「甘い夢に、無我夢中」その①
・ゆうやけこやけ某所実卓リプレイ風SSです。
※
澪は、鵜坂川に住んでいる人魚の妖怪である。
ある日夢の中で、不思議なバクたちに出会い、一緒に探し物を手伝って欲しいと誘われたところから、お話は始まった。
・あおい(PL:Kulix葵)
【性別】♀ 【年齢】5【人化時年齢】8【正体】兎
・アヤメ(PL:cod fish)
【性別】めす 【年齢】人間の姿は15くらい【正体】狸(ホンドダヌキ)
・鵜坂川の澪(PL:餅雪@朧豆腐)
【性別】♀ 【年齢】12歳【正体】人魚(河童)
・まっしろな雲の海で
「……明晰夢?」
澪が思わずそう聞き返すと、バクの妖怪は真面目な表情で「はい」と頷いた。
「本当は、ここは夢の中なんです。澪さんは寝ていて、この夢を見ているだけなんですよ」
「え、ええと……?」
バクは少女の輪郭をしていた。
眠たげなとろんとした瞳。くるんと伸びた尻尾。ぶかぶかのナイトキャップの下で、澪のことを面白がるような表情で見つめている。
澪は初めに無意識に、“川の外”へ出歩く時にはいつも持っていく、お水を入れたペットボトルを探した。人魚であり、またひとりの乙女でもある澪にとって、お肌とウロコの乾燥は大敵だからだ。
きょろきょろ戸惑っている澪をからかうように、くすくすと鈴を転がすような笑い声がすぐ隣を泳いでいく。
それは聞きなれた、同郷の人魚たちの声だ。
……あらァ澪、忘れもの~?
……たいへん、たいへん~!
くすくす。くすくす……。
不思議なことに、澪が視線を合わせても、カメラのピントがぼやけたように、うまく彼女たちの表情が見えてこない。朝起きた途端に消えていく夢の名残りのように、意識しようとすればするほど、澪の中から、するすると離れていってしまう。
やがてその視線は、上下左右、あらゆるところへ向けられる。時には自分の足元にも。大きな影だと思ったら、それは小さな魚の群れで、きらめく鱗はぴかぴかと青に黒に輝いていた。イタズラ好きなイルカがくすぐるように近づいてきて、澪に挨拶する。その向こうを、一抱え以上もありそうな大きなタコが悠然と泳いでいる。
そう、ここは海の中なのだった。
春のように暖かく、すべての生き物をその腕の中に抱きかかえていた。川に寝床を構えている澪は、その広大さに思わずくらくらとしてしまいそうだった。
「他の方たちは、うまくお呼びできませんでした。澪さんとはお友達同士でも、あのお二人とは、全然知らないわけなので」
「あのふたり……?」
すっとバクの少女が指さした。
そこには、澪のおともだち、兎と狸の妖怪が話し込んでいた。
二人のうちの小柄な方、ぴょんと突き出た大きな耳が目立つ方が、兎の変化のあおいだ。兎の姿でも人に変化した姿でも、小さくてふわふわで可愛らしくて、澪はついついぎゅうっと抱きしめてしまいたくなる。今も忙しなく両手と両足を振り回して、感情もあらわにもう一人の方へ何かを語りかけている。
それに答えて頷いているのが、狸の変化のアヤメだった。見た目こそ、澪たちとそれほど変わらない女の子の姿なのだが、華奢な見た目に反して結構な長生きで、中身は老獪といってもいいぐらい(なにせ私、狸だからね~)。とはいえ狸らしく、おっとりのんびりとした気性でもあり、三人ともに仲良しなのだった。
楽しそうにはしゃいだ様子のあおいも、のほほんと感心した様子のアヤメも、
「へええ!」「これはこれは、驚いたわねえ」と、海の中を眺めて、感心したように声を上げながら、ゆらゆらと海流に揺られつつ、物珍しそうにあちこちを振り返っていた。
「ほぇぇ……あ! あ、アヤメお姉ちゃん! 水の中なのに、息ができるよぉ」
「あら~、本当ねぇ? 全然気がつかなかったわ~。
……あ、でも、夢を見ている時って、意識すると急にできていたことができなくなったり、しない?」
「……えええ!?」
それを聞いて、急に息苦しくなったみたいに、あおいは長い耳を「ぴん!」と立てて口元をおさえた。のんびり屋の狸はその様子に「どうしたの~?」とばかりに首を傾げている。
そんな二人を見て、澪はなんだか、胸がいっぱいになるような気持ちがした。
ふよふよと海底を漂う彼女のそばを、一緒に泳ごうとばかりに、カメや魚たちが誘いかけてくる。川や池の生物たちも、一緒くたに夢の中の海を泳いでいて、それはなんだか、とても雄大だった。
「ゆめ……」
「例え、起きていたら決して出会わない生き物たちでも、夢の中では、みんな一緒なんです。寝ない生物なんていません。
……不思議ですよね? 寝てる間は一番無防備になるんですから、そうならないように進化できたら、きっと生存競争で有利になれそうですよね。でも、そうはならなかった。回遊魚たちは泳ぎながら……渡り鳥なんて、空を飛びながら、寝ているんです。命がけなんですよ。
そうしてすべての生物が、夢を見ることを選んだんです」
バクの少女はそういった。
「そうなんだぁ……」
少女が言っていることなんてちっとも理解できなかったが、“それ”は澪だって、同じ気持ちなのだった。
あおいやアヤメたちは、もちろん大切なお友達だ。でも、二人は兎と狸で、地上を歩く生き物でもある。尾と鱗を持った自分と二人では、どうしたって重ならない部分が、いくつもあるのだ。
でも夢の中では、こうして一緒に泳いでいられる。うまく言葉にはできないのだけれど……澪には、それはとてもすごいことのような気がした。
「あー! 澪おねえちゃんだぁー!!」
イルカの群れに手を振っていたあおいが、こちらに気づくとにこにこ笑いかけてきた。
「なんか、すっごいねー、澪おねえちゃん!」
ふと、澪はあることを思いついた。隣を見ると、バクの少女は相変わらずのほほんと、夢の中を浮かんでいた。
「じ、じゃあ、じゃあじゃあ……! なんでも、できるんだ……?」
「はい。そりゃあもう何でも」
「ええと、お菓子の家に住んだり、雲の上を泳いでみたり……?」
「ええ、もちろん――」
それに答えて、バクの少女は頷いた。
その瞬間、澪の意識は遥か遠くに弾き飛ばされた。
ぴゅん、という風を切る音。
「――できますよ」
彼女が言い終わるより先に、視界が物凄い速さで動いたかと思うと、次の瞬間には、澪はもう懐かしい海の中ではなく、今まで一度も見たことのない場所に立っていた。
そこは、すべてがひっくり返って、あたり一面、真っ白な雲の世界だった。
燦々とまぶしい太陽の光が差していて、足元の雲はどこまでもふわふわだった。すぐそばにはとても可愛らしい、扉はクッキーに屋根はチョコレートで出来た、素敵なお菓子の小屋が立っていて、焼き立ての甘い匂いが漂っていた。
「……ふぇぇ!?」臆病な兎がびっくりしたように叫んだ。
「まぁ、なんて素敵! とっても素敵だわ!」澪はぱあっと笑顔を咲かせた。
思わず、興奮のままに、雲の上でくるんと身を翻して華麗な宙返りを決めた。
川面から身を乗り出しているだけの時と、それはまさに雲泥の差だった。分厚い水のレンズを通して感じる太陽の光との違いも、そよそよと体に感じる暖かい風も、全てが未知の感覚だった。
「おお、これはこれは」バクの少女もきょろきょろと見回す。「よい夢です。とても素敵な夢ですね。澪さんは、大事なことがわかっているみたいだ」
「うーん。雲はそのまま、綿飴なのねえ。夢の中だから、気にしないでいいんでしょうけど~」
アヤメは、ちょっとべたついたように片足を上げた。どちらかといえば、甘いお菓子よりは、お茶に合うしょっぱいお煎餅が好きそうだった。
「んん~、だいじなこと?」
「夢を夢と楽しむことです。……あ、そうそう澪さん。ちょっとお願いしたいことがあるんですケド……」
澪とバクが話していると、ぴょんたんぴょんたん、弾むようにあおいが割って入って、快活に叫んだ。
「澪おねえちゃん、すごーい! まるで鳥さんみたいっ!」
澪は始め、言われた意味がよくわからなかった。しかし……やがて、自分の尾の先に、白く後を引く雲の残滓に気がついた。
どうやら自分は、白い雲海をふよふよと漂っていて……温かい春風に運ばれて、少しずつ、雲の上を動いていっているのだった。まるで、ジュースをいれたコップの中に泳がされている、オモチャの魚みたいだった。
そのガラスのコップ越しに、みんなと目が合った。いつもは澪が、水面から見上げる格好だから、目線がみんなと同じ高さにあるのは、なんだか変な気分だった。
「あ、あわわ……!?」
「あらあら、澪~?」
途端、丁度さっきのあおいみたいに、自分で気がついてしまった瞬間から、澪はもう、そうとしか思えなくなってしまったのだ。
「お、お……」
「おぉ?」のほほん、とした狸の声だ。
「お……落ちちゃう~!!」
大慌てでアヤメに手を伸ばして、掴んだ指先をぎゅっと握りしめた。なんといっても澪は人魚なのだ。常に泳ぎ続けていないと落ち着かなくて、高いところなんてもっての他なのだった。
澪の気持ちを知ってか知らずか、狸のアヤメは相変わらずのんきな表情のまま、「大丈夫よ~」と気楽に頷いた。
「ほら、もう落ちていかないわ。離したって平気よ~」
「だめ~!! し、尻尾の先から落ちちゃうよ~!!」
「落ちたって平気よぉ。なんたって雲が綿飴なんだもの。きっと、お祭りの屋台に落ちるだけよ。わたし、綿飴ってお祭りでしか見たことないもの」
「よ、余計だめ~~!!」
――ぉぉぉん――ん。
そうやって澪たちが騒いでいる中で、やがて突然、空が何かに覆われたように、大きな影がふっと落ちてきた。
「……おや?」
それに気がついたのは、澪とバクの二人だった。
アヤメに手を握ってもらって、半分泣きながら、夢の中の蒼空で空中遊泳を続ける澪に、バクは眠たげな表情で応援を送っていた。何もないところからカラフルな万国旗をするすると引っ張ったり、帽子の下から巨大なラッパを吹き鳴らしたり。どこからともなく怒涛の羊とバクの群れを呼び出したり、その羊の上であおいと一緒に踊ったりしていた。
「たらったらったらん♪」
あおいは軽快にステップを踏む。びしり! 決めポーズと共に、クラッカーが打ち鳴らされ、色とりどりのリボンが尾を引いて舞った。バクがせっせと紙吹雪を飛ばしている。さらに一抱えもある巨大な花火を岩陰から引っ張り出してきて、次はこれを打ち上げましょ~、などと暢気に言っていた。
バクの少女は、澪が水の生物であるように、あおいたちが地上の生物であるように、夢の中の住人なのだから、「それ」に心当たりがあるようだった。
澪の方は、下を見るのがすっかり怖くて、必死に空ばかり見つめていたから、すぐに「それ」に気がついた。でもそれも、あとから考えると、あんまり……知りたくなかったかもしれない。
「虹の蹄のビヒモスですねえ」
まぶしそうに手をかざして、バクはのんきな調子で言った。
「うわあ。久しぶりに見ましたねえ。みなさん、ラッキーですよ」
彼女の視線の先には、まるで太陽よりも大きく見えるような、途方もない大きさの、空飛ぶクジラが飛んでいた。
「……ぉぉぉん……」と低く低く唸りながら、ぐんぐんとこちらへ近づいてくる。がぱっと開いた大きな口に、澪はなんだか、とてつもなく嫌な予感がした。
「ぁ……」
「え? ああ、大丈夫ですよ。わりあい、大人しい生き物ですから」澪の表情を見て、獏は目をぱちぱちとさせた。
ところが、そんな彼女の言葉とは裏腹に、巨大な口は見る間に大きくなっていく。
「く、くじらさ……」
「……ありゃ?」
ぱくんと、次の瞬間、辺りの雲も構わず丸ごと、澪たちは飲み込まれてしまった。
そのままクジラは優雅に身をくねらせて、静かな雲海を再び泳ぎ始めた。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?