①目覚め

巨大な満月、

心地よく聞こえる大海原の満ち干き、

砂浜を下を向いて歩く男。

ビチビチ、ビチビチ。

男の腰に付いている籠(かご)から、

活きのいい魚の音が聞こえてくる。

…。

一太刀「あ〜、今日も疲れた。

魚の収穫はイマイチだったな。

しかし、腹が空いた〜。

早く家に帰ってご飯でも食べよう。」

…。

一太刀がいつもの様に、一日の漁を終わらせ、

晩ご飯の魚の焼き具合を想像していた、

その時だった。

…ゴソゴソ、ゴソゴソ。

???「ウ、ウッ…。」

ゴソゴソ、

ゴソゴソ、

ゴソゴソ…。

一太刀「??」

砂浜の暗闇から、

誰かのうめき声のようなものと、

何かの物が動く音が聞こえた。

…。

一太刀「…ん??

…。

気のせいか?」

と、

一太刀が勘違いだろうと思ったやつぎ早に、

!!?

一太刀はそこでゴソゴソと動めく、

黒い塊(かたまり)を見つけてしまった。

一太刀「…。

なんだ!!?

誰か居るのか!!?」

…。

???「ウ、ウッ…。」

ゴソゴソ、

ゴソゴソ…。

一太刀「(誰かいる!!)」

黒い塊の方角から苦しそうな声と、

やはりゴソゴソと動く音が聞こえて来る。

一太刀「…(誰だ?こんな夜中に…。)

…。

おい!!

ちょっと待っていろ!!

…。

今、助けてやる!!!」

一太刀は小さな籠と釣り竿を右側に投げ出し、

大きな鼓動がドクドクと脈打ちながらも、

およそ人間かと思えるモノに、

…恐る恐る、近づいた。

…。

一太刀「…。

…どうしたんだ…。

大丈夫か!!?

…お前…。」

一太刀の目の前には、

この「浮き世国」では、

一切、見たことがない服を来た、

長身の男が、

腹を押さえて苦しそうにうずくまっていた。

???「Hey You…。

Help…。

ウ…。

…me.」

一太刀「へ?

…。

…。

…あ〜、

わかった!!

わかったよ!!

…何も喋るな!!

オレの母家で休んでけ!!

…。」

一太刀は、腹を決めて、

この長身の男をかつぎ籠と釣り竿を拾って、

一太刀のあばら家へと男を、

引きずり歩いて行った。

そして一太刀の母屋に着いて、

一太刀は長身の男を壁際に持たれかけさせた。

???「…。

ウ、ウッ…。」

一太刀「…。

ほら、おかゆでも食え。

どこが悪いのか!?」

しかし、

長身の男はおかゆを一口も食べようとしない。

???「…。」


一太刀「あ〜、どうしたものか。

おい、お前…。

お前は、異国の者か??」


???「……。

He…lp…。」


一太刀「あ〜。

分からん!

拉致があかん。

…少し眠るんだ!」

一太刀はおやすみの素振りをして、

苦しんでいる長身の男を、

母家の隅(すみ)に横にした。

…。

一太刀「暇だ…。

外にでも出て気分転換でもするか。」

そして一人、

一太刀は外へと続く戸を横に動かした。

コトコトコト。

…。

…。

更に、

一太刀は引き戸を左に静かに戻し、

改めて今夜の巨大な満月と海の景色に見惚れてしまった。

今宵の外の景色はいつもの風景とは、

ともかく違い、

口で語るには表現できぬほど、

美しい巨大満月と、

その月光を映し出す広い大海原が広がっていた。

今宵の満月はそれは大きかった。

…。

一太刀「お…。

…おお…。」

一太刀は産まれて初めてかもしれない。

見応えのある巨大な満月の美しさに口を空け、

目をうつろわせ、

その月を眺める行為に、心から酔いしれていた。

すると、後ろの母屋から、

コトコトコト…。

コトコトコト…。

と、

引き戸の音が聞こえ、

一太刀が遠い目で満月を見据えている背後から、

かすかに音が漏れ出した。

…。

一太刀「……。」

一太刀は、

何かが引き戸を動かし終わった小さな音も、

ザシュ…!!ザシュ…!!ザシュ…!!

と、大っぴらに砂を踏みしだく、

一太刀に近づく、大胆な足音も、

…。


一太刀の耳には一切、入って来なかった。


ザシュ…!!

ザシュ…!!

ザシュ…!!

ピタッ…!!

一瞬その場の時間と空気が固まったと思うと、

刹那、

一太刀を覆う巨大な影が、

背後から一太刀を飲み込んだ。

ガバッ!!!

一太刀「…うん??」

その時、

一太刀は初めて、

その恐怖と激痛に直接、

襲われるのであった。

ババッ!!

ガボーッ!!

ブスッ…!!!

ブシューーーーーッ!!!
(血が吹き出す音。)


一太刀「…。

ウアッ!!?

アアーーーッ!!!

ガッアアア!!!」

なんと、

先ほど一太刀が介抱していた、

長身の男が、

鋭く図太い巨大な牙で、

一太刀の右首すじの血脈に、

その物騒な牙を突き刺さしていたのだ。

ザシュ!!ザシュ!!

ブシューーーーーッ!!!

一太刀「ウガアアッ!!!

アガアアッーーーー!!!

…ウアアアッーーーー!!」

???「tasty!!!…tasty!!!」

一太刀が得体の知れない化け物に、

強襲を受け、激痛を痛感している最中、

吸血されているその流れの中で、

一太刀の意識下におもむろに訴える、

この恐ろしい男の様々な記憶の断片が、

強引に逆流して来る感覚を、

一太刀は覚えた。

一太刀「……。

ア…ア…アア…。」

…。

???「オレは異国の兵士…。

母国の戦争の最中、

ある洞窟に逃げ込み、

コウモリの群れに襲われた。

…。

コウモリ達はオレの血を吸血し、

それと同時にオレに吸血の遺伝子を与え、

瞬く間に、

オレは吸血鬼となり果てた。

が、

かすかに人間の意識は残っていたオレは、

おぼつかない足取りで、

洞窟から抜け出し、

朝日が照らす中、

頭の記憶が薄らいで行くにも関わらず、

最愛の家族の元へ帰ろうとした。

…。

が、

時すでに遅し、

吸血鬼と化したオレの身体は、

太陽の光には到底耐えられない身に、

なり果てていた。

すぐさま太陽を避ける様に、

洞窟の近くの海に身を投げこみ、

時間の流れを忘れるくらい海の波にもまれ、

そして、

この場所へと打ち上げられた。


…。

後はお前の知っての通りだ…。」


吸血鬼はその思念を、

一太刀に強引に流し込むと、

名も語らず、

何匹ものコウモリに姿を変え、

美しい満月の方角へ飛び去ってしまった。


…。

…。


一太刀は魂いのぬけがらのように、

美しい巨大な満月の前に立ち尽くし、

一太刀「…。」


一太刀は、しばらくの間、

満月の光を浴び続けていた。

むしろ、

棒立ちの状態で、

絶命したと言っても過言では無かった。

そして、夜の時間がしばらく立ち、

満月の光が乏しくなった頃合い、

突然、

そう、

突然に、

一太刀の意識は回復したのだった。


一太刀「…ぐうっ!!?

…オ、オレは!!!…。」


一太刀の急に回復されたその意識野には、

いまだ理性と本能が共存し、

満月の光を浴び続けた「月光浴」と言う行為が、

一太刀に両極性の思考を、

残したと考えられた。

一太刀「オレは一体…。

…ガッ!!」

一太刀は体中にみなぎる、

ほとばしる力を感じ、

不意に、

美しい満月が映える妖美な深夜に、

忽然と消えた。

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