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昔話:貴方の信仰を捨てさせに来ました。と言われた話。

 うちの家族はクリスチャンである。
 と言っても、両親も私もそこまで熱心なタイプではないと思う。
 ただ、近所に教会があり修道院があり、絵本でしか見た事がないお地蔵さんよりルルドのマリア像の方が身近にあった…という意味では、ちょっと特殊な環境だったかもしれない。
 笠地蔵などの定番絵本とノアの箱舟の絵本がしれっと混ざってるような環境で育ったので、そもそも「ノアの箱舟」を知らない人がいるという事に驚いたこともある。

 かなり昔の話になるが、知り合いにファミレスに呼び出されたら「今日は貴方の信仰を捨てさせに来ました」という人が居たことがある。
「あ、宗教勧誘なら間に合ってます」
「いえ、ボクたちは無神論者です」
「はあ、そうですか」
「…怒らないんですか? 神を信じてないんですよ? 地獄に落ちるとか思いませんか?」
「いや、だって神を信じてないんなら地獄の存在も信じてないんでしょう?」
「信じてませんね」
「そんな人に「地獄に落ちますよ!」とか言う意味ありますか?」
「…無いですね」
「じゃあ、私…帰ってもいいですかね?」
 それまでニヤニヤ笑いながらも黙ってた知人(私を呼び出したやつ)が慌ててメニューを差し出す。
「なんでも好きなの頼んでいいから、もうちょっとお話しよ?」
 どうも、知人が何やら企んでいるらしいのだが、意図が全く読めない。
 それこそ、このフォーメーションは定番のマルチかカルトの勧誘だと思うのだが…
「じゃあ、いちごサンデーと紅茶のホットで」
  取り敢えず、知人が心配なので話だけでも聞いてみることにする。

「そのいちごパフェを食べ終わる頃には、貴方は今まで通り神を信じられなくなっているかもしれませんよ? いいんですか?」
 不遜に笑う相手を横目に、私はスプーンに手を伸ばす。
「いちごサンデーね。溶けちゃうから食べながら聞いてもいいよね?」

「ではまず…聖書の矛盾点から。創世記では神が1週間で世界を作った事になっていますが、そんな荒唐無稽な事を本気で信じているのですか?」
「信じてませんよ?」
「え?」
「だってアレ、神話の話でしょう? 海に天沼矛ぶっ刺してぐるぐる混ぜて凝り固まったのが日本列島だ!とか信じてる日本人いないでしょ?」
「なんでクリスチャンなのに古事記読んでるんだよ!?」
「普通に実家にあったから。面白いじゃないですか日本神話、夢と浪漫が詰まってるし、古事記と日本書紀で若干ゆらぎががあるのもいいよね」
「日本書紀まで読んでるのかよ!」
「ねえ、ぜんぜん話が見えないんだけど! クリスチャン辞めさせてくれるって話でなんで日本の神話が出てくるの!?」
 お前が変なやつ連れてきたからだよ。
 てか、変なやつに騙されてんじゃないかと心配したら、お前が首謀者かよ。何考えてんだコイツ…。
「とはいえ、信じてる人も居ますよ。アメリカのバイブル・ベルトとかああいう熱心な所はビッグバンから進化論までを1週間で終わらせるそうです」
「ビッグバンから…」
「神が光あれ!と言われてビッグバンですよ。まさに宇宙規模の創世記」
「ビッグバンて何…?」
 …知人よ、君はもう喋らないほうがいい。君が連れてきた「自称:信仰捨てさせるマン」が困った顔してるぞ。

「…旧約聖書は神話の話、という認識ですね? では、新約聖書はどうです? イエスが起こした数々の奇跡、水を葡萄酒に変えたりパンを増やしたり…あれ再現できると思いますか?」
「再現できないから奇跡なんでしょ?」
「え?」
「ありえないことが起こったからこそ「奇跡」として語られ後の世まで残されてるんですよ。ちなみに、福音書も書かれた順によって表記にゆらぎがありますね。初期の福音書ほどイエスが人間臭く、後期ほど神秘的に書かれています。その違いを読み比べるのも楽しいですね~」
「奇跡は信じるんですか? 非科学的だと思わないんですか?」
「少なくとも2000年以上前の話ですし、科学的根拠とか私に言われても困りますね。因みに聖書は人間が書いたものですし、ヘブライ語をラテン語に翻訳して更にそれを各国の言葉に翻訳してるので割と誤訳も多いんですよ」
「誤訳…」

「聖書の話は置いといて…十字軍の遠征についてはどう思いますか?」
「ローマ法王ヨハネ・パウロ二世が過去の十字軍遠征については正式に謝罪してますね」
「え?」
「普通にニュースになってましたよ。私もTVで見ましたもん」
「えーと…そう、ローマ教皇は病気だそうですね? 信心が薄れると病気になるって言いますよね? 酷い話だと思いませんか?」
「ヨブ記を読んでたらそんな事は口が裂けても言えませんね。知りませんか? ヨブ記」
「…聞いたことないです」
「ざっくり言うと信心深いヨブという男の信仰心をへし折るために、悪魔が次々と不幸や病気を運んでくる話です。最初は神の試練だと健気に耐えていたヨブですが、あまりにも度重なる不幸や病気に周囲が「何かとんでもない罪を犯したんじゃないか?」と疑い始め悔い改めるようにヨブに迫ります。ですが、ヨブにはやましい所など何もない」
「…ヨブはどうなるんですか?」
「死の淵で、ヨブは神に向かって悪態をつきます。ざっくり言うと「こんな苦しい思いをするのに、何故、神は私をこの世に生み出したのか?」「何故、神はこんな苦しんで居る私を救ってくださらないのか?」と。其処に神が現れ「私が知らん内に勝手に死にかけてる人間が、何故、神である私を非難するのか?」と理不尽に怒ります」
「理不尽!?」
「神は救いを求めるものじゃなく許しを請うものなんですよ。そもそも、ヨブの病気や不幸にしたって悪魔が運んできたもので神が与えた試練でもなんでも無い(まあ、神が余計な事を言ったから悪魔がヨブをターゲットにしたんだけど、長くなるので割愛)」
「理不尽…」
「で、ヨブが神に許しを請うと、神はヨブ赦し…今度はヨブを非難し悔い改めるよう迫った友人たちを断罪します。神の試練でも罰でもなんでも無いのにヨブの病気や不幸を勝手に神の仕業だと言ったから。取り敢えず、お前らが持ってる家畜全部ヨブに渡せと。そして、ヨブが友人たちのために神に祈ればその罪を赦してやろうと」
「理不尽!」
「だから、神様ってそういうものなんですよ。ただ、あまりにもアタリがキツイので神の子たるイエス・キリストが間に立ってくれてるのが今のキリスト教です。というわけで、どれだけ信心深い人でも病気になりますし、突然の不幸に見舞われることもあります。ローマ法王だって例外じゃないです」

 頭を抱えていた「自称:信仰捨てさせるマン」が顔を上げる。
「クリスチャンだと聞いてましたが…貴方、何派です?」
 それ今更聞くのかよ。最初に確認しとけよ…と思いつつ答える。
「カトリックですが。子供の頃よく通った教会にはミラノ会、イタリア人の神父様が居ましたね」
「イタリア!? ミラノ!? ヴァチカンのお膝元じゃねぇか! なんでこんなガチなやつ呼んでくるんだよ!」
「だからクリスチャンだって言ったじゃない!」
「バカ、お前…カトリックだよ!? 旧教だよ、旧教! キリスト教っぽいなにかじゃねーんだよ! 本物だよ!」

 言い合いを始める二人を眺めつつ、空になった容器をテーブルの端に寄せて紅茶を飲む。いちごサンデーは美味しかったが流石にそろそろ帰りたい。
「…あのね、私は其処まで熱心なクリスチャンってわけじゃないんだよ。聖書の中で面白かった話はざっくり覚えてるけど章番号までは覚えてないし。どちらかと言うとかなりいい加減な方だと思うよ。そんな私でさえ論破出来ないような中途半端な知識で他人の信仰を捨てさせる遊びとか危ないから辞めたほうがいいよ。だいたい、私が信仰を捨てたとしても君らの「神が居ない」証明にはならないんだよ?」
 苦虫を噛み潰したような顔で知人が呟いた。
「なんで其処までして目に見えない神とか信じてるの」
「君は目に見えないから酸素はない、というの?」
「今は酸素の話なんかしていない!」
 癇癪を起こした知人を、かなり萎れた「自称:信仰捨てさせるマン」が押し戻す。
「ああもう…貴方ちょっと黙ってて。最後に一つだけ聞いていい?」
「どうぞ」
「なんでよりによって矛盾だらけのキリスト教? 他にも色々あるでしょ…」
「両親がクリスチャンだったし幼児洗礼だし、近所に教会や修道院があったから。因みに、聖書の矛盾点なんて小学生になる前に親やシスターや神父様に質問しまくったから今更ですよ」
「近所に修道院って、どんな特殊環境だよ…」
「なんだかんだ言っても子供の頃から慣れ親しんでるし、わざわざ他の宗教に乗り換える程でもないし。いざという時の神頼みで鰯の頭に祈るより十字架に祈ったほうがカッコイイでしょ? じゃ、ごちそうさまでした!」

 私が席を離れ店を出た後、二人が揉めてるのが窓から見えたけど…もう知らん。その後はまさに「神のみぞ知る」。


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