま、彼の肩と打ち下ろした両腕はぶるぶると震え続けた。下方からは、マグロツェッペリンが中継する続報が聞こえてくる。
「スケコマシ・ライフスタイル社の取締役兼主力デザイナーであるオイタチ・カミオ=サンの死亡が確認されましたドスエ。これを受けたアナリストによる明日以降の同社の株価予想は5割を超える大幅な下落が確実との……」 「アバーッ!」 「アバーッ!」 「アバーッ!」
今や階下では窓ガラスが次々と割れ、集団投身するレミングめいた立て続けのキヨミズが発生している。ニンジャスレイヤーは立ち上がることのできぬまま、無念の思いとともに強いて己を省みた。
ツヨイ・スリケン、あの恐るべきジュー・ジツの禁じ手を放った瞬間、身体のコントロールを失いながらも、己の内に漲る未知のカラテの高まりを感じた彼の意識は、ナラク・ニンジャの愉悦を確かに共有していた。ニンジャスレイヤーは強く恥じた。邪悪なるニンジャソウルは果てしない哄笑をニューロンの内から彼に浴びせ、彼を打ち据えた。
だがやがて、ナラク・ニンジャの声は残響とともにニューロンの奥底へと沈んでいった……手綱を握るはおのれ自身……ニンジャスレイヤーは心の中で師にドゲザし詫びた。そして、その恥辱を自ら心に刻んだ。彼は呼吸に意識を向けた。呼吸とともに震えが収まり始めた。
「スゥーッ、ハァーッ……スゥーッ、ハァーッ……!」
そうして数分ほど経っただろうか。呼吸を続けながら、彼は再び立ち上がった。そして、いつの間にか雨が止み雲の切れ間から幾筋かの月光が漏れる中、彼は、決意とともに目を開いた……プガーッ! プガーッ! プガーッ! その時、突如としてけたたましいアラート音と共に屋上の四隅の赤色回転灯が点灯し、スピーカーから大音量の電子マイコ音声が流れた。
「警告ドスエ! 警告ドスエ! 明日の株価暴落による当社のオナー喪失を防ぐため、緊急取締役会議の結果、本日中の全社総セプクが決定されたドスエ。これに伴い、当ビルは一分後に自爆するドスエ。明日以降も生き恥を晒したい社員は一刻も早く……」
警告アナウンスを終えたマイコ音声は、続けてカウントダウンを開始した。ニンジャスレイヤーは傍らの緊急避難用具ボックスを見た。かつての光景が一瞬、脳裏をよぎる。父親の手を借りずに初めて単独カイト飛行する幼い息子。隣に佇む妻は夫に微笑み、そして共に誇らしげに空を見上げる……彼はそれを感傷だとは思わなかった。彼はカイトの一つを手に取り、背中に装着した。そしてシャウトとともに決断的に飛び立った。
「Wasshoi!」
5秒後、彼の背後でスケコマシビルが自爆し、その窓という窓のガラスが砕け散って炎が噴出した。彼は振り返ることなく爆発炎上を背に飛び続けた。行く手の雲の切れ間から、髑髏めいた満月が顔を覗かせた。彼はその月に、彼を嘲笑う仇敵ラオモト・カンの顔を見た。その顔を睨み据えながら、彼は迷うことなく闇の只中へと突き進んで行った。
【アイス・クラッシュ】 終わり