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令和五年四月七日 第三回『稽古風景』於・落語協会二階

師匠方が楽屋でお弁当を食べずにケータリングのお菓子を少しつまんだり、お弁当を食べてもおかずを少しつまむだけという姿を見て、
「歳だから少食なんだな」とか「好き嫌い多いな」という風に見てたんだけど、どうやら違う。

「これ以上食べると高座に差し障りがある」

「少し食べておかないと最後までもたない」

というように、良いパフォーマンスを発揮するために良いコンディションを整えていたんだな。

第二回の稽古風景の時は朝ご飯を食べて、昼ご飯とおやつをたっぷりご馳走になって臨んだので、何だか体が重くて頭がスッキリしなかった。
今回はその反省を踏まえて何も食べずに臨んだら、一席目が終わってすぐエネルギー切れを起こした。

◎まんじゅう怖い
テーマは『古典の空気を壊さないギリギリのラインを攻める』。
元々入っていたくすぐりで「蛇がウインクした」というのがあって、それがなんだか洒落ていて好きなので、噺全体をそのセンスに寄せてみました。
ウインクだけが浮かないような感じとでも言うのでしょうか?
それから、ちょいと理解できないくだりは全部変えてみました。
まだギリギリ古典の様相を呈している……はず。

そして「犬を食う」とか「猫を食う」、私はブラックジョークも好きだし、鉄公は実際食べてないのだろうからやってますけども、これはちょっと時代じゃないかもしれません。

最近目指している『セリフが自分の言葉になる』という瞬間(素で喋っている瞬間)が何箇所かあって、まぁ良かったかなと思います。
ただ、どんなに良くしてもこの噺で売れたりはしないんでしょうね。

◎野ざらし
【まんじゅう怖い】から続けて喋っている段階で「喉が渇いたなぁ」と思っていて、「これは上手くいかないなぁ」という予感。

お酒を飲みすぎている時に「これ以上飲むと危険」と感じるような、
サウナに入っている時「これ以上入っているとのぼせる」と感じるような、
そんな感覚が【野ざらし】にあって、ずっと意識にブレーキがかかってました。
「これ以上アクセル踏むと後二席できなくなるぞ」みたいな。
いつもより熱量抑えめ、動き控えめ。
小さくまとまった感じがします。

ただ、すごく落ち着いていて、考えてきたことはちゃんとできたので、良い稽古をした感じがします。

◎千早ふる
高座にかけるのは三回目。
以前やった時はマクラ込みで30分くらいダラダラやってしまったので、今回はテンポ意識しました。

仲入りを挟んで、急に噺に入るのは難しいですね。
自分の集中力もそうですし、空気感もそうですし。

今回は自分の中での初の試みとして、「ボケても突っ込まない」というのをやってみました。
お笑いをやっていた時の癖で、くすぐりを足したらそれに対するツッコミも考えていたんですけど、ボケっぱなしの所を二箇所くらい作ってみました。
試みは成功したかなと思います。

浪花節のところ。
いつも「下手な浪花節」をやるんですが、どうも上手くいかないので色々調べていたら
『百人浪曲師がいれば百通りの節がある』
という一文を目にしたので、思い切って見よう見まねで自分なりにやってみました。
何事も挑戦ですね。

歌の訳を話すところで「ここまで来れば頭使わずに進行できる」という意識があって、ここで完全に集中力もエネルギーも切れました。
似た言葉を多用していた、サゲが流れた、という意識はあります。

◎鹿政談
もう頭が真っ白。
しかしながら、地の部分(前半の演じない語りのところ)はいくらでも誤魔化しが効くし頭を使わずに喋ることができるので、やっている間に集中力が復活するんじゃないかと思っていましたが、復活せず。
お白洲の場面はスッカラカン。

いつもなら間違えてもその瞬間に軌道修正をするとかなんとかするのだけれど、ただ言葉が詰まる。
終わってから犬と鹿を間違えていたことを指摘され、
「母親と女房子だけはどうか──」と鹿を殺めてしまった理由を話す一番工夫をした所は、飛ばしたことすら気が付かなかった。

本当に稽古している所を見せてしまいました。
バチっと決まるとカッコいいんですけどね。
悔しいです。


終わってみると、噺というよりかは日々の体調管理が大事だなという。
そして出囃子が鳴らないし高座返しもないから続けて噺をやってますが、
昔の運動部じゃないんだからちゃんと水分補給しようと思いました。
倒れるのが一番迷惑ですよね。
ぶつくさ。

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