見出し画像

株で人を動機づける_経営の武器として(中編)


株式報酬の8つのスキームのうち、前回は持株会、ESOP信託、SO(ストックオプション)の3つを見てきた。

今回は、SOが行き届かない点を解消してくれる3つのスキームを見ていく。



No.4 SOのデメリットを解消する1円SO


SOのデメリットを解消する手はないか、ということで現れたのが1円SO(株式報酬型SO)。

1円SO:権利行使(株式を購入できる権利)の価格を1円に設定したSO。株を無償で譲渡する事とほぼ同じなので”株式報酬型”とも言われる。株価下落局面でも必ず利益がでるので必ず行使しようという力学が働き、SOのように「知らんぷり」することがない。


SOのデメリット1点目は、株価が明らかに上昇する局面でしかインセンティブとして働かないこと(≒上場後はあまりパワーを発揮しない)。

2点目は、行使価格より下落した場合に、権利放棄(=知らんぷり)できる点だ。

この2つの問題を解消するために、1円SOは生まれた。

問題1.株価上昇局面でしかパワー発揮しない
→1円で権利行使できたら、株価がかなり下落しても儲かる
→インセンティブになるよね!
問題2.行使価格より下落した場合、権利放棄できる
→1円で行使できたら、絶対儲かるから放棄しない
→株主と利害を一致させられるよね!


1円SOは、1円で株式を購入できる権利。

本当は、0円で、かつ、”オプション”ではなく”株そのもの”を渡す方が解決策になるが、当時は法的に認められておらずこのスキームが生まれた。


世に先駆けて2004年に1円SOを活用したのが伊藤園

画像1


退職慰労金を廃止し、代替案として1円SOを導入した。

当時、役員に対しては退職慰労金という、”業績に関係なく退職金が支給される”報酬制度が上場企業で一般的だった。

従業員と同じく現金で支払い、例えばの算出式は以下。


退職慰労金=月額報酬×勤続月数×功績倍率(社長なら3倍とか)


ただ、世の中的には、役員は株主と同じ利害を共有すべきであり、業績や株価と連動性のない報酬制度はおかしいという機運が高まっていた。


そこで、退職金の代わりに、株価にきちんと連動して役員の報酬も上下する1円SOを退職金の代わりに支払おうということに。

具体例としては、

「50,000株を1株1円で購入できる権利」を発行する。
権利行使時の株価が1,000円の場合、5,000万円の株を5万円で購入できる。
 ※差分の4,995万円に対して税金がかかる。

伊藤園のケースでは、「必ず退職後10日後までに権利行使して、株式を購入します。」ということをルールとして、退職金として扱った。

通常では、1円SOは原則として給与として扱われる(=税率が高い)のだが、うまくやって退職金として扱うことができる(=税率が低い)ようにしたということ。


役員は少なくともすでに給与で2,000万円~3,000万円もらっていることが多く、所得税率は40~50%以上になることも少なくない。

さらに1円SOも合算されて課税されるので、かなり税金で持っていかれてしまう。

一方で、退職金として支給すると給与とは別モノとして課税される上に、税率が給与に比べてかなり低くなり、手に残る金額も大きい。


ということで、1円SOは、退職慰労金廃止の流れとともに急速に広まっていった。ほとんどの上場企業がこの”伊藤園スキーム”をそのまま真似して導入している。


画像2

ピンク色:1円SO 水色:通常型SO 黄色:気にしない)

出所:Willis Towers Watson 「株式報酬の導入状況」2017年8月21日 


伊藤園は、次の通り国税庁に掛け合って、お墨付きをもらっている。当時の中の人の優秀さが伺える。


1円SOのデメリット/限界は?

「退職金として広まった」というところにこの1円SOのデメリット/限界をうかがい知ることができる。

1円SOは、”お金が入ってこないのに課税される”という通常の感覚ではありえない状態に陥る。(「キャッシュインなき課税」と言われる。)

先ほどの、4,995円の税金(1,000万円オーバー)を翌月の10日までに納めないといけない。

当然納税資金を得るために、すぐに売却しようとしても、役員にはインサイダー取引規があり現金化は困難だったりする。(例:年に1回、決算発表後から1ヶ月間のみしか売却できない)


つまり、在任時に権利行使して株式として持っておこうという力学が働かない。これが1円SOの最大のデメリット。

結局は株を在職時には持つことなく退職していくため、株主と利害が一致しているとは言えない。

会社が税金分を一時的に貸し付けることで回避可能だろうが、どうやって返してもらうのか(例:賞与から控除する?でもそれって納得感ある?)等の設計もあり、もらう役員側の違和感はぬぐえない。


No.5 なんでも対応できる株式交付信託


1円SOは、現実的には退職時にしか活用できないスキームということを見てきた。

これでは、在職中に株主と役員は利害を一致させるべき(=同じ船、セイムボートとも言う)という株主からの要求にはこたえられていない

在職中に株式を実際に保有するからこそ、業績向上による株価向上を喜び、株価の下落にダメージを受ける。

このデメリットを解消してくれるのが、株式交付信託というスキーム。

株式交付信託:業績目標の達成度等に応じてポイントが付与されて積み立ていき、一定期間経過後にポイント相当分の株式を交付する仕組み。BIP(Board Incentive Plan)信託という名称で呼ばれる場合も多い。


信託機関に運用を任せることにより可能になる仕組み。

企業がどのようなロジックで役員にポイントを付与していくか、という設計部分に集中でき、株式の譲渡や契約回りのややこしい手続きについては信託機関に任せることができる。


1ポイント=1株などとルール決めしておいて、ポイントを積み立てていく。

例えば、次の例のように、柔軟に設計できる。

・3年間の信託期間(中期経営計画と合わせること多い)
・計画を達成し、各役員に3,000ポイント(=3,000株分)
・株式として1,500株、現金で1,500株分(納税分として)支給

1円SOでデメリットだった、「キャッシュインなき課税」を回避することができ、2014年頃から日本に導入され普及が進んでいる。

2014年は役員向けの株式交付信託導入は6社だったが、2017年時点では、2017年6月末時点で331社と非常に速いスピードで増加している。(2017/8/5 日本経済新聞より)


尚、日経では表題に500社と記載されており、役員以外の従業員向けの信託(=No.2 ESOP信託と同義)も170社程度導入されているということ。


株式交付信託の誕生で、業績とも連動させたインセンティブ性もあるし、在任中に株式を渡して株主とのセイムボートも可能になった。

これですべてのデメリットが解消されたのではないか?と言いたいところだが、株式交付信託(BIP信託)にもやっぱりデメリットがある。

1つめは、信託銀行などの委託料で数百万円~数千万円コスト発生
2つめは、実際の株式を持ってもらう期間までの期間を要する(株主との利害を完全一致させるまでに時間を要す点。


このデメリットに対応するものが、とうとう2016年に姿を現す!!


No.6 とうとうキタ!株を無償で渡してOKな特定譲渡制限付株式


特定譲渡制限付株式:現物株式を役員に在任中に無償で渡すことができる仕組み。ただし、一定期間の譲渡制限(自分のだけど売っちゃダメな期間)を設ける必要がある。譲渡制限があるといっても実際には株式を所有しているので、配当金や議決権も対象者に付与することができ、株主と利害をほぼ完全に一致させられる。


これまで会社法では、無償で株式を渡すということは許されていなかった。

だから1円SOなどが開発された。


この制約が法律の解釈の整理により、実質的になくなった。

0円で株式を渡すことが可能になった。

名前にも唯一「株式」と付いている。オプション(購入する権利)ではなく、株式そのものだ。


在任中に株主と完全に利害を一致させることができる。ものすごい勢いで広がっていて、No.5株式交付信託を数年で抜き去ってしまった。コスト面も株式交付信託よりも格安で登記費用だけでOK。


4パターンあり、それぞれを企業事例で見ていきたい。


パターン1:RS(Restricted Stock)

 -株式を(事前に)渡し、勤続年数の条件クリアで譲渡制限解除

企業名:Gunosy ※2019年実施 
 ・昔よくGunosy使っていたから選んだ

誰にどのくらいの株式を渡す?
 ・取締役4名に25,400株
 ・発行当時の株価で34,213,800円相当
 ・一人当たり平均8,553,450円 

何のために?
 ・2021年5月決算で大幅に増益を目指すため

売却の制限がかかる期間は?(譲渡制限期間)
 ・2019年9月20日~2022年9月19日

その他条件は?(譲渡制限解除条件)
 ・譲渡制限期間に取締役or執行役員であること

売却可能な株式数(解除株式数)
 ・割当株式数 ×(2019年度初月から在籍した月数÷12)
 ・()が1を超える場合は1


パターン2:RSU(Restricted Stock Unit)
 -勤続年数の条件クリアで、株式を(事後に)渡す

企業名:メルカリ ※2018年、2019年度実施 
 ・RSUはメルカリが実施し知れ渡ったから選んだ
 ・直近の2019年度実施分を記載

誰にどのくらいの株式を渡す?
 ・取締役1名に4,959株
  -発行当時の株価で14,301,756円相当
 ・従業員1,090名に318,131株
  -発行当時の株価で917,489,804円相当
     -一人当たり841,733円

何のために?(思想)
 ・成功した時の果実や失敗した時の痛みは全員で分け合うべき

売却の制限がかかる期間は?(譲渡制限期間)
 ・2019年1月~2019年6月30日までに在籍すること
 ・その後の所定日(詳細非開示)まで勤務すること



パターン3:PS(Performance Share)

 -株式を(事前に)渡し、業績目標の条件クリアで譲渡制限解除

企業名:ユナイテッドアローズ ※2017年実施 
 ・昔よく服を買っていたから選んだ

誰にどのくらいの株式を渡す?
 ・取締役4名に43,863株
 ・発行当時の株価で、151,108,035円相当
 ・一人当たり平均37,777,008円

何のために?
 ・3年後(2017年度~2020年度)の中期経営計画達成

売却の制限がかかる期間は?(譲渡制限期間)
 ・2017年7月31日~2020年7月30日

その他条件は?(譲渡制限解除条件)
 ・譲渡制限期間に、継続して取締役であること
 ・2020年度の業績達成 

売却可能な株式数(解除株式数)
 ・(割当株式数 ×2/3)×連結経常利益の達成率×ROEの達成率



パターン4:PSU(Performance Share Unit)

 -業績目標の条件クリアで、株式を(事後に)渡す

企業名:大和ハウス ※2019年実施
 ・自宅が大和ハウスのマンションだから

誰にどのくらいの株式を?
 ・各取締役に3,000株
 ・執行役員とグループ会社取締役も対象だが非開示

何のために?
 ・中期経営計画(2019年度~2021年度)の達成
売却の制限がかかる期間は?(譲渡制限期間)
 ・退任まで

売却可能な株式数(最終交付株式数)
・3,000株×業績目標達成係数(3ヵ年の連結営利目標の達成率)
 -2019年度:3,780億円(0.3)
 -2020年度:3,900億円(0.3)
 -2021年度:4,050億円(0.4)
 例)全部の年度達成すれば100%解除、2,3年目だけなら70%解除


RSやRSUは業績と連動しないそれで役員(や従業員)はちゃんと頑張るの?という疑問が生まれてくるかもしれない。

ここは、頑張るに決まっているという立場と、頑張らないかもしれないという立場に分かれる。

前者の場合の整理としては、「株主と利害が完全に一致する」ので、当然ながら業績を向上させ株価を上昇させようという力学が働く、という捉え方。

個人的には日本的な考え方で好き。

一方で、米国では、PSやPSUが圧倒的に多いそうだ。

ちなみに、ここでの「業績」の定義は役員の各役割に応じて別々に設定しているものではない。全役員が株主と利害を完全一致させるべく同じ指標を目指す、ということ。

やはり株式を事前に渡すことができるRSやPSが可能になったというのが、本スキームの最も特徴的なところだと理解している。(RSUやPSUよりも)

ということで、今日の3つのスキーム(と前回の3つ)を表に整理しておく。


今日も長かった! 次回が最後になります!

株式そのものを渡すスキームの誕生を喜びましたが、少しNo.3 SOから派生した個性の強い2種類について、株式報酬設計から見えてきた資本主義の構造?について整理します。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?