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友達がシンドい時、甘いものをあげるという正解。

友達に「シンドいこと」が起きた時、なんと声を掛ければ良いかって難しい。

人間生きていれば、好きな人にフラレれたり、誰かに裏切られたり、職を失ったり、重い病気に罹ったり、家族が死んだりと、シンドいことは定期的に起きるものだ。

自分自身にシンドいことが起きた時は、「ぐえ〜」とか言って自分で苦しんでいれば良いだけなので特に問題はない。
だが、誰か周りの大切な人たちにそれが起きた時、うまく立ち回ることが出来なくていつも困ってしまう。

焦ってラインで長文を送ってしまったり、役に立たないアドバイスをしてしまったり、無駄にたくさん励ます言葉を押し付けてしまったりする。
こういう時、「どうにかしてあげないと」というお節介が、相手の気持ちを追い越してしまっているのだ。

そうやって失敗する度にあとで反省をするのだが、「なんて声を掛けるのが正解だったのかなー」と答えは出ずに、モヤモヤするのだった。
しかしおれはある出来事がキッカケで、これに対する一つの「正解」を見つけた。




それは、コロナが流行り出してみんながピリピリとしていた時期のことだった。

おれは元々友達だったある女性のことを好きになった。
理由が単純なのだが、緊急事態宣言でお互い家にいる時間が増えて、良く電話をしているうちに惹かれてしまったのだ。

高まった自分の気持ちを伝えると、被せ気味で「え、マジで?ごめん恋愛的にはぜんぜん眼中にないわ!」とストレートパンチをノーガードの顎に貰い、おれは呆気なくノックアウトされた。
結果的には一ミリも脈はなかったようだったが、真剣だったおれにとっては「シンドいこと」であった。

社会的にも個人的にも閉塞感の中にいた当時だったので、なおさらだった。

消沈しながらも、おれはtwitterで、『いま!!!フラレました!!!マンガがんばりますううう!!!』

と、つぶやいた。
我ながらダサい。

すると、次の日夜21時過ぎに突然TwitterのDMで『コスモ・オナン』という名前のアカウントから「今から甘いものをご馳走します。」とメッセージが来た。
一応、失恋したおれを励ますつもりのようだった。

このコスモ・オナンとは、共通の友達がいたこともあり相互フォローの状態だったのだが、一度も絡んだことがなかったしもちろん実際に一度も会ったこともなかった。

おれがこの時コスモ・オナンについて知っていることと言えば、自身のあほエロ体験談を大量にnoteに上げていることと、「自称占い師見習い」であるということのみであった。
かなり怪しい。

そのDMに「なになになにこわい」と返したのだが、「失恋には甘いものっしょ!」と一向に引く気がない。
根気負けして一応「会いましょう」ということになったのだが、コロナの時期だったのでカフェや居酒屋も時短営業で空いていなかった。

日をズラす提案もしてみたのだが、「今日っしょ(圧)」と文字通り圧を掛けられ、結局その謎の占い師見習いはおれのアパートに来ることになった。

面識もないのに急にDMが送られてきて、その1時間後にはおれの最寄駅で集合して、しかもこの後おれの部屋に来る。
「こいつマジで頭おかしいのか」とか駅前で考えていたが、ナンダカンダでそのコスモ・オナンとやらを迎えに来ているこちらもこちらである。

コスモ・オナンは、ケーキが入った箱を片手に西荻窪の駅に爆笑しながら現れた。

家に着くとそのケーキを食べながらおれはひたすらその失恋話をした。
コスモ・オナンは「あーそうなんだー。」とか適当なことを言って話を聞いてくれた。

「しなかった」のか「出来なかった」のかはよく分からないが、特にアドバイスはせず、ただただ聞くことに徹してくれた。
この時のおれはかなりションボリしていたと後から教えてくれた。

この時のケーキはとてもおいしかった。
なんの言葉もなしに、ただ甘いものを持ってきてくれるというのは、何とありがたいことだろう。

その夜おれたちは一緒のベッドで、一ミリもまぐわうことなくお互い爆睡した。
翌朝、冷静になって「やっぱりこいつは一体なんなんだろう。」と思いながら、おれはコスモ・オナンを見送った。

ちなみにこのコスモ・オナンは今では、占い師として立派に独り立ちしている。
しかし、急に本名の『稲田万里』として小説家デビューしたり、ゴールデン街のバーテンをはじめたり、ウサンくさい大人たちと定期的にトークイベントをしたりと忙しない女である。




それから数ヶ月後のある日。

おれは、Kという女友達と連絡を取っていた。
Kは、その当時籍を入れてたばかりの新婚であった。

このKとはたまにご飯に行ったり、本を貸し借りするような仲だった。

その時、おれはKからある報告をされた。
Kの夫の父親(つまりKの義父)が亡くなり、さらにK自身の父親も危篤状態になっているというのだ。

入籍してすぐのふたりには、あまりにも重い出来事だったろう。

苦しいのはもちろん本人たちだろうが、本来関係の無いはずのおれにとってもショッキングなレベルだった。
だが、それと同時におれはコスモ・オナンが甘いものを持ってきてくれたあの時のことを思い出した。

おれの場合良くあるただの失恋だったので、切実さがぜんぜん違うのは重々承知であった。
しかし、だからこそおれが掛けられる言葉など何もないと思った。

それにおれは、Kという人間が時間を掛けて自分自身でなんとかする力を持っていることを彼女との付き合いの中で知っていた。

おれは西荻窪駅の中の紀ノ国屋に行き、焼き菓子を適当にいくつか買った。
相手は一応人妻なので、家に押し掛けるわけにもいかず、「旦那と一緒に食ってくれ〜」と小さな段ボールに詰めて送ることにした。

ついでにアパートにあった最果タヒさんの新刊もその中に詰めた。
万年金欠でもっぱら「本は古本屋で」派のおれに取っては、奮発して買ったお気に入りの本だったので手元に置いておきたい気持ちもあったが、「あいつを励ます為なら仕方ねー!」みたいな変なテンションになったのだ。

これで良いのかなと若干不安を感じながらも、おれはそれをKの住む場所に送った。



そして半年以上経ち、そんなこともすっかり忘れていたある日。
Kから「倍返しの気持ち!!!!」という勢いの良いラインと共に、Amazonの3000円分のポイントカードが送られてきた。

「その節はありがとう〜これで新刊で読みたい漫画買ってくれ〜〜!」
おれの誕生日のちょっと後だったので、そのプレゼントも兼ねてお礼を送ってくれたらしい。

単純に「やった〜ラッキ〜」という気持ちもありつつ、おれは少し安心した。
あの行動がほんとに正解だったのかは分からないが、もしかすると少しは役に立ったのかもしれないと思ったのだ。

結局、Kの父親も危篤状態から回復することが出来ず亡くなったというのは、別の機会に彼女から聞いていた。
Kもそれからしばらくは気持ちが落ちたらしいが、今は落ち着いて元気に過ごしているようだ。

それから、おれは周りの人に本当にシンドい何かあった時は、焦った勢いで何かを言ったりするよりも、まずは「ただ甘いものをあげる」と決めている。

甘いものの良いところは、ただ甘いだけで、意味も意見もないところだ。
それでいて、口にすればシンドいその人のエネルギーにちゃんとなり気持ちも支えてくれるだろう。

なかなか上手いこと言えない自分の言葉より100倍くらい信頼出来る。
THE BLUE HEARTSの甲本ヒロトさんは、「言葉はいつでもクソったれだけど」と歌っているがその通りだ。

それに精神的に下がっている時にこそ、「食べる」というフィジカル的なその行為は大事だと思う。
何より甘いものは、甘くておいしい。

シンドいことや悲しいことはない方がもちろん良いが、生きているとそうもいかないだろう。
おれたちは、そういうモノたちとうまく折り合いを付けながら生きていくより他ない。

甘いもの、おすすめです。
ぜひ。

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