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法廷傍聴控え 薬物密売イラン人殺傷事件1

昔、こんな事件がありました。

 2000年12月11日から開始された横浜地方裁判所の法廷で裁きを受ける被告は3人。山本太被告(27歳)は、強盗殺人、強盗殺人未遂、安藤英夫被告(23歳)、高橋勇被告(22歳)は、強盗致死、強盗傷人の罪である。
 3人とも短髪だが、山本は坊主頭。三人のうち背の一段と高い安藤は、175センチ以上あるだろうか、メガネをかけて童顔だ。3人は、イラン人の薬物密売人2人に対する殺傷事件で起訴された。山本だけは、直接の殺害実行者として、ほかの2人と違い、強盗殺人、強盗殺人未遂となった。
 イラン人の薬物密売人が襲われるのは、イラン人密売人同士の縄張り争いに絡むものが多いようだが、今度のようなケースは珍しいのではないだろうか。かれらの公判から、事件の概要を再構成しよう。

 山本は、茨城県で生まれ、中学を卒業し、高校を中退した。職を転々とし、99年6月、神奈川県大和市内に事務所を置く暴力団の組員となる。その後、組の兄貴分の経営しているホストパブのマネジャーになり、99年9月には、その経営を任せられた。
 ところが、経営がうまくいかない。売り上げをもっと上げようと、値段を下げ、集客努力をした。一時期は客もふえたのだが、2000年8月ごろには、四苦八苦の状態で運転資金の手当てもままならなくなった。山本のサラ金の借金は合計で443万円もあり、これ以上の借金は無理である。そこで、安藤に相談をもちかける。
 安藤は、東京で生まれ、高校を卒業し、パチンコ店員などをしたが、99年12月、山本と同じ組の組員となった。山本は少し先に組員になったが、組の序列では同格であった。相談されたものの、安藤もサラ金に103万円の借金があり、銀行の残高はわずか65円で、日々の生活費、遊興費にも事欠いていた。
 8月中旬、安藤は鎌倉のJR大船駅前にある都市銀行の夜間金庫にパチンコ店の従業員が売上金を預けているのを目撃した。これを奪えばいい。安藤は現金強奪計画を山本に伝えた。山本は、すぐに実行しようと、犯行に加わる人間の手配を安藤に頼む。
 安藤は、高橋、少年3人を誘い、3日間かけて下見もした。在日韓国人の高橋は組員ではないが、サラ金に多額の借金があり、「おいしいバイトがある」と顔見知りの安藤から誘われて加わった。
 山本、安藤、佐藤、少年3人の6人は、8月30日、JR大船駅前の中華料理店に集合し、逃走用のバイクを2台盗んで犯行の準備をした。ところが、31日午前1時31分まで、夜間金庫に来るはずのパチンコ店従業員を待ったが、結局、この夜、パチンコ店の従業員はあらわれず、強奪計画は未遂に終わった。
 一方、同じく8月中旬ころ、安藤は、自分たちの組の縄張り内で、外国人が無断で覚せい剤を密売しているのをしり、「うちのシマで、バイしている外人がいるらしい。しめちゃいますか」と山本にいう。

 弁護人 あなたも、組の縄張りの中での覚せい剤の密売は絶対に許せない。
 山本 はい。
 弁護人 しめちゃおうという意味は。
 山本 ボコボコにする。
 弁護人 ボコボコにするとは。
 山本 言い方は変だけど、やっつける。
 弁護人 二度と密売しないように、肉体的、精神的に痛めつけるのか。
 山本 そう。
 弁護人 しめる。場合によっては、殺すということもあるのか。
 山本 それはない。
 検察官 あなたの組のシノギはシャブ(覚せい剤)じゃないのか。
 山本 違う。
 検察官 あなたたちのシマで、ほんとうはシャブをうっているのではないか。組のシノギは。
 山本 土木。
 検察官 博打と金融じゃないのか。
 山本 違う。

 組のシノギはともあれ、組に無断で密売している外国人をやっつけるという安藤の提案に対し、山本は同意し、しめた後、「ケツをとろう」となった。

 弁護人 その後、ケツをとる。責任をとらせるという意味か。
 山本 そう。

 密売現場で、所持している現金、覚せい剤などを奪い、さらに、拉致して、かれらの組織に対して身代金を要求しようとも考えた。かれらなら、警察には届けないだろうと思った。

 検察官 売人が現金をそんなに持っていない。たかが10万、20万奪っても、あなたたちには金が残らない。さらうのが一番の目的ではないか。
 山本 まず、シマを荒らしているのでやらなきゃならない。というのと、売人だから、金を持っているだろうという目的。
 検察官 そんなにいっぱい持っているわけじゃない。そこら辺は。
 山本 さらおうと思っていた。その後のことは……。
 検察官 かれらのアジトに電話して、身代金を取るとなると、かなり大がかりなことになる。あなたの一存では決められないのではないか。組のほかの人間もしっているのではないか。さらってきた外国人はどこに置く。組の事務所かあなたの家か。
 山本 組には内緒ですから。
 検察官 身代金を得るための監視、受渡しなどの役目は。
 山本 決めてない。

 拉致して身代金を奪う計画はこのようにあやふやなものだったが、大和市内の小田急江ノ島線の桜ケ丘駅周辺で密売している外国人を襲うことになった。
 山本は「人数は多ければ多いほどいい」と仲間集めを安藤に指示する。安藤は、「うちの組の縄張りで、シャブを売っている外人を襲う」などと、パチンコ店従業員を襲う計画に参加した高橋、少年3人と、もう1人少年を加えた5人を誘い入れる。
 武器も手当たり次第にかき集めた。山本が組の幹部に犯行を打ち明けると、「道具を持っていけ」と拳銃を渡された。組事務所の仏壇から短刀を出した。ほかに、模造刀、金属バット2本、ハンマー、モンキーレンチなども車のトランクに詰め込んだ。
 8月31日午後11時ごろ、組事務所付近のファミリーレストランに集まり、1台の車に7人が乗り込んで桜ケ丘駅方面に出発した。しばらくして、安藤は、だれかと連絡し、密売人の携帯電話番号などを聞き出す。そして、高橋がその番号に連絡を入れる。

 弁護人 外国人をおびき出すため、二度、電話したか。
 高橋 しました。
 弁護人 あなたがかけたのはなぜか。
 高橋 以前、買ったことがありますから。

 連絡がついて、山本ら7人は待ち合わせ場所で密売人が来るのを待っていた。しかし、密売人はなかなか来ない。高橋が再度連絡する。ようやく、9月1日午前0時30分ごろ、車に乗ってやってきた。ライトで合図するので、後をついてしばらく走ると、密売人の車は大和霊苑前で停止する。山本らの車は、密売人の数メートル後ろに停車した。
 安藤は、「おれと山本君が客になって売人の車に乗る。すぐバシバシやってくれ」などといって、山本と一緒に車をおりた。山本は左ポケットに拳銃を入れ、上着の右袖には短刀を隠し持っていた。安藤も模造刀を隠し持って、密売人の車に近づく。
 すると、密売人が、「車に乗れるのは1人だけ」といってきた。そこで、「ごちゃごちゃやっていたらばれちゃう。すんなりいくように」と、山本が助手席から乗り込んだ。

 検察官 あなたは右袖に模造刀を隠し持っていた。もし、2人、車に乗れたらどうしましたか。
 安藤 いきなり、模造刀の柄でひっぱたいてやろうと。

 しかし、安藤は自分たちの車に戻り、山本だけが密売人の車の助手席に座った。車内には運転席に1人、後部座席に1人、あわせて2人の密売人がいた。山本にとっては予想外だった。こちらは1人、相手は2人である。2人が武器みたいなものを所持しているかどうかはよくわからなかった。
 ただ、外国人であり、自分より体格はよく、年寄りではないとわかった。後部座席にいた外国人が、「コード番号は」とあらかじめ電話で打ち合わせしていた客としてのコード番号を聞いた。山本は、「しらねえよ、そんなもの」といったかと思うと、持っていた短刀で、運転席にいた外国人の左大腿部を突き刺した。

 弁護人 あなたは、運転席の外国人の足を刺した。その前にやりとりはかなりありましたか。
 山本 ない。
 弁護人 何のために、足をねらって刺したのか。
 山本 おとなしくさせるために。
 弁護人 どうすれば、おとなしくなると。
 山本 刺せば。
 検察官 何で刺そうと。
 山本 自分は買ったことないから、流れがわからない。乗って、受け渡しだけかと思ったら、何かコード番号を聞いてきた。これはまずいと、番号しらない。とりあえず、2人、ちょっと脅しておかないとと思って刺した。

 足を刺したが、おとなしくなるどころか、刺された外国人は大声をあげて騒いだ。後部座席の外国人と一緒に、山本につかみかかり、殴り合いになった。「2人からつかみかかられて、ごちゃごちゃの状態」の中で、山本は運転席の外国人の左胸を目がけて短刀を突き刺した。

 検察官 体の真ん中を刺した。
 山本 ごたごたしてて、もういっぱいいっぱい。体の真ん中をねらったわけじゃない。一瞬、右手が自由になり、刺した。
 検察官 いっぱいいっぱいとは。
 山本 恐怖心。
 検察官 左胸にズブッと入ったか。
 山本 そうではない。何か刺さったという感じはあった。

 一方、自分たちの車に戻った安藤は、車内にいた5人に、「あの車が揺れだしたら、すぐにいこう」といった。まもなく、密売人の車が騒がしくなった。山本がやられているようだ。
 安藤、高橋ら6人が車から飛び出し、車のトランクから武器を取り出した。安藤は、かれらの逃走防止のため、相手の車をパンクさせようと、模造刀をタイヤに突きたて、前輪と後輪をパンクさせる。高橋は、ボンネットに飛び乗って、フロントガラスを金属バットで叩き割った。ほかの少年たちは、モンキーレンチ、ハンマーなどを手にして車を壊し、金属バットで後部座席の外国人に殴りかかった。
 後部座席の外国人は大声をあげながら、必死に抵抗する。逆に金属バットを奪いとり、山本目がけて振り回す。額にあたり、山本の額ははれあがる。運転席から身を乗り出して、山本は短刀でその外国人の右腹部を刺す。

 検察官  右脇腹を刺して、おとなしくなったか。
 山本 はい。ひょっとしたら死んだかもと。

 2人がぐったりしたのを見て、山本らは目当ての金を探した。高橋が運転席の男、山本が後部座席の男の体を探る。高橋が財布を1つ見つけた。その中には、1万円、千円札、ドル札などで1万3000円ぐらい入っていた。後部座席の男も7000円持っていたが、山本らは気がつかなかった。
 車からおりた山本は、車の後部ガラスの割れた部分から、拳銃を向けて、後部座席の外国人を撃とうとした。しかし、「もう、こいつは死んでいる。警察がくる。早くいこう」と仲間にいわれてやめる。「逃げるぞ」「帰るぞ」といいあって、約20キロ離れた鎌倉の稲村ケ崎海岸に行き、拳銃以外の凶器を投棄した。
 密売人を殺傷したものの、わずかな金を奪ったに過ぎなかった。ところが、山本は密売人の車の助手席に財布を残してきた。争ったときに落としたのだろう。財布の中には、山本のキャッシュカード、名刺、現金が入っていた。ここからアシがつき、山本らは順次逮捕される。

(2021年11月12日まとめ・人名は仮名)




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