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法廷傍聴控え 中国人トカレフ所持事件1

昔、こんな事件がありました。

1990年代、日本を騒がせた拳銃事件の主役ともいうべき拳銃が、大量密輸で日本に持ち込まれた中国製自動装填式拳銃・トカレフであった。
 横浜でも、トカレフが押収された。『読売新聞』(99年2月16日付夕刊)によると、99年2月15日夜、神奈川県警銃器対策課、横浜水上署は、横浜市内の路上で、実弾7発入りのトカレフを所持していた中国人の陳明成(27)を逮捕した。

「横浜・伊勢佐木町で、銃を売りたがっている外国人がいる」という情報が県警に寄せられ、捜査員が警戒中、挙動不審の陳容疑者を発見し、職務質問した際、ズボンの腰の部分にトカレフを差しているのを見つけたという。

 逮捕から約2カ月半後の99年5月6日、横浜地方裁判所で、陳の初公判が開かれた。白いトレーナーの陳は坊主頭でスリムな長身。傍聴席には、この日、情状証人として立った、いとこの女性ら数人が座っている。

 検察官が起訴状を読み上げる。

 1つは、トカレフと実弾7発を所持した銃刀法違反であり、もう1つは、90年10月、福建省出身の被告は、日本語を勉強するため、就学ビザで入国したが、滞在期限の91年4月を過ぎても、資格の変更などをしないで、不法残留したという入国管理・難民法違反だ。

 陳は、「間違いありません」と認める。

 続いて、検察官が証拠の要旨を告知し、トカレフや実弾について、「これはだれのものですか」と聞く。陳は、「林海威という友達のもの」と答える。「預かっていたのですか」「はい」。裁判長が、「預けたという男は特定していますか」と検察官に尋ねると、「特定できていません」と答える。

 この後、横浜市内に住むいとこの女性(29)が証言席につく。
「中国にいるときから被告をしっていました。非常にやさしい性格で、法に触れることをしているとは夢にも思いませんでした。二度と犯罪をしないように忠告します」などと述べた。
 彼女は、92年6月に来日したが、日本人と結婚し、女の子を1人産んだ。その後、離婚し、別の日本人と結婚し、男の子を1人産む。

 この経歴のためかどうか、検察官が次のよう質問をしたので、驚いた。

 ──偽装結婚というのが多いので聞くのですが、そうではありませんか。
「違います」

 彼女はきっぱりと否定した。

 被告人質問は、第2回公判の5月17日に行われた。弁護人から尋ねる。

 ──なぜ、日本語を勉強しようと思ったのですか。
「小さいとき、家が貧しい。もっと勉強して何とかしようと、兄の友人に頼んで手続をしてもらいました」
 ──学校に実際に行ったのですか。
「行きました」

 しかし、4カ月か5カ月で行かなくなった。

 ──どうしてやめたのですか。
「生活費、学費を稼ぐためにアルバイトをしました。1日10時間働き、疲れて、学校に行く気力がなくなりました」
 ──どんな仕事をしていましたか。
「パチンコ店員、ラーメン屋、会社員などです」
 ──店を自分でやるということもありましたか。
「ありました」
 ──どういう店ですか。
「スナックみたいな、酒のお店です」
 ──証拠の中に、日本の暴力団組員のらしい名刺が何枚かありますが。
「私がスナックを経営していたとき、ヤクザに保護の費用を渡しました。そのときに、ヤクザがくれたものです」
 ──暴力団が、金をせびりにきたのですか。
「はい。金を払わないと、店も営業できないといわれました」

 暴力団にみかじめ料を払ったことはあるが、暴力団に仕事を頼んだり、つきあったことはないとも述べた。ただ、逮捕されたとき、トカレフ、暴力団の名刺以外に、小切手、借用証なども所持していた。

 ──拳銃はだれのものですか。
「林海威のです」
 ──あなたのものではないのですか。
「はい」
 ──なぜ、林から拳銃を預かったのですか。
「5、6年前、友人の紹介でしりあい、その後、つきあいがはじまりました。彼が一時帰国し、結婚するので、保管してくれと頼まれました」

 預けたいものがあるので会いたいと電話でいわれ、2人でタクシーに乗ったとき、林から見せられた。

 ──それで、預かるものが拳銃とわかったのですか。
「タクシーで見せたといいましたが、拳銃はタオルで包んであって、少しだけ開けてみせてくれました。断ることはできませんでした」
 ──林はどういう人ですか。
「以前、台湾で黒社会に入ったことがあります」
 ──この拳銃を持っていて、あなたにとって何か利益があるんですか。
「ありません。拳銃は非常に危険性が高い。断りたいけど、『1カ月か2カ月で帰ってくる。嫌だったら、早めに戻ってくる』と話していました」

 セカンドバッグに入ったトカレフと実弾を受け取り、自分の住んでいる横浜市内のアパートに持って帰った。最初、トカレフを冷蔵庫の冷凍庫部分に隠した。

 ──どうしてですか。
「アパートには1人同居人がいますが、彼は料理をつくれません。冷凍庫の中に入れたら、彼もわからないと思いました」

 しかし、知人の劉永昌がアパートにやってきた。陳、同居人、劉の3人は、小学校のクラスメートだった。劉は自分で料理をつくる。冷蔵庫を開けて料理をつくろうとして、トカレフを見つけたのだ。

 トカレフを手にしている劉を見て、陳が、「危ない。林は触れると危ないといっていた」と声をかけた。すると、「大丈夫。中国で扱ったことがある」と劉は答えた。

 ──あなたは、これまで、拳銃を見たり、触ったことはありますか。
「ありません。学校を卒業して、すぐ、日本にきました」

 陳は、拳銃の隠し場所を変えることにして、トカレフをごみ袋に入れて、ある神社の人目につかないところに隠す。

 ──どうしてですか。
「彼がほかの人に話したら困ると思ったからです」
 ──劉となかよくつきあっていましたか。
「ありません。最初から彼のイメージはよくありません。中国国内で何でもする人でした」
 ──劉は、日本でどういうことをやっていたのかしっていますか。
「よくわかりませんが、アパートの同居人と一緒に日本にきました。『日本で、窃盗とか悪いことをして生活している』と話していました」
 ──証拠の1つに、いろいろ数字が書いてあるメモがありますが。
「わかりません。劉がアパートに忘れたものです」
 ──どういう意味の数字か、聞いたことはありますか。
「時計の番号とか聞きました」
 ──劉が盗んできた時計の番号ですか。
「それは聞いたことはありません」
 ──劉に2回拳銃を渡したことがありますか。
「はい」
 ──劉が拳銃を貸してくれないと、何かするといったことはないですか。
「アパートにきて、冷蔵庫で、拳銃を見つけられず、『拳銃をどこにやった』『人に返した』といったら、殴られました」

(2021年12月2日まとめ・人名は仮名)



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