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ペイジーで支払えます

マンションの敷地内道路に自動車が停まっていた。フロントガラスにヒビが入って、ボンネットが凹んでいる。昨日がっしゃーんという音がしたのは、これだったのだろう。敷地の入口と奥の駐車場を結ぶ、その道路は狭くて、車二台がぎりぎりすれ違えるくらいだ。自動車の横を抜けて、銀行に向かう。

長い信号待ちが手持ちぶたさで、カバンから封筒を取り出して眺める。「住民税はペイジーで支払えます」と書いてある。金融機関やコンビニではなくて、オンラインで支払う仕組みがあって、それはそれはとても便利だ。使えるなら。封筒の中の振込用紙みたいな伝票の「納付番号」の欄には、数字ではなくて「*」が並んでいる。正確には六つの線ではなくて、☆の各頂点から中心に一本づつ線を引いたような、なんというか五芒アスタリスクみたいな記号なんだけど、まあ、そんなことはどうでもいい。とにかく番号がない。

用紙の裏には「ペイジーで支払えます」とでかでかと書いてある。ただし下に小さく納付番号がない場合は金融機関またはコンビニで支払え的なことが書かれている。数十万を現金で払うのも嫌だし、たぶんATMで一発でおろせなさそうだし、コンビニで手間取ると列の後ろのプレッシャーが辛いし、だったら口座を持っている銀行でキャッシュカードで支払うことにした。

信号が青になって、横断歩道を渡る。きっと銀行に着くと、案内係の人が近寄ってくるだろう。税金の振込ですと言うと、あそこの機械でできますよと案内されるに違いない。

「この用紙、納付番号っていうのがなくて……」
「用紙があれば大丈夫ですよ、ハンコを押したレシートが不要でしたら機械でできます」
「本当に大丈夫なんですか?」
「はい。どうぞ、こちらへ」

機械の横で一緒に操作してくれて、これ機械である必要あんのかな、とか思いながら操作する羽目になり、そして、納付番号がないために機械がエラーを出すだろう。「すみませんダメでしたね、ではこちらに記入して窓口へ」とか言われそうだ。

勝手に妄想しながら、だんだんイライラしてくる。

「窓口でできるんですか?」
「はい」
「さっき、機械でできるって言われて機械を使ったらダメだったんですよ」
「窓口は大丈夫です」
「あのですね。さっき大丈夫って言われて大丈夫じゃなかったんです。今回は大丈夫って信じられないんですけど」

とか言ってやりたいとか思い始め、セルフでイラついてきた。

銀行に着くと、案内係の人がやってきた。予想どおりの展開で、妄想どおりのやりとりが発生する。「すみませんダメでしたね、ではこちらに記入して窓口へ」

言われたとおり二枚の用紙に記入する。妄想の中の自分は、感じたこと言いたいことをバシッと表明するけれど、現実の自分はこれだ。機械云々のやりとりの五分間は完全に無駄だったな、と思いながら用紙を窓口に出し、キャッシュカードで支払い、レシートを受け取る。銀行を出るとき案内係の人が、先程は申し訳ありませんでした、とポケットティッシュを手渡してくる。そのポケットティッシュは、すぐ横のトレーに山積みになっていて、ご自由にお取りできるんだけど。なんなら不要な接触が一回増えてるんだけど、と思いながら、「いえいえ。ご案内ありがとうございました」と言って銀行を出る。

疲れた。在宅勤務とはいえ、仕事中に抜け出して、なんだか疲れてしまった。缶ビールを買って、ぐびぐび飲みながら道を歩く。

マンションの敷地に到着すると、すぐ後ろから、住人が乗っているらしき自動車が追いついてきた。けっこうな勢いでクラクションを鳴らし始める。

奥の通路では、壊れた自動車をレッカー車につないでいるところだった。作業している人がちょっと焦りながら、手を動かしている。通路が狭くて、レッカー車が出ていくまでは、他の自動車が入れなさそうだ。さらにクラクションが鳴る。

クラクションを鳴らしても作業は早くならない。隣のマンションから騒音の苦情がくるだろう(隣のマンションにはクレーマーがいて、ちょくちょく注意の張り紙がある)。クラクションを鳴らしている方には何の非もないけれど、イライラを作業者にぶつけても解決しない。解決しないから、彼のイライラも解消されない。

だっせー、おっさん。

と思いながら、建物の中に入り、エレベーターに乗る。銀行の機械で五分くらい無駄になったけど、自分がだっせーと思うような行動をとらなくてよかったと思う。ぐびっ。

(Photo by Hello I'm Nik 🎞 on Unsplash)

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