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Nobody Does It Better

25年。四半世紀とも言う。25という数字に特にこだわるわけではないけれど、節目、という気はする。まだまだ若い、でも独り立ちして生計を立て、家族や子供を養っていてもおかしくない年齢だ。青年時代の残りは少なくなりつつある。自分にも周囲にも責任を持ち、人生の方向性を定めるべき時期に差し掛かっている。
25年。そのうち僕が知ってる年数はまだ半分にも満たない。それが少し悔しい。でもこれからどんどん増えていくはずだ。僕が知っている彼の人生の年月が。
そう、来月彼は25歳になるのだ。

お互いの誕生日にプレゼントを贈り合う習慣は僕たちにはない。そこらへんで売っているものを贈ったって、それは誰にでも買えるし、自分で選んだ方がいい。そんなのちっとも特別じゃない、と僕は思っている。これまでに彼に物を貰ったことはある。それは大切にするけど、捨てられなくて困る。彼以外でもそうだ。誰かに貰ったものは捨てられない。くれた人を捨てるみたいな気がするのだ。だからなるべく物は贈らないし貰わない。
でも出会ってからこれまで、彼の生まれた日を祝わなかったことはない。どれだけ彼を気にかけているか、大切に思っているか、特別な存在だと思っているか、それを彼が感じられて、幸せな気持ちになる、それが誕生日で一番重要なことだ。

それに今年の誕生日はちょっと特別なのだ。本当なら僕は今頃留学先で勉強している予定で、彼とは離れ離れ。いつものようにビデオコールしてお祝いはするだろうけど、一緒に過ごすことはできないはずだった。留学の予定が先延ばしになってせっかくそばにいるのだし、互いに生涯離れないと決めて初めての誕生日だ。
だからこれからもずっと記憶に残るような、そんな時間を彼にプレゼントしたい。
そんな思いで計画を立て始めたのが半年前。
準備は順調には進んでいない。実のところ全く進んでいない。

「最上階はこの部屋しかないんですよね?」
僕の問いに支配人は満面の笑みで左様でございます、と答えた。
「ご覧の通り、ベントハウスになっておりますので、360°ビューですし、専用エレベーターでセキュリティーも万全でございます。」
確かにそれがウリなのだろうが、最上階で遮るものがないこのスイートルームはあっけらかんと明るすぎる。内装も白とくすみのないベージュ色で感じはいいが、全方位から差し込む光とあいまって健康的でまるでキッズルームだ。これではムードがなさすぎる。僕は早々に却下の結論を出した。
彼は明るい日の下でももちろん美しい。でもそれではあの透き通るような肌や繊細な表情が生きないような気がする。もっと陰影のある光が必要だ。

僕のホテル巡りはとうとう10軒を越えた。前から彼は二人で旅行に行きたいと言っていたし、僕は自主制作でショートムービーを撮りたいと思っていた。撮影を兼ねた数日間の小旅行は、特別な誕生日を過ごしてもらうのにちょうどいい。
ロケーションにもホテル選びにも拘りたくて随分前からリサーチを開始し、時間を作っては下見にも出かけた。最初は何軒か見にいけばすぐに場所は決まるだろうと高を括っていた。
ところが見つからない。
部屋の内装が気に入らない、光の入り具合が気に入らない、窓からの景色が気に入らない。ここなら、と思ったホテルは家具にわずかだが埃が溜まっていた。アレルギーがあって肌の弱い彼をそんなところに泊まらせるわけにはいかない。森の中のヴィラは木漏れ日が素敵だったが部屋はエアコンが効かず、虫やヤモリが容易に侵入できそうだった。

そもそも僕は旅行にあまり向いていない。仕事で行くのなら段取りは全部お任せでいいが、プライベートの旅行、それも下見のためにスタッフに頼むわけにいかない。フライトやバスの予約、タイムスケジュール、旅支度。自分でやると毎回なにかしらトラブルが起こるのだ。
一度は予約するフライトの日付を間違えた。代わりに僕は5倍の時間をかけてバスで移動する羽目になった。ホテルの名前を間違えて予約してしまった時は危うく野宿になるところだった。スマホのバッテリーを忘れたり、カメラの機材をホテルに置き忘れたり、ホテルから散歩にでて道に迷って戻れなくなったり。着いてすぐに眠ってしまって夕食を食べ損なったり。ろくなことが起きない。
こんな調子で彼に特別な旅行のプレゼントなんかできるのだろうか。誕生日までもうひと月しかないのにホテルも見つからない、ちゃんと段取りも組めない。

セットのソファに沈み込んでそんなことを鬱々と考えていたら先輩がやってきて隣に腰を下ろした。
「いつにも増して静かだね。考え事?」
「いえ、まあ。ちょっとうまくいかないことがあって。」
「おやおや、王子様にもそんなことがあるとはね。」
先輩は目を細めてからかう姿勢だ。基本的には優しくて親切な先輩だが、「僕にとって他人は全て面白い生き物、それだけだよ。」等と言ったりするので見た目よりも食わせ者なのだ。この人が面白がってやろうとしている時は思い切って本心を吐露した方がうまくいく。
「僕はまだまだ人生の経験値が足りないと思うんです。」
「ほう。人生ときたね。」
「大切な人になにかしてあげたいのに、その方法すらわからない。」
先輩はお、という顔になると僕の肩に手をかけた。
「ゆっくり聞こうか。スコールが来ちゃったから止むまで撮休みたいだし。時間はあるよ。」

僕の話を先輩は時たま微笑みながら全部聞いてくれた。話が終わると腕を伸ばして僕を引き寄せ、頭をぽんぽんと優しく叩いた。
「いいかい王子様。大切な人になにかしたいと思うのは当たり前のことだよ。でもね、相手によるけど、なにか、自体はそんなに大切じゃないこともあるよ。」
「それは、旅行の中身はどんなのでもいいってことですか?」
「どうでもいいってわけじゃないけど、プロセスも大事ってこと。半年も前から準備して、一人であちこち下見して、うまくいかなくてしょんぼりしてる。それも全部相手を思うからこそだ。素敵な贈り物になると思うよ。」
「でもこんな失敗談、先輩は笑って聞いてくれたけどプレゼントにはならないです。リボンもかけられないし。」
僕がそう言うと、先輩は相変わらず可愛いね、と呟いて首を振った。
「だから、相手に全部話せばいいんじゃないかな?僕に話してくれたみたいに。きっと喜んでくれるよ、そして一緒にどうしたらいいか考えてくれる。」
もちろん相手によるけどね、と付け足すと先輩は悪戯っぽくウィンクをした。

彼に全部話す、というのは考えたことがなかった。サプライズにするつもりはなかったけど、プランが決まってないのに話してしまうのは助けを求めてるみたいでなんだか嫌だった。それでも僕は先輩のアドバイスに従って話すことにした。自分でなんとかしたいけど、もうあまり時間がないし、正直切羽詰まっていたのだ。
彼は僕が半年も前から考えていたことにびっくりしたみたいだった。下見旅行の失敗談を終始笑い転げながら聞いていた。静かに聞いてくれた先輩と反応が全然違う。しょっちゅう合いの手を入れるし、話が横道に逸れるけど、話してる僕もいつの間にか大笑いしていた。少し前まで自己嫌悪で凹んでいたのに。
気分が浮上した僕は、下見に行った十数軒のホテルを一軒一軒事細かにレビューした。ここは空調が良くない。ここは海がほとんど見えない。ここは光が強すぎて綺麗な映像が撮れない。いつの間にか彼は静かになって、僕の背中に抱きついていた。7軒目に差し掛かった時、彼が泣いているのに気づいた。慌てて振り返ったら彼は泣いていると同時に幸せそうに笑っていた。指で雑に涙を振り払うとさらに大きな笑顔になった。
「まったくもう。俺をハッピーにする天才だね。」
そう言うと僕からPCを奪い取り、適当なホテルを選んでさっさと予約してしまった。
「ホテルが100点満点じゃなくてもきっと楽しいよ。そうじゃない?」

その通りだ。彼の言う通り。僕の愛する人は何が一番大切かいつもよくわかっているのだ。


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