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Believe Me

「ところで、来月結婚するよ。」
昼下がりのカフェでさりげなさを装いつつ、僕はそう切り出した。彼は心底驚いた、という顔をしたが、それを口には出さずシンプルに誰と?と尋ねた。
「確かに、会わせたことはなかったね。」
「会わせるどころか、そんな相手がいることも知らなかったよ。昨日出会ったとか?」
彼はびっくりするとちょっと怒ったような顔になる。今も友人の結婚報告を祝うというより不意打ちを食らって警戒する表情だ。
「知り合って2年だよ。式に出てくれると嬉しいんだけど。」
僕がそういうと、彼はまだ少し怪訝そうな顔をしつつもおめでとう、と快諾してくれた。

「明日だけど何を着ていけばいいかな。場所は?持ってくものはある?お祝いは何がいい?そういえば、相手がどんな人なのかまだ全然聞いてないけど。」
結婚報告してから一月あまり、いよいよ明日が結婚式、というタイミングになって彼は急に色々と尋ねてきた。訊くタイミングはいくらでもあったのに、どうも僕から話すのをじっと待っていたらしい。
「持っていくものは特にないよ。場所は市内だから一緒に行こう。あ、でもジャケットは着てね。お偉いさんが来るから。」
「お偉いさん?そんな人と知り合いなの?もしかして君いいとこの子?」
華々しさのかけらもない僕の交友関係を断片的にだが知る彼は訝しげな顔だ。
「いや、ウチは貧乏な母子家庭。お偉いさんは相手側だよ。」
そう答えると彼はまだ何か訊きたそうな顔をしたが、結局そうなんだ、とだけ言った。他にはなにも尋ねなかった。

結婚式の当日になって、初めて僕の結婚相手と顔を合わせた彼のびっくり顔は見ものだった。それも当然だ。僕側の参列者は僕の母と彼だけ。一方の相手側には毎日のようにテレビでお目にかかるお偉いさんがしかめっ面で出てきたのだから。あとの二人もなかなかに刺激的なメンツだ。中年女性とそばかす顔の少年だ。
「まさかとは思うけどもしかして君、国務長官の息子さんと結婚するのかい?」
僕の袖を引いて尋ねた彼は本気で僕を心配する口調だった。顔には頼むから違うと言ってくれ、と書いてある。僕は笑いを堪えつつ違うよ、と答えた。
「それこそまさかだよ。彼はまだ15だよ。」
ほっとしつつも更に困惑した表情になった彼に、僕は大切な人を紹介した。
「僕が結婚するのは彼女だよ。DCの上院議員だからなかなか会えなくて、今まで紹介する機会がなかった。国務長官殿は彼女のお兄さん、もう一人は彼女の息子だよ。」
そう僕に説明されて、彼女を凝視していた彼だが、気づいた彼女ににっこりと笑いかけられて、ハッとして次の瞬間笑顔になった。前から思っていたが、二人の笑顔はどこか似ている。普段は気難しいとも言える顔つきが、笑うと一瞬で温かさとおおらかさに包まれるところが。

短い式の後、帰りの車の中で彼は僕に文句たらたらだった。
「わざとだよね。わざと教えなかったんだろ。」
「聞けば答えたよ。びっくりしてた割には彼女となんか話し込んでたじゃない。」
国務長官殿が次の予定があると言ってさっさと帰ってしまった後、彼は彼女としばらく何やら話し込んでいたのだ。僕も気になったけれど牧師の長話に付き合わされていたこともあって何を話していたのかわからなかった。
「花の名前を聞いたんだよ。」
「花?ああ、ブーケの?」
式とはいえ、彼女は普通のワンビース姿だった。でも花嫁らしくベールを着け、自分で用意した小さな花束を持っていた。
「花嫁のブーケにしては小さな花だな、でも可愛いな、と思ったから。」
何か意味があるのかなと思ったんだ、と彼は続けた。
「プロポーズしたときの思い出の花だよ。」
僕はロマンチストだから、そう付け加えると、笑うかと思った彼は真面目な顔でこちらを向いた。
「僕を信じて、って言ったんだって?あの花の花言葉だって、彼女が言ってた。」
「そうだよ。彼女は上院議員で、独身だけど息子がいて、お兄さんは大物政治家で、一方の僕はまだ学生でふた回りも年下なんだ。あげられるものは誓いくらいしかなかったからね。」
「でもその時の君を信じたくなったんだって、彼女は言ってた。小さな花束が謙虚でいじらしくて、可愛かったって。素敵な人だね。彼女。」

なんとなく気が合うんじゃないかと思った僕の直感は当たったようだ。信頼している友人に愛する人を気に入ってもらうほど嬉しいことはない。そう伝えようと彼をに目をやれば何やら難しい顔で考え込む風情だ。
「君たちはしないの?結婚式。もうすぐ帰国だろう?」
大切な人のことを考えてるのかな、と思って尋ねてみた。彼の相手は彼の母国にいる。艶やかな黒髪の美しい青年だ。僕は勝手に「最終兵器」と呼んでいる。その呼び名には逸話があるのだが、それはまた、別の話だ。
「うーん。僕の国では親戚も友人もそのまた友人も一緒に来たりしてすごく盛大にするんだけど、そういうのはピンと来なくて。形式的なことは必要ないかな、と思ってたんだけど。」
「思ってたんだけど?」
「今日みたいなのならいいかな、と思ったよ。」
少しは式に呼んだ効果があったらしい。自己完結気味なところがある彼は、大切なものほど自分の心の奥底にしまってしまう。想いを形にすると、陳腐化してつまらないものになってしまうとでも思っているのかもしれない。人のことはわからないけど、と前置きして僕は切り出した。
「僕たちみたいにさ、世間が当てはめたがる形式にははまりにくい関係だからこそ、気持ちを形にするのも大切かなと思うんだ。自分の気持ちは揺るがない、と思っていても相手は不安なこともあるかもしれない。形にしておくことで彼女の不安が少しでも和らぐなら、僕はなんでもするよ。それが言葉でも、花束でも。」
「そういうものかな。」
「僕を信じろよ。生きた成功例なんだから。」
彼は考えておくよ、と言って小さく笑顔を見せた。それは答えは出ているけれど、まだ誰にも言わない時に彼がする時の表情だと、僕は思った。

はたして彼の帰国後しばらくして送られてきた写真には、白いタキシードを着た二人が写っていた。どこか公園か、森の中だろうか。緑の木々に囲まれた二人の他、周りには誰もいない。彼は微笑んでいるが目を伏せている。そして彼の隣で笑顔を浮かべた最終兵器の手には、白いアスターの小さな花束が握られていた。
本文には「君を信じるよ。」とだけ。
それが僕に向けられた彼の言葉なのか、最終兵器が彼に返した言葉なのかはわからなかったけれど、なんとなく後者のような気がした。本当に、それほど幸せそうに彼は微笑んでいたのだ。


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