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【短編】おいしいサプライズ【今日は何の日 : 0627 ちらし寿司の日】

「お兄ちゃん、今日は何の日だと思う?」

 昨日に引き続き、妹が俺にそんな質問をしてきた。
 これで確定したな。
 どうやら、妹は『今日は何の日』というネタにはまっているらしい。
 だが、俺だって何年もこいつの脈絡のない行動に振り回されてきた人間だ。
 この程度のことは、もう予測していた。

「六月二十七日は、『演説の日』だな。明治七年に慶應義塾の三田演説館で日本初の演説が行われたのを記念して作られた日だったか?」

 先立って、インターネットを通じて、俺も『今日は何の日』かを調べておいたのだ。

「……『えんぜつの日』?」

 しかし、どうやら違ったらしい。
 妹は俺のことを『何言ってんだこいつ』という感じの顔で見つめ、首をかしげていた。

「……はぁ……」

 そして、『しょうがないなぁ、お兄ちゃんは』とでも言いたげに溜息を吐いて、やれやれというジェスチャーをした。
 どうも、完全に馬鹿にされているようだが、六月二十七日が『演説の日』であることは間違いないということだけ、ここで弁明しておこう。
 まぁ、妹にはそんなもの関係ないのだが……。

「六月二十七日は『ちらし寿司の日』だよ、お兄ちゃん」

 愚かな兄を諭すかのように、妹は優しく教えてくれた。
 その、こちらを馬鹿にした態度が少々頭に来たが、それよりも『そっちかぁ……』という思いの方が強かった。
 冷静に考えれば、そんなお堅い『演説の日』なんてものを、この妹のセンセーが拾い上げるわけもない。
 もう一度こっそりと、インターネットで『今日が何の日』かを調べたが、いくつかある中で、こいつが一番興味を示しそうなのは、確かに『ちらし寿司の日』しかなかった。
 ちなみに、『ちらし寿司の日』の歴史は意外に浅く、2004年に株式会社あじかんさんが制定した記念日だそうだ。
 俺は、自分の考えの浅はかさを呪うのだった。

「んで? つまりは、今夜のメニューに『ちらし寿司』を所望する……ってことか?」
「おお! 察しの悪いお兄ちゃんのわりには、ちゃんとわかってるじゃん!!」

 気を取り直して話を進めようとすると、さっそく馬鹿にされている気がするが、もうそういうことは気にしない。
 この程度のことで苛立っていたら、この妹の兄は務まらないのだと、最近よく思うようになった。

「と、いうわけで、期待してるね、お兄ちゃん!」

 そう言って家を出ていった妹の背中を見送りながら、俺は再びインターネットで、ちらし寿司について調べるのだった。

「ん? ……お兄ちゃん、私は朝、なんて言ったか覚えてる?」

 食卓に並ぶ寿司桶を見て、妹は不機嫌そうにそう問うてきた。

「『ちらし寿司の日』がどうの……だろ? 覚えてるぞ?」
「じゃあ、これは何?」

 寿司桶を指差して、やはり不機嫌そうな妹に、俺は堂々とこう答えた。

「ちらし寿司だろ?」

 しかし、妹はそんな俺に、怒りを爆発させて叫ぶように言った。

「これは酢飯でしょ!! ちらし寿司っていうのは、彩り豊かな具材たちが、酢飯の上に『散らばって』いる、宝石箱みたいな可愛いお寿司なの!! これは、なんにも載ってないじゃん!! 酢飯じゃん!!」

 そう言って妹が指さす寿司桶は、確かに白米が収められているだけのように見える。

「何? ちらし寿司のリクエストに、お兄ちゃんは手巻き寿司で答えるとか、そういう感じなの? 私の口はもうちらし寿司の準備が出来てるの!! だから、今更別のメニューなんて受け付けないの!!」

 怒り狂う妹に、俺は溜息を一つついた。

「だから言ってるだろ? これはちらし寿司だって……」
「これのどこが!!」

 更に文句を重ねようとする妹を制して、俺は寿司桶を手にとって持ち上げると、用意していた大皿の上に寿司桶をひっくり返して載せた。

「え? なに? どゆこと???」

 俺の突然の行動に、目を白黒させる妹を尻目に、俺は、そのまま寿司桶を持ち上げる。

「え? 嘘? え?え?え? なにこれ!! 凄い!!」

 とたん、妹がパニックの声を上げる。

「酢飯が、ちらし寿司になった!?」

 からくりは簡単だ。
 単に俺は、ちらし寿司を逆さまに作ったのだ。
 酢飯の上に具材を散らすのではなく、散らした具材の上に酢飯を盛ったのである。

 ちらし寿司の起源には、もちろん諸説あるが、今回俺は江戸時代の備前藩ではじまったする話をもとに、このちらし寿司を作ったのだ。
 1654年、備前で大洪水が発生。
 その災害復旧のために、藩主池田光政は食事の基本『一汁三菜』を禁じ、『一汁一菜令』を敷いて、領民に倹約を強いたのだそうだ。
 災害復旧のためとは言え、食事まで制約されてなるものかと、領民の中でも工夫が始まり、いかに『一汁一菜』に見えるように、美味しい食事をするかを工夫する中で、ご飯とオカズをバラバラにするのではなく、ご飯にオカズを混ぜるという発想に至ったのだそうだ。
 そして、具材を下に敷き、その上を酢飯で覆うことで粗食を装い、その法令を乗り越えた……という逸話を、今回食卓で再現したというわけだ。

「な? ちらし寿司だったろ?」
「流石お兄ちゃん! 昨日の私のサプライズに、こうして意趣返しをするなんて!! 私は感動したよ!!」

 さっきまで、散々文句を言っていたくせに、現金なやつである。
 まぁ、狙い通り驚かせることができたので、俺としても満足なのだが、やはり料理はここで終わってもらってもこまる。

「さぁ、いいから『おあがりよ』」
「うん。いただきます!!」

 某料理漫画の主人公のセリフをパクりつつ、見た目以外にも様々な工夫を凝らしたちらし寿司を茶碗にとりわけ、妹に差し出すと、妹は嬉しそうにそれを口にかきこんだ。

「うわぁっ!? なにこれ、すっごい美味しいんですけど!!」
「それはな……」

 俺がここぞとばかりに、今日の料理の工夫を説明するが、恐らく妹は全く聞いていないだろう。

「おかわり!!」
「はいよ」

 でも、それでいいのだ。

 料理に関して、この笑顔と食べっぷりが、何よりも嬉しい反応なのだから。

「ご馳走様ぁ!!」
「『お粗末』!!」

 決まり文句でしめて、『ちらし寿司の日』の幕を下ろす俺であった。


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