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法廷傍聴控え 中国人トカレフ所持事件2

 劉は林をしっている。劉は、林がしばらく帰ってこないから、拳銃を貸してくれと強要する。

 ──それで、断れなかったのですか。
「はい。殴られた後、自分のアパートに帰ることもできず、帰ったら、頻繁に電話がかかってきました」
 ──劉は素行の悪い人のようですが、拳銃を渡すと、日本で悪いことに使うとは思わなかったのですか。
「そう心配していました」

 トカレフを渡すとき、「拳銃を使わないように」と劉に念を押した。劉は、「おれのことを信用しろ」と、トカレフから実弾を取り出し、ポケットに入れた。このようなことで、2回、劉に拳銃を貸したという。

 ──逮捕のときのことですが、劉から、どういう連絡がありましたか。
「朝11時ごろから夜まで20数回、電話がかかってきました。『林は16日に戻ってくる。直接、自分が拳銃を彼に返すから、早く渡してくれ』といわれました」

 劉は、ヤクザから頼まれた取り立てに使うためともいっていた。

 ──最初は、断っていましたか。
「夜9時ごろまで、しつこく電話がかかってきました。その日は旧暦の大晦日でしたが、『渡してくれないと、来年は暮らすことができなくなる』といいました」

「渡したら、すぐ、帰っていい。1分か2分ですむ」ともいわれ、そこで、隠し場所である神社に行って、拳銃と実弾を持ち出す。劉の指定する待ち合わせ場所の伊勢佐木町に向かう。

 ──結局、そうして逮捕されましたが、当時、劉は警察の情報提供者だったと思われます。このことは、逮捕前にわかっていましたか。
「しりません」
 ──劉に個人的な恨みをかうことはありますか。
「ありません」
 ──拳銃を実弾つきで預かったことについて、反省していますか。
「はい」
 ──劉に2回も貸しましたが、これについても、反省していますか。
「はい」
 ──いままで、警察、拘置所にいて、反省しましたか。
「非常に後悔しています。だから、丸坊主にしました」
 ──今後、中国でどうするつもりですか。
「料理店を経営したい。帰国して、まじめに暮らしていきたい」

 検察官の質問に移る。

 ──逮捕されたとき、劉から拳銃を貸してくれといわれ、現場で一度会ったが、劉が電話をかけてくるといって立ち去り、そこに警察がきて、逮捕されたのですか。
「拳銃を持って指定場所にいき、彼と会い、まだ、拳銃は渡していません。『あとで、駅で渡してくれ。いま、車を見にいってくるから』といって、3、4メートル離れたら、警官が私を逮捕しました」
 ──警察官の現行犯逮捕報告書では、1人で歩いてきたとなっています。ほんとうに劉と会ったんですか。
「逮捕の翌日ですが、『きのう、なんでもう1人を逮捕しなかったのか』と警察に聞きました」
 ──逮捕されそうになったとき、腰から拳銃を取り出そうとしませんでしたか。
「拳銃はズボンのポケットに入れていました。寒いから、手をポケットに入れていましたが、後ろから5人がかかってきました」
 ──林は、どうして拳銃と実弾を入手したのかしっていますか。
「話してくれません」
 ──林は、日本でどういう仕事をしていたとか、住所はしっていますか。
「東京、大阪に住んでいて、1年前から関東地方にいるとか」
 ──関東のどこですか。
「新宿に住んでいるが、詳しいことはしりません」
 ──どんな仕事ですか。
「話してくれません。ただ、『自分の姉は新宿で料理屋をしている』といっていました」
 ──林の本名をしっていますか。
「しりません。毎回、日本にくるとき、違う名義のパスポートを持ってきます」

 林は、3年前、大阪で逮捕され、強制送還されたことがあるという。

 ──あなたは、林に連絡をとったことはありますか。
「今回、彼が中国に帰ってすぐ、1回か2回、電話しました」
 ──林が日本に帰ったら、どうやって、拳銃を返すのですか。
「彼は必ず取りにくるでしょう」
 ──林が日本に帰ってこなかったらどうするつもりでしたか。
「いくつもパスポートを持っているので、必ず帰ってくると思いました。帰ってこなかったら、処分しようと思いました」
 ──あなたに拳銃をあげたのではないですか。
「それは不可能です。必ず帰ってきます。『なくしたら、いけない』と強くいわれました」
 ──預かっているうちに、自分のものだと思いはじめ、それで、劉に貸したと、捜査段階で供述したのではないですか。
「そう答えていません」

 裁判長も次のような点を質した。

 ──どのような収入で生活をしていたのですか。
「以前の蓄えです」
 ──いつごろまで蓄えたのですか。
「この数年間、国に送金しませんでした。その蓄えです」
 ──まだ、たくさんありますか。
「友人のところに、預けています」
 ──たくさんありますか。
「4、500万、預けています。手元にあると使う可能性があるので、預けています」
 ──警察で、最初の調べのとき、「私の財産、貯金はない。友人から少なくとも160万の借金がある」と述べていましたが。
「通訳が間違ったのかどうか。『借金あるか』と聞かれ、『2、300万を貸したことがある』といいました」
 ──劉は、どこに住んでいましたか。
「拳銃を隠した神社の近くです」
 ──警察に話しましたか。
「いいました」
 ──劉は、警察に調べられましたか。
「調べられません。『いま、横浜にいない』と警察がいうから、『東京のある友人のところにいる』と話しました。すると、『劉を逮捕してもらいたいのか』といわれました」
 ──何と答えましたか。
「もちろん、逮捕してもらいたいといいました」
 ──伊勢佐木町で逮捕されるとき、逃げようとしませんでしたか。
「しません。いきなり、後ろから、5、6人に逮捕されました。地面に押しつけられ、動けない状態で、逃げるのは不可能でした」

 弁護人がもう一度、被告に質問する。

 ──私から調書のことを教えられ、内容が違うと、随分、憤慨していましたが。
「はい。非常に怒りを感じました。裁判官に1つだけ申し上げたいことがあります」

 突然の申し出だが、裁判長は、「はい、どうぞ」と促す。

「ことしの2月19日、取り調べていた警察官から、『500万渡してくれれば、お前は早く中国に帰れるよ』といわれました」

 これに対して、陳は、そんなには無理、200万だったらと答えたそうだ。これが真実かどうかは不明だが、この一問一答で、陳の怒りはおさまったようだ。

 ──劉に拳銃を貸すことについて、劉がそれで金をもうけていれば、その分け前をもらうということは事実ですか。
「そういうことは一切話したことはありません」
 ──劉の分け前は、あなたがもらうのか、ほかの人がもらうのですか。
「私にくれない。彼と一緒にやった人」
 ──林に分け前を渡すと、劉がいっていたことはどうですか。
「あります」

 裁判長も被告に対して、丁寧な言葉で問いただしていく。

 ──不法残留が長い。これまで、帰ろうと思ったことはありませんか。
「日本にきてすでに9年です。ことしの3月か4月、友人と小さな料理屋を経営しようと思っていました。そうでないと帰るつもりでした」
 ──どうやって。
「入管に出頭します」
 ──料理屋を経営できれば、ずっと、日本にいるつもりですか。
「うまく経営できれば。ただ、両親は両方とも70歳ですが、身をかためろという話も出ています」

 6月10日の第3回公判で、検察官は論告求刑を行った。
「年齢30歳ぐらいの中国人の男が拳銃を持っているという情報から、2月15日午後8時30分から張り込みを開始した。伊勢佐木町のパチンコ店付近に、午後9時20分ごろ、被告があらわれた。

 1人でやってきて、付近にはだれもいなかった。職務質問したところ、逃走したが、自己転倒して逮捕される」

「劉がいたというが、張り込み捜査した警察官は、被告が1人できた、付近には劉はいなかったと述べている。この点は、被告が虚偽供述をしている」

「被告は暴力団と結託し、借金の取り立てをしていたと思われる。また、拳銃は護身用として持っていた」「劉は特定できていない」

「拳銃携帯所持は明らかなうえ、処分できるまでに立場を確立していた。拳銃は裸のまま携帯し、逮捕されるとき、使用しようとするそぶりを見せた」

「不法残留期間も7年10カ月と長い」などと列挙し、懲役5年を求刑した。

 これに対し、弁護人は、「友人の林から強引に預けられた」「陳は密航船できた密航者と思われ、盗みを繰り返しているとも思われる不審な人物。素行が悪いので、被告は敬遠していた。しかし、拳銃を貸した。

 また、劉は警察の情報提供者として、きわめて不審な行動をとった。当日、携帯電話でしつように拳銃を要求した。しかたなく、被告は、拳銃を渡すため、劉の指定場所に向かった。劉の罪を問わず、被告を逮捕した。捜査方法に疑問が残る」
「暴力団とはかかわりがない」「被告の反省をくんでほしい」と最終弁論を行った。

 陳は、「裁判官、検察官、私が林に頼まれて拳銃を保管したのは軽率でした。劉に貸したことも後悔している。しかし、拳銃を使った事件が発生せず、不幸中の幸い。できるだけ早く、国へ帰りたい。国に帰ったら、二度と悪いことはしません」。

 最後に、「すみませんでした」と、この部分だけは、通訳を介さず日本語で述べた。

 7月15日、やはり、傍聴席の最前列には、いとこの女性がいる。被告のことを身を乗り出すように見つめている。裁判長が主文を読む。懲役4年、未決算入90日。

 言渡しを終えると、裁判長は、「刑が確定したら、まじめに服役して、1日も早く本国へ帰れるように努力してください」と述べた。陳は控訴せず、確定した。(了)

(2021年12月3日まとめ・人名は仮名)


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