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「不安に感じている生徒たちがかわいそうで」 大学入学共通テストの英語民間試験導入-地方高校の現場では

2021年、現行の大学入試センター試験に替わる「大学入学共通テスト」(以下、共通テスト)がスタートする。

共通テストは、文部科学省が「変化の激しい時代において、新たな価値を創造していく力を育成する」ことを目的に進める高大接続改革の一環。新たに国語と数学で記述式問題が導入されることや、英語で「読む・聞く・書く・話す」計4技能の到達度を問う民間試験を導入することなどが特徴として挙げられる(*1)。

(*1)文部科学省「大学入学共通テスト実施方針」(2017年10月24日、2019年9月18日閲覧)

これら新たな取り組みについては、採点の公平性や受験料負担など、専門家や学校関係者らの間から問題を指摘する声が上がっており、大手メディアなどがその動向を伝えている。英語民間試験に絞ってではあるが、いくつかピックアップしよう。

英語民間試験「中止を」東大の元副学長ら請願書
(読売新聞 2019年6月18日、2019年9月18日閲覧)
大学入学共通テスト、制度設計に甘さ TOEIC離脱
(日本経済新聞 2019年7月2日、2019年9月18日閲覧)
「大学入試改革に絶対反対」「柴山文科相は辞職を」文科省前で反対集会
(毎日新聞 2019年9月6日、2019年9月18日閲覧)
大学入試 英語民間試験「延期すべき」高校の7割が回答
(NHKニュース 2019年9月9日、2019年9月18日閲覧)
大学6割、高校9割が「問題ある」 入試の英語民間試験
(朝日新聞 2019年9月16日、2019年9月18日閲覧)

私の住む福井県においても、地元紙がこれまでに関連記事をいくつか配信している。しかし、見出しを追う限り大手紙のような論調の記事は皆無と言っていい。

福井大学入試、英語民間検定を活用 共通テスト、福井県立大学も
(福井新聞 2019年2月8日、2019年9月18日閲覧)
英語民間検定を出願資格として活用 福井大学全学部、2020年度実施入試
(福井新聞 2019年3月27日、2019年9月18日閲覧)
福井県立大学、民間英語検定で加点 大学入学共通テストで3学部
(福井新聞 2019年7月27日、2019年9月18日閲覧)
コラム「越山若水」
(福井新聞 2019年9月12日、2019年9月18日閲覧)

私には現在、共通テストによる大学受験を控えた子どもがいるわけではない。ただ、福井県の県立高校一般入試における英検加点制度(*2)に対して教育の機会均等という観点からかねて疑問を抱いており、同様の問題をはらむ共通テストの動きに関心を持っていた。

(*2)2018年度開始。初年度、英語に最大15点という加点幅が設けられた。その後加点幅の見直しはあったものの、福井県教育委員会は2020年度における制度継続を表明している。

「共通テストにおける民間試験導入の問題を、地方の高校の現場側から聞いてみたい」。そう考えた私は、福井県内の高校に勤務する一人の英語科教員にインタビューを打診。匿名を条件として取材に応じてもらえることになった。教員の主観がにじみでているコメントもあったが、現場が今抱えている問題を共有するきっかけになればと思う。


-基本的なスタンスについて単刀直入に伺います。大学入学共通テストで英語の4技能を問うということの賛否について聞かせてください。

4技能をまんべんなく身につけるという主旨は間違ってないとは思います。賛否どちらかと問われるなら賛成という立場です。

-理念には賛成されているという立場ですね。ふだんは、どのような考えで授業を組み立てているのでしょう。

いわゆる難関校に何人も送り出す進学校とまではいかないにしても、アウトプットにできるだけウエイトを置いてスピーキングとライティングの時間を増やすようにしています。進学校だとディベートを積極的に取り入れたりしていて、ディベート大会に出場する生徒を見ていてもレベルの高さに感心しますね。

ただ、私自身は4技能は同じレイヤーにあるものではないと考えています。スピーキング・ライティングは、リーディング・ヒアリングの次の段階にあるものだと。アウトプットにはリーディングとヒアリングというインプットが必要で、ここがしっかりできていないと次の段階にはなかなか到達できないですから。

-さて、9月18日、大学入学共通テスト向けの英検(英検2020 1 day S-CBT)の予約受付が始まります。

英検協会のやり方が不親切というか…試験の日程が決まっていない上に会場も決まってない。予約をキャンセルしても返金もない(*3)。そんな状態で予約させるってどういうことなの?と思います。

(*3)取材後の9月17日、日本英語検定協会は10月8日~15日を予約金返金期間とすることを発表した。

現時点で分かっている情報を出しただけでも、生徒からの「英検、そんなんありえんやろ」みたいな反発はありますよ。そんなに理不尽な状況で、生徒にモチベーションを上げて頑張れとは個人的心情として言いづらいです。不安に感じている生徒たちがかわいそうで。

-例えば予約金制のことなど、文科省や教育委員会から公式な案内はありましたか。

県教育委員会主催で文科省と大学入試センターの人を呼んで、教員を対象した説明会がありました。各学校から2名までという決まりで、だいたいの学校は英語科の教員と、進路指導担当や学年主任の教員が出ていたんじゃないでしょうか。

その説明会で、英検に関する案内というかそういう質問は出ました。

-それは、会場からの質問として?

そうです。英検のやり方について文科省は何かしらの指導をしないのかと。文科省からは「問題ない」という回答でした。英検側から「受験生の席をきちんと確保して間違いなく試験を進めることが予約金の目的」だという説明を受けたので文科省はゴーサインを出した、ということなんです。

でも英検以外の民間試験、例えばベネッセコーポレーション(以下、ベネッセ)が行うGTEC(大学入学共通テスト版)は予約金が不要なんです。共通テストに導入されるという民間試験なのに、かたや予約金が必要、かたや不要という矛盾が起きている。

-バランスを欠いているという印象です。

英検についてはもう一つリスクがあります。仮に準1級を受けたとして、一定の点数幅を下回ったときはCEFR(*4)の判定が行われません。ほかの民間試験、たとえばGTECなら一定のスコアをクリアすればCEFR A1以上の判定を得られるので、英検のようなことは起きないんです。

(*4)Common European Framework of Reference for Languages: Learning, teaching, assessment … 外国語の学習、教授、評価のためのヨーロッパ共通参照枠。大学入学共通テストの参加要件を満たす各資格・検定試験について、その試験結果とCEFRとの「対照表」を文科省が定めた。

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(画像は、文部科学省「各資格・検定試験とCEFRとの対照表」より)

大学共通入学テストの民間試験にはケンブリッジ英語検定やTEAPといった選択肢もあります。でもTEAPは福井では受けられないですし、会場が都市部に集中するような試験を受ける生徒は少数派でしょうから、福井では事実上英検かGTECの二者択一になると思います。

だけど英検についていうと、現時点では生徒にしてみれば受けにくくて申し込みもしにくい。GTECに受験生をごそっと持って行かれるんじゃないでしょうか。

-GTECに関していうと、高校を試験会場として使うような要請がベネッセからあったという話をTwitterで見掛けました。

要請というか調査はありました。5月か6月だったと記憶してますが、「あなたの学校では、どれくらいの受験者がどの時期に(GTECを)受けそうですか」というような調査でした。1年も先のことを分かるわけないんですけど。同じ調査の中で「学校を会場とすることは可能ですか」という質問があって、それは「不可能」と返しました。

どの学校も「できません」と書いて返答していると思いますよ。「できます」と返したら、試験監督しないといけなかったり、何かトラブルがあった時の対応も全部しなくてはいけなかったりというのが見えてるじゃないですか。そんなことは保証できませんから。

その話については説明会でも取り上げられました。教育委員会から文科省への要請として、どこかの学校を会場として使うことはやめるよう各実施団体に指導してほしいと。

-民間試験を行うとして、学校以外の場所で福井県内に実施できる施設があるのでしょうか。

文科省の説明では公共施設で実施するという話でした。公民館を利用するという例示もありましたけど、「え?」って思いましたよ。公民館はないでしょう…って。でも文科省の人はそう言うんです。

会場としてはセンター試験みたいに、福井大学、福井県立大学、福井工業大学あたりが適切だとは思いますが、民間の試験会場として大学がOKを出すかどうか。センター試験は国の要請だから大学が開放しているのでしょうけど、国公立大学が会場として「うちの施設をどうぞ」と開放するようなことはちょっと考えづらいですよね。

-受験対象者は全国で50万人と言われていますから、それだけの人数をさばけるのかという疑問はあります。

1回の試験でどれくらいの人数が受験するのかというのがまったく読めないですし予想もつかないです。対象者は、大学を受験する年度の4月から12月の間に2回まで、何かしらのタイミングでどこかの会場で受験することになるので。

大学入試にしても一般入試と推薦入試とで時期が違いますから、特定の試験、特定の回に受験生が殺到するというようなケースも起こりうるんじゃないでしょうか。

-学校行事の時期を避けて受けるというようなことも起きそうです。

学校行事の時期を避けつつ、大学への提出締め切りに間に合うようにタイミングを見計らって受験するということは起きそうです。生徒にしてみれば、実力を高めてできるだけ遅い時期に受けたいという気持ちも働くでしょうし、時期による受験者数の偏りが見えないのが正直なところです。

-現時点で、生徒にはどこまでの情報が伝わっているのでしょうか。

今のところは、(大学入試センターが資格・検定試験の成績を集約・管理するための)共通ID取得の実務的な説明をするのが精一杯です。共通IDは学校で一括取得するので、生徒に下書きをさせて教員がチェックして一括申し込みというところまでは管理できるんです。心配なのはIDを取ってから先の話なんです。

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(画像は、文部科学省「大学入試英語ポータルサイト」より)

民間試験の日程などは個人で調べてインターネットで申し込みしないといけない。成績も学校ではなく本人に届くので、出願予定の大学の要件を満たしたかどうかも生徒が管理しないといけない。もちろん教員から生徒に働き掛けはしますけど、一人一人がきちんと申し込みするなど自己管理できるかが心配で。

試験日や会場が分散するでしょうから、試験当日に何かしらのトラブル、たとえば交通機関の遅延だとか体調不良みたいなトラブルが起きたときのことも不安の種です。センター試験は学校が一括して申しこむので、会場内のどのあたりに自分の学校の生徒がいるかアタリがつくし、会場入り口で出欠を確認することもできますから。

-保護者への周知状況はどうでしょうか。

民間試験導入について心配している保護者がいないか生徒に尋ねたところ、「親が受験のシステムが分からないと言っている」という声はありました。今のところ「学校はいったい何をしてるんだ」というようなお叱りの声まではないのですが。

それでも学校として何かしらの通知を出す必要性は感じているので、通知できるような情報がまとまってない中でもなんとか頑張るしかないですね。

-全高長(全国高等学校長協会)が文科省に対し制度の見直しを求める要望書を提出したことが報道されたり、他県の教職員組合がTwitterで懸念の意思を示したりという動きも見えています。福井県内での動きについて、何か耳にしていることはありますか。

教育委員会や県教組はアクションを特に起こしてないかと思います。起こしていればそもそも説明会などしないでしょうし…保守的な土地柄というのもあるので、文科省の決めたことに異を唱えるという動きはしないんじゃないでしょうか。それぞれ個人的に不満は持っているけど、それが一致団結した行動につながるかというと別の話で。

福井の校長会がどう考えているかは分からないのですが、来年度の高体連の大会はGTECの日程に重ならないようスケジュールを検討しているという話を耳にはしました。GTECは現時点で来年度の試験日程が出ていますから。

-それは、GTECありきで進むような方向になっているということですか。

これは福井の話ですけど、民間試験の中でもGTECを重視しているという雰囲気は感じますね。GTECが好きというより、ベネッセが好きという感じなんですけど。これまでも進路指導の場面では、競合他社よりベネッセに関わる割合の方が多かったですし。

今後、模擬試験の一つとしてGTECが入り込んでくる可能性も考えられますね。GTECはいつでも受けられますから。

-いつでも受けられるというのは?

GTECには「アセスメント版」といって、校内試験として受けられる仕組みがあるんです。スピーキングに使うタブレット端末を1週間50台までレンタルできて、他校と予約が重ならなければ年中いつでも試験を行うことができるようになっています。

だから、ベネッセ主催の模擬試験とアセスメント版を同じ日に重ねてやりましょうという話が出るかもしれません。学校側がゴーサインを出しさえすれば、共通テスト版に向けたリハーサルとして、1・2年生の間に模擬試験とアセスメント版を合わせて行うことができますから。

保護者にしてみれば受験料負担が増えるわけで、1・2年生の間に民間試験を何度も受けてリハーサルできるような生徒とそうでない生徒との間の格差も起きる可能性がある。そういう問題がまったく解消されていないなと感じます。

-あえて言いますが、高校が「ベネッセ依存症」にかかっているという印象も受けます。

それは感じます。担当者が定期的にやってきて、外部試験のことも含めていろんな情報を提供してくれたり、研修会を開いてくれたり、御用聞きのように「困ったことはありませんか」と尋ねてくれたりする。模擬試験の結果や高校生の学習状況のデータも持っているわけですし、忙しい教員は頼ってしまいますよね。

先ほど話した説明会のことも他教科の教員に話したら、「そんなんGTECの一人勝ちでしょう」という反応でした。ベネッセに現場のニーズを全部掌握されているという実感があるからではないでしょうか。

-他教科の教員の話が出ましたが、民間試験導入に関わる諸問題はほかの教員も認識している様子ですか。

民間試験については私が基本的に担当していて、相談しようと思っても校内に相談できる人があまりいないという状況です。他校にいる友人も(現役生で実施1年目の対象となる)2年生を担当していなかったりするので情報の共有がなかなかできないのはつらいですね。規模の大きい進学校は別として、たいていの学校で少数の教員がもがいているのが現状じゃないかなと思っています。

-(文科省の大学入試英語ポータルサイトの公開資料を見ながら)各大学・短大の民間試験利用状況について確認してみましょうか。現時点(筆者注:取材時点)で方針を明らかにしていない大学・短大が見られますね。

文科省は大学や短大に対して、1年半とか2年前までに方針を決定するよう指導していると言いますけど…締め切りが決まっていないような状況でズルズル進めるのはやめてほしい。

しかも、こちらからホームページなどにアクセスしないと情報が分からないというのも困ります。現場の教員にしてみれば常にホームページに張り付いているわけにはいかないですから。

-各大学・短大の利用状況を追ってみると、民間試験のスコアを加点要素にせず出願資格としてのみ扱う学部・学科も見受けられます。CEFR A1(筆者注:CEFR対照表の段階は低い順にA1~C2の6段階)でOKという学部・学科も少なくないですね。

結局のところ、たいていの大学や短大は様子見なんだと思います。名前は伏せますけど、ある大学の入試担当者から「うちはA1を出願資格にしたんですけど、高校の方は私どもの決定についてどう思います?」みたいな質問をされたこともありました。

導入1年目ですし、大学側としてもハードルを低くして抵抗感を少なくしようとしているんじゃないでしょうか。何かしらポリシーがあって「うちはA1に決定しました」というのではなくて。

-いろいろな問題が取りざたされてはいますが、英検の予約開始を機にこのシステムは走り出してしまいます。改めて、民間試験導入について英語科教員の一人として訴えたいことを聞かせてください。

今回の改革は、今の3年生にも関わってくるかもしれない話です。もし浪人してしまったら2年生と同じく民間試験のシステムに組み込まれてしまう。現在3年生を受け持っている担任も来年度同じ学校に在籍しているとは限らないので、「浪人はさせられない」とナーバスになっています。

歴史的に見れば、大学入試においては戦後最大のダイナミックな変革というか転換点じゃないかと思うんです。それを環境も整っていない状況で、こんなに乱暴に突っ走っていくのはダメだと思うし、恐ろしささえ感じます。

4技能を身につけるという理想には賛同できるので、公平性を担保するという意味でも大学入試センターが民間に丸投げするようなやり方はやめてほしかった。環境が整うまで、どうして少なくともあと1年考えられなかったのかなって。動き始めたからもう止められないということなのかもしれませんが。

諦めに似た境地ですけど、今は生徒のことを考えながらできるだけベターな選択で指導していくしかないです。

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