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大人のキレ方。
おれはニーマルニーマル年、いやコロナで一年延期になったのでニーマルニーイチ年に「TOKYO」で開催された某国際的スポーツ大会のスタッフとして一週間ほどアルバイトをした。
そして、そこで「リさん」というおじさんと出会った。
このエッセイは彼に向けた感謝の手紙的な気持ちで書いた。
願わくば、おれがリさんに教えてもらった「大人のキレ方」が誰かの役に立てば嬉しいと思う。
2020年4月7日、それは日本で初めての「緊急事態宣言」が発令された日だ。
報道が出た時、ちょうど居酒屋で日払いのバイト中だったおれは、その場で「明日からのシフトは全部バラしで。」と伝えられ見事に職と収入源を失った。
それからは、とにかくいろんな仕事をして食い繋いだのだがその一つが、某国際的スポーツ大会の運営スタッフだった。
キッカケは友人の繋がりで、人材派遣会社の社員さんがアルバイトスタッフを探しているらしかった。
その担当者に連絡を取ると、すぐに働きに行くことが決まった。
結局おれがスタッフとして行ったのは「TOKYO」ではなく、「SIZUOKA」で行われたある競技の会場だった。
そこでは関係者の車の受け入れや案内、帰りの車の手配などの業務を行なった。
そこで同じポジションに配属されたのが、「リさん」だった。
リさんはある程度長い間この大会に携わっていたので、勝手が分かっていて仕事の出来る人だったが、ユーモアがあり、柔和で親しみやすかった。
いつも大量のバッジで覆われていたキャップを被っていて、それがリさんのトレードマークだった。
会場には世界各国の代表選手やスタッフや記者が集まるのだが、みんなそれぞれ自分の国やチームのオリジナルバッジを持って来ている。
それを貰ったりトレードしながら集めるのが、この大会に関わって働いているスタッフさんたちの一つの楽しみのようだった。
リさんもそのうちの一人だったのだが、収集していた数が桁違いだった。
現場で海外の大会関係者に素晴らしい対応をしては、その人にバッチをねだって上手に集めていた。
それに相手もリさんのそのキャップを面白がるので、みんな心良くバッジをプレゼントするのだった。
中にはバッジから紐が垂れている珍しいデザインのものも持っていた。
ちなみにその特徴的なキャップと人間なチャーミングさから、「ピクサーのキャラっぽい」というのがリさんに対するおれの印象だった。
おれとリさんはお互いなんとなく波長が合ったようで、仕事の合間はずっと雑談をした。
暇な時間が多かったが、連日炎天下に何時間も晒されていたので、そういう意味ではかなり過酷な現場だった。
リさんは日本生まれ日本育ち、朝鮮学校出身の在日コリアンであった。
朝鮮学校の仕組みや在日コリアンの簡単な歴史、現状のあれこれについて教えてくれた。
おれは井筒和幸監督の「パッチギ!」という映画が好きなので、その話でも結構盛り上がった。(京都の不良の高校生がひょんなことから朝鮮学校の少女に一目惚れして〜みたいなストーリーなのだが、名作なのでオススメです。)
映画なのでもちろん脚色はあるだろうが当時の朝鮮学校は本当にあんな雰囲気で、日本人の高校生不良グループと喧嘩みたいなことも実際に良くあったらしい。
そして現在リさんは、日本に来る外国人労働者へのサポートをする仕事をしている。
最近は話題に上がることも多い、「入管」と「外国人労働者」との間に日々立っているのだ。
不当な理由で強制送還させれそうになってまさに車に乗せられ空港に連れて行かれている外国人を、リさんが寸前のところで守ったこともあるらしい。
普段は遠い世界のことのように感じてしまうが、自分たちが生きてる社会と地続きの現実だ。
その他にも趣味やくだらない話もたくさんした。
リさんは大のサッカーファンでもあって、「日韓戦はどっちも応援する」らしい。
そんなこんなで、結局リさんとはすっかり仲良くなり、最終日には一緒に新幹線で東京まで帰ることになった。
駅に向かっていると、おれのスマホに一件の連絡が入った。
それは自分を雇用していた人材派遣会社の人からのラインだった。
今回現場で働くにあたり、おれはこの担当者とずっとやり取りをしていた。
“期間中お疲れ様でした!がんばって働いてくれたご褒美に東京の現場でのお仕事入れてあげます!“
という内容だった。
その文面を読んだおれは、「ん?」と思った。
「ご褒美」や「入れてあげます」という表現に強く引っ掛かったのだ。
おれはそれをリさんに見せた。
「うわ〜これはちょっとヒドいな。」
「ありえないですよね。あ〜マジで腹たつな最後の最後に。」
おれはそのまま愚痴を溢しながら新幹線に乗り込んだ。
そして、おれとリさんは通路を挟んで隣の席に座った。
最初はスタッフ用に配られた弁当を食べたり、スマホをいじったりしていたのだが、さっきのラインのことが頭から離れない。
そのうちにおれは段々と腹の奥から黒い気持ちが上がってくるのを感じた。
そしてみるみるうちにおれの身体は、足の先から頭までその黒いものでいっぱいになってしまった。
特に新型コロナウイルスが蔓延してからは、今回の「派遣」や「フリーランス」のように弱い立場で働く機会が多かった。
その中で不当な扱いを受けることもたくさんあった。
常に貯金はなかったし、鬱が悪くなり思うように働けないこともあった。
その間に借金もした。
おれはなぜこの担当者から「ご褒美」として仕事を与えられないといけないのか全く理解出来なかった。
おそらく悪気はなかったのだろうが、それがさらにこちらの怒りを強める。
この担当者の「仕事を与えてやっている」という無意識な感覚に反吐が出る。
雇用者と労働者は平等な立場であるべきだ。
法律や形式の上では確かにそうなっているのかもしれないが、しかし実際は仕事を貰う立場の労働者の方が圧倒的に弱い。
普段なら流せたのかもしれないが、連勤で疲労状態だったおれには無理だった。
「やっぱさっきのライン許せないです。おれキレようと思います。」
おれは、ウトウト寝かけていたリさんを半ば無理やり起こし、謎の宣言をした。
最初は眠そうなリさんだったがおれの表情をみてから、「よし」と隣の席から身を乗り出してきた。
そして、リさんは言った。
「大人には”大人のキレ方”というものがある。」
リさんに何かのスイッチが入った気がした。
それから彼はその「大人のキレ方」というのをおれに教えてくれた。
まずは、「怒っていること」と「そうでないこと」をちゃんと自分の中で分けることがポイントらしい。
そして感謝していることがもしあるのなら、まずそれを先に伝える。
そうすることで、相手に話を来てもらう土台を作るのだ。
それから感情に任せるのではなく、いつ何を言われて(されて)、どう感じたか、だからどうして欲しいのかを、”具体的”に相手に伝えることが大事だという。
「それでも誠実な対応をされなかったらどうすればいいですか?」
と、おれは質問した。
「その時は本格的にブチギレてOKです。何をしても大丈夫です。」
リさんはちょっと笑いながらそう言っていたが、目の奥は真剣そのものだった。
現場ではずっと優しくて丸い印象だったリさんだったが、その時は気迫があって少し圧倒されてしまった。
日本の中で在日コリアンとして生きてきたリさんは、色んなことを体験したり感じながら生きてきただろう。
だからこそ自分が弱い立場にいる時、感情が先行してしまってはこちらがさらに不利になるということを多分痛いほど知っているのだ。
弱い立場には弱い立場なりの「やり方」というものがある。
それは諦めて静観するということではなくて、むしろ現実の中でどう打開するかという「闘う姿勢」だ。
おれは、リさんのそういうクレバーな部分がかっこいいと思った。
相手が不誠実だった時、ブチギレて何をしても本当にOKかはちょっと分からないが、リさんがそう言ってくれたことは、とても心強かった。
おれは感情を理性で抑えながら、リさんが教えてくれた通りに文章を作って返信した。
こうやって相手に伝えにくいことを伝えるのは相当なエネルギーがいる。
なぜこちら側が配慮して伝えなければならないのかと悔しかった。
しばらくすると東京駅に着き、おれはリさんにお礼を言った。
そしておれたちは解散しそれぞれの生活に戻った。
例の人材派遣会社の担当者からは、程なくして電話が掛かって来て、「冗談のつもりでした。申し訳ありません。」とのことだった。
逃げずに、謝ってくれて良かった。
しかし、「冗談のつもり」でコミュニケーションを取るにはそれ相応の信頼関係というものがマストだ。
そして、それを見誤るやつにギャグセンスは一ミリもない。
とは言え自分が逆の立場になる可能性だって十分にあるので、反面教師として気をつけたいと思う。
なんでも、自分がその立場になると難しいものだ。
結局おれとリさんはそれっきりプライベートで会うことも連絡を取り合うこともしていない。
だが、おれはこの時のリさんの言葉や表情を忘れない。
リさん、改めて感謝します。
おれに「大人のキレ方」を教えてくれて本当にありがとう。
今も力になっている気がします。
※写真は当時撮った新幹線からの景色(行きの新幹線だけどね)
最後まで読んでくれてありがとうございます! ふだんバイトしながら創作活動しています。 コーヒーでも奢るようなお気持ちで少しでもサポートしていただけると、とっても嬉しいです!