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法廷傍聴控え 拳銃運び屋事件2

 1回目の密輸に成功したので、デリアは、「お金が必要なので、もう1回やろう」と提案し、2人はその気になっていた。また、税関で仕事をしているハリーが船にやってきて、また密輸の話をしたので、2回目もやろうとなった。
 99年3月4日の夜、ポンドンが、「今度は鉄も持っていく」とデリアに話しかけた。隠語で、拳銃のことを鉄、大麻のことは野菜というようだ。報酬は、全部で20万ペソ。

 3月5日の午後、ダニーと50歳ぐらいの男が、細長いスポーツバッグとショルダーバッグを運んできた。ポンドンが受け取ったが、デリアは機関室にいたので、立ち会わなかった。
 その日の夜、船はマニラ港を出港し、インドネシアのスラバヤ港に向かった。スラバヤ港に入港したのは、11日。2つのバッグは南京錠で鍵をかけられていた。1回目は鍵をかけていなかった。そこで、鍵を壊して、中身を確かめた。
 乾燥大麻が20個の透明な袋に入り、それを数個ずつ黒い袋に入れてあった。大量にあるということはわかった。

 ──拳銃は10丁入っていたのをしっていましたか。
「私の見たところ、5つでした。スラバヤから、ダニーに連絡したとき、『10個あるよ』といわれました」

 拳銃は1個ずつ包まれ、実弾も入っていた。「バッグを触ってみたら、ティクティクという音がしているので、実弾だとわかったが、何個かはわからなかった」。

 ──デリアはあなたと一緒に逮捕されたが、バッグの中身についてはしらないといいましたが、どう思いますか。
「それはうそです。船の中で、2人でバッグを開けて見たので、はっきりわかっていると思います」

 ともあれ、密輸の中身は、野菜と鉄だった。
 スラバヤを出た船は、ジャカルタ、台湾の高雄、香港を経由して、3月24日朝、横浜港の本牧ふ頭C突堤に入港する。

 2人は下船して、シーメンスクラブに行く。そこの売店で、国際電話に使うテレホンカードを買う。ポンドンは、テレホンカードの使い方をしらないというので、デリアがダニーのところに電話をかける。呼び出し音が鳴ると、ポンドンとかわった。
 電話を終えると、ポンドンは、「バッグを受け取る人が、そろそろ来る」と、デリアにいった。やがて、シーメンスクラブの入口に、2人の男がやってきた。2人ともサングラスをかけ、ひげをはやしていた。2人の名前は判明していない。
 シーメンスクラブの中のテーブルに4人で一緒に座った。1人の男が、「バッグ2つ持ってきたか。拳銃入っているか」とポンドンに聞く。ポンドンが、「拳銃10丁入っている」と答えた。そこで、バッグを船から下ろす時間は昼の12時10分と決めた。かれらが船の停泊している突堤の近くに車で来て受け取るという手はずにした。
 口頭だけでなく、テーブルにあった紙ナプキンにも、報酬は70万円、船から下ろす時間、船の階段から待っている車までの簡単な図面を書いた。2人はかれらの白い乗用車で、突堤の入口まで送ってもらった。
 船に戻って、約束の時間が近くなると、ポンドンが、隠し場所からバッグを取り出せとデリアに指示する。デリアは、2つのバッグを、機関室近くの隠し場所から取り出した。

 2人が1つずつバッグを持ち、船から下りる前、突堤に約束の白い車が来ているのを見た。シーメンスクラブで顔をあわせた相手側の2人の男のうち1人が、車から下りたのも見えた。運転席に人がいたが、シーメンスクラブのもう1人の男だったかはわからなかった。
 2回目の密輸は成功するはずがなかった。この船に関する密輸情報を得た横浜税関が、この日午前8時過ぎから、船員の動きをマークしていた。

 2人がバッグを持って船のタラップを下りて間もなく、職務質問された。2人はバッグを海中に投棄し、逃げだしたが、すぐに逮捕される。そのとき、白い車が逃げ去った。税関の要請に応じて、神奈川県警も張り込んでいたが、白い車の逃走を阻止することはできなかった。
 これが、2人の密輸の概略である。

 ──これから、船員として働く意思はありますか。
「はい。家族を食べさせなければいけないので」
 ──船の仕事だと、密輸がらみの話、誘惑がこれからもあると思いますが、どう対処しますか。
「絶対、同じことを繰り返しません。深く反省しています。二度としません。申しわけありません」
 ──1日も早くフィリピンに帰って家族に会いたいですか。
「はい」
 ──二度とこういうことをやらないと、この場で約束してくれますか。
「はい。絶対に繰り返しません。深く反省しています。申しわけないことをしました」

 検察官も続けて質問をする。

 ──あなたは、密輸が怖かったといいましたが、ボスはどういう組織の人間かわかりますか。
「わかりません」
 ──密輸は当然ですが、大麻、拳銃の所持も違法です。日本で、どういう人の手に渡ると思っていましたか。
「それはわかりません。ただ、指示どおりにやっていました」
 ──暴力団の手に渡るとは思わなかったのですか。
「考えたことはありません」
 ──共犯者がフィリピンに何人もいます。帰って、きちんとした職業につくことができますか。
「悩んでいます」

 裁判長も細かく質問した。

 ──船の中では、あなたと同じような船員は何人乗っていましたか。
「18人ぐらい」
 ──そのうち、フィリピン人は。
「16人」
 ──ハリーらが、あなたに悪い話をもちかけましたが、なぜですか。
「私たちの給料が一番低いからです」
 ──そのほかに、エンジンルームで働いているとか、理由はなかったのですか。
「それはわかりません」
 ──ハリーらから、荷物を受け取り、船の中でバッグを開いてみましたが、理由は、鍵がかかっていたからですか。
「ほかのものも入っているんじゃないかという理由です」
 ──どんなものが入っていると思ったのですか。
「鍵がかかっているので、爆発するものでも入っていたら困ると思いました」
 ──フィリピンでは、拳銃を使って、人を殺したり、傷つけたりする事件はありませんか。
「あります」
 ──日本では一般の人が拳銃を持つことは厳しく罰せられることをしっていましたか。
「逮捕されてしりました」

 ポンドンとは別に、7月15日、デリアの第2回公判が開かれた。デリアは、初公判で全面否認したが、ここでは一転、起訴事実を全面的に認めた。
弁護人が質問する。

 ──1回目の公判で、しらなかったと述べたが、なぜ、事実を認めるようになったのですか。
「実は、逮捕されたとき、ほんとに緊張しショックでした。ちゃんとした考えができないで、警察、税関に対して認めないことにしていました。公判がはじまったとき、そろそろほんとのことをいおうと思っていましたが、いう勇気がなく、いえなくなってしまいました。
 公判が終わってからいろいろ考え、これ以上うそをいってもどうにもならない。悪いことをして、反省の気持ちも持っていました。これをきっかけにして、ほんとのことをいおうと、認めることにしました」
 ──途中で、供述をかえられないということもありましたか。
「いままでの供述をかえると、余計、私の刑が重くなると、ずっと思っていました」
 ──フィリピン大使館の人が、あなたに面会したとき、ほんとうのことを話したのですか。
「はい」
 ──本件の前に、大麻を密輸したのは間違いありませんか。
「はい」

 そのときの報酬は、45万円だった。月給は約5万円で、大体、ポンドンと同じぐらいだから、デリアにとっても、いい儲け仕事であり、「魅力あるもの」だった。

 ──ポンドンがフィリピンの送る側の人と接触し、あなたは、船の中で隠したり、持ち運ぶ役割でいいですか。
「はい」
 ──本件で、拳銃を持っていくのに、20万ペソでは安いと、文句をいったことはありませんか。
「私は文句をいいました。ポンドンの話では、大麻15キロ、拳銃10丁を密輸するということでした。20万ペソじゃなく、25万ペソがいいといいました」
 ──しかし、それで約束してきたというので、ポンドンの話を承諾したのですか。
「はい」
 ──船に乗るについて、密輸はいけないという講習は受けましたか。
「はい」
 ──フィリピンの風習では、結婚の際、親族、友人に、きちんと披露しないと認めてもらえないことがありますか。
「はい」
 ──あなたは、披露をまだしていない。披露のためのお金がほしいと、ポンドンにいったことはありますか。
「あります」

 続いて、検察官が質問する。

 ──1回目の報酬じゃ足りなかったのですか。
「私の報酬の45万円のうち、4万円は、大阪で中古の電気製品を買い、1万円はポンドンに渡しました。40万円はペソに両替し、それを妻に渡して、家を建てました」
 ──ほかに、披露宴、車の修理にお金が必要だということですか。
「はい」
 ──1回目の密輸で、あなたが45万円もらったとすると、ポンドンは35万円ですか。
「はい」
 ──ポンドンより多くもらったのは、もう一度やるからということですか。
「ポンドンがいうには、5万円は前払いという形でした」
 ──1回目よりも前に、密輸をやったことがありませんか。
「私はありませんが、ポンドンは拳銃を運んでいるという話を聞いたことがあります」
 ──だれから聞きましたか。
「ポンドンからです」
 ──いつですか。
「去年(98年)の11月か12月、ポンドンが密輸の話を持ちかけたときにいいました」
 ──以前、拳銃を密輸したことがあるということですか。
「はい」
 ──いつ、どのくらい、報酬の件などは話しましたか。
「私が船に乗る前のことで、拳銃は10丁で、10万ペソを受け取ったといっていました」
 ──拳銃はだれから手に入れたのか、今回と同じですか。
「ダニーという人から」

 この話は、これ以上進まず、真偽のほどは不明だ。

 ──大麻、拳銃、実弾が、日本ではどういう人たちが手に入れると思っていましたか。
「ポンドンから聞いたが、ヤクザの手に入るといいました」
 ──ヤクザに渡すのはいいことだと思っていましたか。
「よくないことだと思います」
 ──ヤクザがどういうものかしっていましたか。
「悪い人たちの組織です」

 裁判官も質問する。

 ──家に帰って、お金と電気製品を渡したのですか。
「はい」
 ──奥さんには、どう説明しましたか。
「日本からフィリピンまで、オートバイを運んで売った代金だといいました」
 ──奥さんは、納得しましたか。
「はい」

 デリアが全面的に認めたため、7月29日の第3回公判では、再び、ポンドンと併合審理となり、検察官の論告・求刑、弁護人の最終弁論が行われ、2人とも懲役13年、罰金200万円の厳しい求刑をされた。9月16日の第4回公判で、2人に判決が下された。犯罪組織の末端の運び屋として、懲役10年、罰金200万円というものだった。2人は控訴せず、確定した。(了)

(2021年11月30日まとめ・人名は仮名)

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