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[2018年5月6日日曜日]無意味さの中に意味がある

 無意味という言葉の中には、『意味』があります。
 有から有は生まれません。無の中に、無とは違うものがあり、それを有と呼ぶのです。
 有意義な日々を過ごしたいのなら、無意味と感じられる時間も必要だと思います。

肯定
 テツガクちゃん、毎日を有意義に過ごせていますか?
 

テツガクちゃん
 そうですね。
 なんてことのない毎日ですが、私になりに精一杯過ごしているので、満足していますよ。

 満足できないことがあっても、そのことに満足しています。
 なぜならそれは、まだ伸びしろがあるということですからね。


肯定
 さすがだね。
 誰だって、日々を有意義に過ごしたいよね。
 だから、『無駄なことは極力なくせたら』と、僕みたいに考えるのかな?

 だけどね、有意義に過ごすには、その『無駄』が必要なんですよ! きっと!


テツガクちゃん
 それは、どういうことですか?
 無駄をなくす事は、素晴らしいことではないのですか?


肯定
 僕もそう思ったんだよ。
 だから、無駄をカットして作業を詰め込んだら、全く力が発揮できなかったんだよ。
 おかしいな、と思ったんだけど、そのまま続けたら全く進まなくなってしまって……。

 無駄な時間といいますか、無の時間は有を生み出す大切な時間だったんだ、と気づかされました。


テツガクちゃん
 たしかに、そうかもしれませんね。
 
 無意味という言葉の中には、しっかり意味が隠れていますよね。
 これはある意味、『無意味の中に意味がある』と捉えることもできますね。


肯定
 そう、それ!
 
 無駄、という言葉は無と駄で成り立っているよね?
 無は何もない。
 駄は値打ちがないもの、つまらないもの。
 他に、駄というのは、昔荷物を量るのに用いられていたらしい。1駄という具合に。
 
 その1駄にも満たないものが、無駄なものだったのかもしれない。
 だけど、その1駄に満たないものが集まれば、1駄を超える可能性がある。


テツガクちゃん
 そうですね。
 意味があるものは、それ以上になりませんが、無意味なものは意味があるものに変わる可能性があります。

 だからこそ、無意味と思われることを、意味のあるものに変える可能性を考えましょう、ということですか?


肯定
 もう、お見通しだね。
 有意義な日々を過ごしたければ、時には無意味な時間を持つことも大切だと思うんだよ。

 有は有からは生まれない。無の中に無ではないものがあるから、それを有と呼ぶ。
 だから、無の空間がないと有は現れない。
 
 部屋だってそうだよね?
 スペース(空間)がないと、家具は置けないよね?

 断捨離という言葉がありますが、時間の断捨離は無駄な時間をカットすることではなく。行っている作業を見直して、不要な作業を減らす方が、精神に調和をもたらす気がします。

 有意義に感じている時間をカットするのは、少し抵抗があると思いますが、無駄な時間があれば、また新しい有意義な時間との出会いがあるはずです!

 ということで、僕も時間の断捨離に挑戦してみようと思います!

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それでは、また次の機会にお会いしましょう。


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