コーヒーアンドシガレットマイナスシガレット
煙草をやめてしばらく経つ。6年か。
やめた理由はいくつがあるが、まとめてしまえば吸う方がストレスフルになったからだ。
消極的にやめた。
そしてやめても、おおよそ言われるような突如吸いたくなる衝動も起きなかった。
煙草を吸っていた時分は、気を落ち着けたい時に煙草の煙を吸い、それを大きく吐き出せば制御できたものだ。(できた気になっていただけかもしれないが)
つい先日、同じように気を落ち着けたくなる時があった。煙草を吸うわけにもいかないから、吸っているイメージを持ち、大きく息を吸って吐いた。
すると驚いたことに、煙草を吸っていた時と同じように、気を落ち着けることができた。
深呼吸をしただけだった。
ひょっとすると煙草を吸っていた時も、あれはただの煙入りの深呼吸だったのではないか。そんな気になったが真相は定かではない。
煙草が当時の自分のメンタリティにとってどう関係していたのかは今となっては分からない。
ただ、ひとつ。今も困るのは、珈琲の相方がいないことだ。
珈琲には煙草が必要だった。
そして今もその代役は見つかっていない。
私にとって珈琲は欠かすことのできない嗜好品で、おそらく何かの拍子に禁珈琲法とでも名のつく法案でも可決されようものなら一人プラカードを持って国会前に座り込みをするであろう。
そんな珈琲の相方が、煙草だった。
今考えれば、珈琲を飲むために煙草を吸っていたのかもしれない。
失った煙草の欠如は、おそらく珈琲の欠如でもある。
どこかに珈琲の欠如補完をする煙草ではない煙草のようなものはないものだろうか。
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