見出し画像

【モスクワ在住者】1週間のまとめなんてできない(2022年9月25日版)【部分的動員令について】

その時点での記録を残すため、1週間のまとめを書きつつ、印象に残ったYoutube動画(基本的にロシア語)を紹介してきているが、9月21日に発令された部分的動員令を受けて今週に関してはもはやそれどころではないので、それを中心に書いていきたい。

部分的動員令について

プーチン大統領は9月21日午前9時、国民に対して部分的動員を発表した。
それに伴う大統領令も発表されたが、それは詳細について書かれていない、いわば真っ白な文書である。

これを埋めるのはまず国防省の役割であり、大統領演説ののちすぐに国防相のインタビューも出てきていた。そこで述べられたのは、
・部分的動員の対象は、以下3つの条件に合致する30万人。
①軍務(徴兵含む)経験者
②軍事関連の専門性を持っていること
③戦闘経験があること
・高等教育機関の学生は対象外。

そんな中動員は動き出したが、最初の段階から独立系メディアや専門家の間では多くの懸念が出ていた。
①大統領令の第7項が抜けており、公式文書では「職務用」とされ隠されている。ここには動員数が書かれていると大統領報道官が話したが、国防相が言及した30万人ではなく、より大きい数(100万人説が有力)が書かれている。
②人数も対象も国防相の口頭での発言のみであり、公式文書が全く出ていない。

部分的動員の実態について

上記の懸念のとおり、動員が開始されての状況は「カオス」の一言である。
現在動員開始5日目だが、既に大量の問題が発生している。

・国防相が語った基準に合致しない人々のところにも次々と召集令状が送られている(年齢、軍務経験など)。
・ブリヤートでは特に酷く、大学の授業から徴兵局に連れ去られた者もいるとの情報が流れる。
・村によっては男性の大半が動員されたという情報もある。
・死者や重病患者にも召集令状が送られている。

このような状況を受けて政府はポータルサイト内に「部分的動員について」という項目を作成。
https://xn--90aivcdt6dxbc.xn--p1ai/articles/questions/mobilizatsiya/
また各首長や議員なども公式発表と異なる、いわゆる「間違った」動員に関する火消しを行っている。

学生については別途、通信制の学生や既に学位を持っていて再入学している学生を除き免除とする大統領令が出ている。

一部専門家からロシアの官僚的な行政機関がこのような大規模な動きに耐えうるか、という疑問は出ていたが、はっきりとした基準が整理されないまま、ただ頭数を揃えるために片っ端から集めている印象を受ける。

ロシア国内の反応

「ロシア国民が大挙して国外逃亡を図っている」「ロシア人の成人男性が出国禁止になった」などという情報が日本語で回っているが、前者は正しく、後者は(今のところ)正しくない。

国際線の予約は月末までほぼ満席となり、空席が出ても非常に高い金額でしか販売されていない。
またジョージアやカザフスタンとの陸路国境での列も、おそらく真実だと思われる。

一方で成人男性の出国禁止だが、これに関しては召集令状が出ていない限り、今のところはほぼないというのが今のところの印象だ。

ロシアの動員法に「動員令が発令された瞬間から軍に登録されたものは徴兵局の許可なしに居住地を離れられない」という記述があるが、一方で「部分的動員令には適用されない」「どのように扱うか検討中」というコメントが政権側から出ており、まだ方針が定まりきっていないようだ。

ただ今日になって前述ポータルで「召集令状は来ていないが予備役登録がある。海外出張の予定があるがどうすればいいか」という質問に「徴兵局に詳細を問い合わせるように」という回答が出ており、今後制限される可能性も否定できない。
https://xn--90aivcdt6dxbc.xn--p1ai/articles/questions/mobilizatsiya/ya_v_zapase_povestka_ne_prikhodila_u_menya_planiruetsya_komandirovka_za_granitsu_nuzhno_li_brat_s_so/


社会全体としては、2月24日と同等、もしかするとそれ以上に状況が変わったように感じる。

それまでは社会の中で賛成、反対、無関心の3グループがそれぞれいたのだが今回の部分的動員令を受け、無関心で「政治のことはわからないし、どうしようもない」というグループは自分事として考えることを迫られ、また賛成のグループでも「軍が頑張るのは応援するけれど、自分や自分の家族が戦場に行くとなると話が違う」という人々は間違いなくいるだろう。

ただ反戦や反動員の大きな動きにはまだなり切れていない。不満が高まっているのは間違いなく、逮捕者もでているが、局所的なものにとどまっている、
それは以下の原因によるものだと考える。

①複数の専門家が指摘するように、プーチン体制下で国民の非政治化が進められていた。それにより「動員は嫌だけど、仕方ないから徴兵局に行く」という行動がみられる(一種の学習性無力感)。
②「人が集まって国ができる」ではなく、「国があって人がいる」という考えを持って人々がおり、愛国心教育も相まって「国のためというなら仕方ない」と思考に至る。
③ネット上以外のメディアが政権側のみのため、一部動員の非合法性や国民の権利に関する情報が能動的に探さないと出てこない状況にあり、情報格差が生まれている。
④反戦運動の組織側の知名度が低く(フォロワーが一番多いテレグラムでも10万人)、③の状況も相まってうまくオーガナイズできていない。

④に関していうと、反政権的な集会はまず許可が下りず無許可集会となるのだが、そのような集会への参加を呼び掛けることは行政罰の対象となる。

今後の展望

今見えている範囲では状況を一転させるようなことは起こっていないが、プーチン大統領がパンドラの箱を開けてしまったのは間違いないだろう。

この7か月間、政権としては賛成派とこの20年間作り上げてきた無関心層からの支持が得られていればよかったのだが、その中で本当に自らや自らの家族の命を賭してでも国を守る、と考えてきた人々は決して多くないだろう。

動員というのはロシア国内にいる人々全てに痛みを与える行為であり、また動員全体の混乱まで含めると、政権への不信感を増大させ、自らの権威基盤を揺るがすリスクをはらんでいる。

そのリスクが地方での反乱という形なのか、都市部でのデモという形になるのかはわからないが、いずれ国内でも抑えきれなくなる可能性は十分にあるだろう。

なおウクライナ南東部で行われている「住民投票」と、既定路線となっている「併合」に関していうと、国内では大きなイシューにはならないだろう。
反対派は「何の根拠もないものだ」というのを理解しているが、賛成派は「同胞を助けるんだ!」となっているし無関心層は「領土が増えるのは別に悪くない」と思っているだろうから、それを世界が認めないとか正統性がとか避難民がとか言っても、中々考えを転換するきっかけにはなりにくいだろう。

個人的な思い

ここまで状況の分析をしてきたが、個人的な感想としては、「再び2月24日に逆戻りした」というのが正直なところであり、同じ思いを持つ人々は多いだろう。

この状態となっては、友人・知人の男性は皆戦地に送られる可能性があり、その現実が非常に重くのしかかってくる。

また「立ち上がるのが遅すぎる」「自分が動員されるとわかって態度を変えるのか」というコメントをSNS上で目にし、中にはそれを嘲笑い、ネタにしている(個人的には兵隊がラピュタから落ちていくのを見ているムスカを連想してしまう)と感じるものもあり、怒りやら、苦しさやら、様々な感情を感じることがある。

まずハッキリ言いたいのは、近年のロシアは自らの意見を自由に表現することが決して安全だと言えない国だということだ。

数年前までは反体制派の集会も許可が下りていたが少しづつ下りなくなり、コロナ以降は「検疫上の理由」というのも加わってさらに難しくなり、ベラルーシの2020年夏のデモや2021年冬のナワルヌィ氏逮捕後のデモでの治安機関の容赦ない鎮圧や、それによる退学・解雇のリスクも重なっていた。
2月24日以降は軍の名誉棄損やフェイクに対して刑事罰が科されるようになり、メディアの解散や政治家の逮捕も相次いだ。
反対する人々は国外に出るか、逮捕覚悟で活動を続けるか、法の枠内での活動を余儀なくされた。

「ウクライナでは人が死んでいるのだぞ!」という声はあるし、その叫びは理解できる。
ただ、それを現政権下で大きく発言しデモを起こすということは投獄を覚悟し、自らの(家族を含めた)生活をすべて捨てて行うということである。
ウクライナ人やそれに準ずる人々がそれで責めることは受け止めるしかないと思うが、そうではない人々には「あなた方はその立場になった時に全てを捨てられると言い切れますか」と問いかけたい。

今後どのような結末になろうとも、苦しい未来が待っていることは疑いようがない。
ただ、少しでも犠牲が減るように、少しでも早くその結末を迎えてほしいと願っている。

最後に

反戦派にとって、今の状況は地獄である。

これが大義のない戦いだと考えており、また情報を各方向から得ているため、現在劣勢であることも分かっている。
その中で自分や自分の大切な人々が戦地に送られるとなると、その意義・末路を想像すると胸が引き裂かれる思いになるだろう。

このような人々に、「お前たちの努力が足りなかったんだ」などと、果たして言えるであろうか。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?