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【9日目】披露目の初芝居
前座になりたて頃はもう毎日ヒーヒー言いながら働いていて、良い思い出なんてほとんど無い──のだけれど、数少ない良い思い出の一つに『菊丸師匠に話しかけられた事』というのがある。
「兄ちゃんいくつ?」
31歳ですと答えると、本来なら「老けてんな」で終わるところだが、
「年下の前座に兄さんって言うの腹立つだろ? 俺もそうだったんだよ 」
とお話していただいた。
(調べてみると菊丸師匠は24の時に前座になられていて、現在だと若くして入門ということになるが当時は高齢だったらしい)
「気に入らないことがあっても腹ン中で『この野郎』と思うようにしな」
「はい、ありがとうございます!」
前座をやっていて初めて師匠と呼ばれる人に話しかけられたので嬉しかったのをよく覚えている。
楽屋仕事に戻ると門朗兄さんが、
「おい、お前菊丸師匠にハマってんのかよ! 菊丸師匠が前座に話しかけるなんて珍しいぞ!」
と言って肩を叩いてきた。
痛かったので、早速腹の中で「この野郎」と思った。
明日は千秋楽
初めて出演者全員を連れていくような大規模な打ち上げに連れて行ってくれたのも菊丸師匠だった。
良い値段の焼き肉店で、前座になりたての私は「噺家って儲かるんだなぁ」なんて勘違いもした。
あと玉の輔師匠が
「あられは芸協顔。芸協のスパイだ」
と菊丸師匠に吹き込んだものだから、
「芸協の人もちゃんと食べてね」
と菊丸師匠から終始「芸協の人」と呼ばれた。ここでも教わった通り「玉の輔この野郎」と思っておいた。(ここで書いちゃダメなんじゃない?)
時節柄こういった打ち上げができなくなったのは少し寂しい。
そんな菊丸師匠の芝居も明日で千穐楽です。
披露目だ披露目だと言っておりますがあくまで主役はトリの菊丸師匠。
微力ながら貢献できればと思います。
9/40 鈴本演芸場 九日目
【堀の内】
本日は正蔵師匠の代演でウチの師匠が来ていた。
二ツ目に昇進してから初めて師匠に会う。
本来なら兄弟子二人がそうであったように、二ツ目に昇進したその日の朝に師匠の家に行って、お祝いしてもらったり写真を撮ったりするところではあるが、
「その日は大阪だから無理。お祝いはまた今度」
と言われて待っている内に寄席で会ってしまった。
とりあえず、
「二ツ目に昇進させていただきました、あられ改メ黒酒です」
と言って手ぬぐいを渡したら、
「知ってます」
だって。
「二ツ目の高座の方はどう?」
と聞かれたので、
「さぁ……時間だけは守ってます」
と答えた。
いや、仲悪いんか。
今日師匠は【ざるや】をやるに違いないから先に【ざるや】をやって潰しておこうかな?
と思ったけど、こういう思惑を持ってネタをやると失敗するということを学習しているので大好きな【堀の内】。
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