嘘ならいいのに……。
今日のお話は、面白くないです。ごめんなさい。
今から40年前、小学生だった私は恋をしました。
入江 正次先生という、新任の先生でした。
最初はスラリと背が高くて笑顔が素敵だったから、好きになりました。
部活動でバレーボールを教えてもらううちに誠実なお人柄と、教育に対する熱い想いを知って、ますます好きになりました。
真面目な中に、ひょうひょうとしたユーモアをお持ちなのも、素敵でした。
小学校を卒業する時、先生に記念の一言を書いてほしいとお願いしました。
「素敵な人に、なってください。その時に、またお会いしましょう(^▽^)」
先生は24歳で独身、私は12歳。私が素敵な大人になれば、先生のお嫁さんになれるかもしれない! 私、素敵な人になります! そして、先生に会いに行きます!
素敵な人にはなれませんでしたが、素敵な男性と出会って結婚することになりました。でも先生のことをずっと好きだったので、淡い初恋を終わらせるため、結婚する前に先生に会いに行きました。
「先生、わたし、結婚します。幸せになりますね!」
「幸せになってください(^▽^)」
それから時は過ぎ、先生とお会いすることはありませんでした。それでも素敵な人になる努力はずっと続けていました。誠実に、親切に、感謝の心を忘れず……そう努めていました。
30代の頃、いろいろと悩みがあった私は、入江先生に会いたくなりました。先生にお願いすると、会って下さることになった! 先生に会える! でも約束の日に大雪が降って、滋賀県から先生のいる福岡県へ行くことができませんでした。
「雪で会いに行けません。また桜の咲く頃、会いに行ってもいいですか?」
そうメールしましたが、お返事はありませんでした。先生にすれば担任でもなかった生徒に会いたいと言われ、頼み込まれて時間を作ったのに、一方的にキャンセルされたのですから、怒っていたと思います。お返事がなくて当然です。
先生に会いたい。でも、もう会ってはもらえない。二度と会えないだろう。そう思っていました。
時は流れ、わたしは作家になりました。愛する母校を訪ねたら、歴代の校長先生の写真の中に、入江先生がいた! 年を重ねた先生は、若い頃よりずっと素敵でした! 会いたいけど、会えないよなぁ!
また時は流れ、ある日、母校から連絡がありました。
「えぶり小学校は創立150周年を迎えるので、記念式典で児童書作家として講演をしてほしい」
あまりの大役にお断りしようかと思いましたが、断る寸前に気付いた。
「もしかしたら、入江先生に会えるのでは?」
先生は母校の校長先生をしていらしたのですから、式典に招待されるはず。もし先生がいらっしゃれば、お会いできる!
その日から、ずっと先生に会えると期待していました。素敵な人にはなれませんでしたが、素敵な人になる努力はずっとずっと続けてきました。それは入江先生の言葉があったからです。それをお話したら、先生は私のことを許して下さるんじゃないだろうか? そして少しくらい、私のことを誇りに思って下さるんじゃないだろうか?
忙しい日々の中で講演原稿を書き、やっと完成しました! 先生が講演を聞いて下さったら、少しくらい感動してくれると思う! だって全力で書いたもの!
講演は今度の土曜日です。日が迫っているので、学校と細かい打ち合わせを進めます。事務的なメールの中に、一文だけ、私的なことを織り交ぜました。
「入江正次先生は、お見えになるでしょうか? もしお会いできたら、お礼を述べたいです」
しばらくするとお返事が返ってきました。内容は事務的なものです。開始時間、当日のスケジュール、生徒との交流予定などが書かれていました。そして最後に一文ありました。先様からしたら、単なる事務連絡です。
「入江先生は、数年前にご逝去されたそうです」
間に合いませんでした。会いたくて、会いたくて、ずっと会いたかった先生にやっと会えると思っていたのに、会うことは叶いませんでした。
まだ先生のご冥福を祈る気持ちにはなれません。
もしかしたらご逝去というのは間違いで、当日、先生にお会いできるのではないか。今はそう考えておくことにします。
一目でいいから、先生に会いたいです。