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橋とアイドル② ~国民的アイドル~

2.国民的アイドル

「エリ、たった一ヶ月で見違えたね。やっぱり僕の見立ては間違ってなかった」
 
 私が振り向くと、そこには私に声をかけてくれたスカウトの後藤さんがいた。彼の年齢は聞いてないが三十代中頃といったところか。整った顔立ちのイケメンで、ひょっとしたら昔は事務所でアイドルや俳優をしていたのかもしれない。私は彼の顔を見て嬉しくなった。自分をスカウトしてくれたお礼を言いたかったし、訊きたいこともあったからだ。
 
「ありがとうございます。正直言って自分でも驚いてます。後藤さんが街で私に声をかけてくれた時は『なんで自分なんかに声をかけるんだろう』って思ってました。『周りには自分よりも綺麗な人がいっぱいいるし、自分なんて見た目もパッとしない田舎娘なのに』って。でも、スタイリストさんに色々と調整してもらったおかげで、自分もアイドルっぽくなれた気がします。プロのスタイリストさんの力ってすごいですね」
 
 私は謙遜ではなく本気でそう思っていた。だが、後藤さんは初めて街で会った時に似た笑顔で言った。
 
「そうじゃないさ」
 
 後藤さんは私に近づき、私の顔をまじまじと見た。女性として私を見る感じではなく美術品を鑑定するかのような視線だ。近距離で人に顔を見られるのに慣れていないから恥ずかしい。けれど、アイドルになるとこうやって色んな人から顔を見られるのだろうか。
 少し間をおいた後、後藤さんは言葉を続けた。
 
「大事なのは……単なる石ころをどれだけ磨いても宝石にはならないってことだ。キミは宝石の原石だった。そして僕がそれを見つけた。スタイリストさんは原石を磨いて宝石として整えたに過ぎない。もちろん、それはそれですごい技術なんだけどね。恥ずかしながら、僕らスカウトも原石と石ころを間違えることはある。しかも頻繁にね。でも、どうやら今回はちゃんと当てられたらしい。たぶんエリはアイドルとして成功するよ。僕が保証する」
 
 自分のどの辺りを見て宝石の原石だと判断したのかはわからないが、そんなことを言われて悪い気はしない。最近はスタイリストさんの手によって変身した自分を見て『わたしって、意外とかわいかったんだな』と思うことが何度もあったから、それにお墨付きをもらえた気がして嬉しかった。
 
「プロの後藤さんにそう言ってもらえるなんて嬉しいです。事務所のみなさんの期待に応えられるように一生懸命頑張ります」
 私はそう言ってぺこりと頭を下げた。後藤さんはそれを見て嬉しそうな顔をした。
「うん。僕も応援してる。キミの才能を見つけ出したことが僕のスカウトとしての能力を証明することにもなるからね。とはいえ、どれだけ才能があっても努力をしないと才能は開花しない。だから、努力は欠かさないで。努力しないと運は巡ってこない。後は僕が時代の流れを読めてたかどうかだな」
「?」
「いや、気にしないで。最初のうちは与えられた仕事を一途に頑張る。周りのスタッフさんに感謝して丁寧に接する。それだけで充分だよ。じゃあ、頑張って」
 後藤さんはそれだけを言うと、くるりと反対を向いて廊下を小走りに去っていった。

 
 それから二ヵ月後。短いレッスン期間を経て、私はアイドルとしてデビューした。しかも、アイドルグループの一員としてではなく、ソロのアイドルとしてだ。
 最近では新人アイドルはアイドルグループの一員としてデビューすることが多い。だから、いきなり新人がソロアイドルとしてデビューするのは異例だ。だが、事務所はそのほうが良いと判断したようだ。ソロのアイドルとしてやっていける自信など全くなかった私は、後藤さんに相談をした。けれど、後藤さんの返答は意外なものだった。
 
「エリがソロでデビューするのはスカウトしたときから決まっていた。っていうか、ソロでデビューできそうな子を探していてキミを見つけたんだ。まあ、騙されたと思って僕らを信じてよ。むしろ、エリはアイドルグループの一員になるのは無理だと思うよ」
 
 後藤さんにそう言われたら覚悟を決めるしかない。だけど、スカウトされたときから自分がソロ要員と決まっていたとは驚きだ。そもそもソロ活動に適した子とグループアイドルに適した子は何が違うんだろうか。自分のどのあたりにソロアイドルへの適性があるのかわからないから不安は残るが、私がソロでデビューするという方向性はどうあっても変わらなさそうだ。こうなったらやるしかない。
 けれど、それほど時を置かずに事務所の(というか後藤さんの?)判断が正しかったことが判明する。デビューから三ヵ月も経たないうち『鈴木エリ』の人気に火が付きはじめたのだ。

 私の人気が高まったきっかけはWeb専用の少し長尺のCMだった。私はその清涼飲料水のCMで女子高生の役を演じたのだが、元気で活発な明るいキャラと、ひとり静かに佇む寂しげな姿を上手く演じ分けていると評価された。とはいえ、私の演技が優れていたから評価されたわけではないだろう。単に私の性格そのままの役だったことが功を奏しただけだ。いずれにしても、そのCMは独特の余韻を与える作品として口コミで評判が広がり、演者である私にも注目が集まった。『あのCMの娘はいったい誰だ』とSNS上で話題になり、私への仕事のオファーは急増した。
 そこからの事務所の動きは巧みだった。『鈴木エリ』の情報を求めるユーザーに対して、発信する情報を適度に絞って希少性を確保しつつ、CMにおいて認知されたイメージを崩さない種類の仕事をバランスよく獲得してくれた。
 
 どこか哀愁を感じる歌を透明感ある声で歌い上げるアイドル。
 明るいキャラを演じつつ、実は重病を抱えていそうなフラジルなイメージをも併せ持つアイドル。
 
 そんな『鈴木エリ』のイメージが世間に浸透していった。そして、それこそが世間の人々が無意識下で求めていたアイドル像だったようだ。

 私は、歌やドラマ、CMに映画と多方面で活躍することになった。日本で生まれた久々の本格的なアイドルだと言われ、やがて私の姿がTVやネットで流れない日はないという状態になった。その人気は世代を超えて広がっていき、やがて私は、日本を代表する国民的アイドルと言われるほどの人気を得た。

(続く)

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