緊急事態宣言下「博物館・美術館は再開可能」に対して現場から伝えたいこと

今回、身バレ覚悟でこの件について書いていこうと思います。
正直、すごくこのあとに起きる混乱が怖いです。

1. 2020年2月からこれまで、博物館・美術館施設で起きていること

政府が4月に緊急事態宣言を出す前、春節の頃から博物館・美術館では緊張が高まっていたと思います。他館の状況までは詳しくないので、私の勤務先の事情をいえば、関東圏のハンズオン型博物館で、年間数十万人単位で来場者があるかなり大きな施設です。
オリンピックイヤーということもあり、海外からの来館者も右肩上がり、平日午後になると日本人より海外(特に中国系)が多かったので、いつ罹患するか緊張感の中で働いていました。

2月下旬、全国各地で患者の発生が確認されるようになると、それまで連日何十件もあった団体予約がどんどん減っていきました。この時期は例年学校の社会科見学やお別れ遠足などで日に数千人の子供が来ます。しかし、小学校でクラスタ起きる可能性が出てきたり、団体移動ではバスの密閉空間(ちょうど中国人団体を乗せたバス運転手が罹患したというニュースもありました)、集団での昼食になってしまうなどの事情から中止を決定されたようです。
また、スタッフ側から見ればハンズオン展示中心の中、複数の団体が混在することは施設自体がクラスタ発生源になる危険もあり、キャンセル自体は内心胸をなでおろしました。

結局2月の最終週には団体は0、個人来館があるだけでした。
その中で感じたのは、土日の来館者の様子です。正直、予想以上に多かったです。

もうこの頃には3密がクラスタの原因と言われだしていました。つまり、人が多いところは避ける、ように行動が変わり始めていた時期だと思います。

しかし、来館者がいました。たぶん100人もいなかったとは思いますが、この状況下でこれだけの人が出歩くのか、と内心驚きました。そして館内に人がいない分、逆に危機感が薄れたのか子供を放置したままの親や、自宅のようなくつろぎ方をする来館者もいました。もちろん気を付けながら見学している来館者が多かったですが、ニュースで分かるように、危機意識の低い人が1人いればいくらでもリスクが高まるのがこのウィルスの特徴だと思っています。

結局2月29日の政府による「今から2週間が感染拡大防止のための大切な時期」という発表が決定打となって、3月2日から休館することになりました。
もちろん、この時は2週間後には再開を前提として、です。しかし3月中旬の時点で改善されていきている兆しは見えず、もう2週間、といった様子で繰り返され、休館は続いています。

都内でいうと、やはり2月末~3月頭に休館を決定した施設が多く、この時点で「2週間」したところもあれば、余裕をみて「20日まで」「3月いっぱい」とするところもありました。そして政府の「再延期」の時点で、施設ごとにばらつきはあったものの、「3月末まで休館」「当面の間休館」といった再延長となり、そのまま休館が続いています。
そして感染拡大が続く状況下で、休館する施設は全国に広がり、現在では全国1100施設以上が休館となっています。(このあたりはインターネットミュージアムさんが一覧にしていらっしゃるのでそちらをご参照ください)

では休館になってからはどうだったかというと、私の職場では3月中は「開館」の可能性も高かったため、再開のための準備のため業務を行っていました。しかし4月の緊急事態宣言もあり、再開のめどが立たないため現在は自宅待機となっています。

もちろん、施設によっては今でも中で業務を続けているスタッフも大勢いると思います。特に動物園、植物園、水族館系の生き物の世話が欠かせない施設や、調査研究などは続けていかなければなりません。一方で、現場で実際に来館者と対面で業務をしなければならないスタッフや、受付、清掃やその他施設にかかわるスタッフは出勤が制限されているのが現状かと思います。

このように、博物館・美術館施設は政府の危機意識にまっさきに対応し協力した分野の1つだと思います。これは教育機関としての面からみて、関係者の危機意識の高さも少なからずあったと思っています(この業界は教員関係者も多いです)。またこれは個人的な肌感覚ですが、日本社会において、博物館・美術館は経済活動における優先順位は低いと思われている、と感じています。2月の拡大防止で名指しされたのも、そういう理由だと思っています。

2. 再開するにあたって考えられる問題点

本来、「1番最初に制限がされた=1番感染拡大の可能性が高い施設」と考えるのはおかしいでしょうか。

今回政府は「特定警戒都道府県」でも「感染防止策を徹底した上で活動を再開できるとうにする」と発表しました。

確かにこの自粛の息苦しい状況下において、朗報と伝えられるかもしれません。ただ、この言葉には矛盾があるのです。そして、いまなお未知のウィルスに対して裸のまま博物館・美術館を放り出そうとしているように感じています。その理由は以下の通りです。

①補正予算は妥当なのか?

国の具体的な対応は以下の通りです。

なお、美術館・博物館の再開については、文化庁が補正予算として「文化施設の再開における感染症対策支援」 を21億円計上。このうち17.4億円は、感染予防のための施設整備を補助。400万円を上限に、赤外線カメラ装置や空調換気、消毒液などの衛生面の予防対策、公演再開に伴う環境整備のための経費に充てられ、残り3億円で美術館・博物館における時間制来館者システムを導入する費用を、各館300万円を上限に支援することとなっている。(美術手帖より)

これがどこまでの施設を対象としているのかはわかりませんが、(博物館には国立、公立(都道府県市町村)、民間などいろんな設置者がいます)一応資金面の支援はしてくれるそうです。

すごーく雑な計算をしますね。いま休館している1100施設のほとんどは上記の支援がなくては再開が難しいとして、300万円ずつ支援すると、33億円かかります。補正予算たりないですね。

国公立が優先になるとすると、財団法人など民間の再開は時間がかかりそうです。

②「密閉空間」の数値基準が不明瞭

これは休館前から課題に挙がっていたのですが、「三密」のうちの「換気が悪い」の基準がないのです。環境省は建造物における室内環境基準を設けています。
これ、コロナ用ではないです。この基準は一般的な建物なら守らなければならない基準です。これまで三密と言われてきたのは普通の建物の状態が危険だからです。もちろんまだ不確定が多い病気ですから、明確な基準を出せないのかもしれません。しかし、空調設備などを替えるにせよ、具体的な数値がなければ来館者に安全を確保できないのです。もしこの基準でよいのならば安全を期した劇場なども再開の対象になってよいのではないでしょうか?

③入場制限≒来場制限

人が密集しないことが望ましい、ということで予約制の人数制限、入れ替え、これは対策として一定の効果があると思います。
実際に3月の時点で予約制で受けれた施設があったことを記憶しています。美術館などであれば触ることも少ないですし、私語をできるだけ控えるようにすれば「密接」も最小限で済むでしょう。

しかし、私はここに大きな矛盾を感じます。来館者はどこから来るのでしょうか?

市内の美術館なら市内だけの人に利用を制限しますか?
ゴールデンウイークに「人がいないからいいだろう」と山や海に行くことが問題となりました。人間、移動するということは最低限の生理的な活動も伴います。コンビニのトイレは利用者を制限することが出てきました。
博物館・美術館に行く人は徒歩か自転車か自家用車に限定するのですか?
飲食は禁止として、でも、でかけたらどこかでお腹が空きますし、トイレも行きたくなります。「移動しないこと」が重要だと言っているのに、移動を促す行動ではないでしょうか。

しかも今回の再開は「特定警戒都道府県」も含みます。

これだけ連日報道で「外出するな」と言っているのに移動する人は一定数います。前述しましたが、こういった行動をとる人の中には危機意識が低い人が紛れ込みます。開館すればそういった人がまっさきにやってくるだろう、と考えざるを得ません。

博物館・美術館は「日常の象徴」だと思っています。当たり前にそこにあり、当たり前に触れ、当たり前に享受できることに意味がある場所です。しかし、いまは「日常」なのでしょうか。


④マスク不足・アルコール不足の解消が急務

事前予約、入場制限、全入替制で対応したとしましょう。

30分~1時間、清掃と換気の時間を作ります。その際、スタッフ総出で作業をすることになると思います。手すりやドアノブ、蛇口、無意識にさわりやすい壁や展示物などをアルコールで消毒することになると思います。この際、どれくらい消耗されるでしょうか。

当館はハンズオン中心のため、触らない展示物のほうが少ないです。そこで想定するアルコール消費量は1日で10リットル程度と見込みました。これは、これは清掃のみならず、来館者に入館時やトイレなどで手を洗ったあと(これは本来不要ですが、人によっては念のためやりたい人もいるので)も含みます。もちろん、これはイレギュラーなケースかもしれません。しかし、それなりの規模の施設であればやはり使用量は増えます。

医療機関がマスクやアルコールが足りないと言っているなかで、我々がこのように消費していいのか疑問です。

ちなみに、アルコールは確実に入荷することは当施設では諸事情により不可能です。「行政から融通してもらう」ことができる施設は博物館・美術館ではどれくらいあるのでしょうか。もし融通してくれるなら諸手を挙げて歓迎したいくらいです。

(※アルコール消毒の代わりに次亜塩素酸ナトリウム希釈をしようすることも検討しましたが、運営上維持が難しいため、やはりアルコールが必要です)

3. 再開における補償はどうなるの?

現在博物館・美術館は「休業要請」対象です。それもあってか、私の会社の雇用主はスタッフを誰一人解雇することなく、最低限の生活の保障をしてくれています。本当にありがたいことです。

しかし、今後再開が推し進められるとどうなるのでしょうか。休業要請から外される場合、補償はどうなるのでしょうか?

休業要請対象外となり、補償がなくなった場合、雇用が維持できない可能性が出てきます。
世間にはあまり知られていませんが、博物館業界はワーキングプアが蔓延しています。最低賃金で働いている人も多く、月収が20万円いかない人はざらです。花形と思われがちな学芸員ですら、業務量に見合った金額はもらえていません。いわゆるこの仕事が好きだから、賃金が安くても続けている「やりがい搾取」の業界なのです。

ですから、「開館できる=仕事がある」というのは現場スタッフとしては嬉しいのも事実です。しかし、上記に挙げたようなさまざまな課題とリスクが残ったまま、不特定多数と触れ合わなければならないのは正直不安です。

4. まとめ

昨日の報道から居ても立っても居られない気持ちになり、勢いで書いているので、いろいろとご指摘はあると思いますが、一現場スタッフとして声を挙げる必要を感じたため、書きました。

個人的に特に心配なのはやはり「特定警戒都道府県」の博物館・美術館の再開です。
パチンコ屋やホームセンターではないですが、人は「やっていたら来ます」。特に博物館や美術館はその施設でしか持っていない展示が多いので、遠方からわざわざ足を運ぶ人も多いです。(当施設も平時は日本中、海外からも来館がありました)
また、地方の博物館・美術館を開館するとしても、県をまたいでの来場はできないようにする必要があると思います。でなければ、東京や大阪から赴いてしまう人は必ず出ます。
しかし、行動制限には慎重な日本政府がどれだけそこを規制できるのでしょうか?

どうかそういったことも含み、よく考えてから進めていっていただきたいです。


おわりに

博物館業界は特殊で、しかも生活において必須分野とは日本では言い難いため、ご存じない方も多いと思います。あまり表立って声を挙げる人も少ないです。ですが、芸術が好き、歴史が好き、自然が好き、生き物が好き、文化が好き…と何かしら人の心に寄り添える場所としてこれからも存続させていかなければ、と思っています。

今回の再開に関して、正直とまどいが強いです。皆さんに、心の日常を取り戻してもらいたいと思いつつ、現段階ではまだ時期尚早だと感じています。
私が挙げた問題はほんの一部だと思っています。しかし、これらのことが議論されないまま進んでいくことに危機感があります。どうか、少しでもこの危機感を共有できれば幸いです。

最後までお読みいただきありがとうございました。

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