9年も連載を続けていたやる夫スレが作者の癇癪1つで消滅した話
正確には8年半ぐらいだった気もするがさておき。
数年前まで、「これが俺のポケモンマスター様」というポケモンを題材にしたやる夫スレが連載されていたことはご存知だろうか。なおそもそもやる夫スレって何? という説明についてはここでは省かせて頂く。
ともかく「これが私のポケモンマスター様」というタイトルで始まったこの作品(以下、「ポケマス」と呼称)は立て逃げのスレを乗っ取った作品とは思えぬほどの人気を博し、エタらず連載を続けるという地味にやる夫スレとしては重要な努力を重ねやる夫スレ……というかweb連載の作品としては異例の長寿作品となっていた。
しかしそのスレはポケモン剣盾発売を前にした2019年のある日、唐突に投稿スレごと消滅した。一体このスレに何が起きたのか――当時読者の一人であった筆者もあまりに突然の打ち切りに唖然としたものである。
1.「ポケマス」というスレ
ポケモンを題材にした作品とあるが、単純にポケモンのストーリーをなぞったスレではない。というか原作の舞台を冒険する作品ではなく、ポケモンの設定やシステムを借りたゲームブックやTRPGに近い「安価スレ」である。逢坂大河とかモードレッドとかがオリジナルポケモンになって戦うものと思えば何となくお分かり頂けるだろうか。
安価スレというのは未来に向けたレスを指定し、その指定先の通りに行動が決定されるというもの。たとえば「やる夫の行動:>>10」という指定があった場合、やる夫は10レス目の内容通りの行動を取る事になるわけである。
ポケマススレではこの形式でアドベンチャー的な選択肢の他にも戦闘でどの技を使うかなどを読者に委ね、読者たちは互いに相談しながらも攻略を進めていく。読み物でありながらゲーム的なこの形式の作品は当時でも珍しくはなかったが、ポケモンを下地にしたシステムが非常によく構築されており読者参加型の作品としての評判は高かった。有名な「かわせ!」「よけろ!」が確定回避のコマンドになっていたり、とくせいやどうぐ以外のパッシブ能力「ポテンシャル」等システムは洗練されていき、作品のスケールがでかくなるごとに読者は盛り上がっていった。
加えていわゆる「多数ヒロインハーレムもの」でもあったのでその点も読者のターゲット層に噛み合っていたと思う。
2.作品を守るための独裁者
しかしこのスタイルも粗や欠点がない訳ではない。いくら相談を重ねても一人でも違う意見を持った者が安価を取ってしまえば相談の通りに展開が進むとは限らないマイノリティが安価を奪取していくことは「スナイプ」と呼ばれた。勿論ながら悪意を持った者が安価を取れば展開がひっくり返ってしまう。ちなみにこっちは「ルーザー」とか呼ばれていたと思う。
しかし作者はこうした点に毅然として「安価を取られた方が悪い」と不平不満に取り合わず、むしろ抑えつけた。ルーザーはともかくスナイプが悪いとは言えないもので(実際に作中で誰も気づいてなかった正答をスナイプがピンポイトで言い当てた事があった)、いちいち喧嘩していたらスレそのものが大荒れしかねないので妥当といえば妥当な対応ではあった。
ところがこの作者、悪い言い方をすればかなり独裁的な運営方針を採っていた。こと作者と読者の距離が近く、文句に対応してはキリがないので強権的に運営していくことは決して間違いではない。……が、この作者はそれ以上に高圧的だったのである。
例えば終盤の重要な展開で、推理を間違えれば大事という内容の謎解きを読者が終ぞ解けなかった事で主人公のやる夫が失踪、仲間キャラが代理でストーリーを進めるという失敗展開でスレは阿鼻叫喚となった。この状況に作者は読者を宥めるどころか謎を解けなかった読者を罵倒しだしたのである。しかしながらこうした謎解きは後にひっそりと安価で扱われる事はなくなった。本人も謎解きを読者に委ねる事のデメリットを承知していたのだろうか。
他にも相手のポケモンのタイプ相性を読み解けず読者が混乱した時も作者は混乱しすぎだと読者を罵った。しかもこの混乱は「仲間キャラが作中で推測したデータが間違いだった」というミスリードが元凶である。推測といえどそれが間違っている可能性があるといった伏線もなく、仲間の発言を信用し前提に置いていた読者が混乱するのは当然である。しかもこの戦闘でやる夫は敗北、大会の序盤だったため荒れ方も大概だった。これを読者が悪いと罵ったのは単純にスレの混乱を収めるためだったのだろうがいくらなんでも乱暴である。ちなみにこの「仲間の勘違い」は後に何度か自虐ネタとして擦られている辺り、作者自身は失敗だったという認識はあるらしい。
個人的に一番印象的なのはやる夫のパーティと相性が悪く、作中最難関と言われたとあるトレーナーとの戦闘だろうか。あまりの相性の悪さと相手の強さから事前の情報から読者たちは時間を重ね、念入りに対策と作戦を組み立てて戦闘に臨んだ。
しかしその戦闘において、最悪なことに特に重要な局面での行動安価がルーザーに取られてしまった。結果として作戦は崩壊、千載一遇の機会を逃し悪化した戦況を立て直す事は出来ず戦闘には敗北した。当然この時ばかりは読者も怒りルーザーを非難したが、作者はこの時も読者たちを高圧的に抑えつけた。戦闘中にスレが荒れるのを防ぐためといえどいくらなんでもあんまりである。なお当のルーザーが書き込みをしたのはこの作戦を崩壊させた一瞬だけで、その後は行方をくらました。この作戦崩壊に読者の士気は萎えたのか再戦を望む声は少なく、作者もあまりに難易度が高すぎたと判断したのか敗北した相手には何かしらリベンジの機会が設けられる作中においてすら二度と戦う事はなかった。
こうした作者の独裁エピソードは作中だけに留まらない。彼は意識的に徹底して「作者が絶対」という方針で運営しており、データ協力として対戦相手のパーティ案を募集した時も出来が少しでも悪ければかなり口悪く批判し切り捨てていた。作者からすれば応募案を精査する手間があるからという建前で、案を提供して貰っているのではなく「案を提供させてやっている」と言わんばかりだった。
こんな気性難の作者だったが、それでも長期連載を継続する姿勢と作品作りの上手さから人気は高く読者離れが進むことはなかった。次第にDV被害者みたいにそんな横暴な言動を擁護する読者も増え、作者が「神」と名乗っていた事もあり、まるで文字通りの信者たちのようであった(ただし神を自称したのは彼の傲慢さ故ではなく、作者アバターに当時ネタとして神呼ばわりされていた「エンテイ」を使っていたのが由来である)。
3.別作者との関係悪化
さて、やる夫スレというものは別作品の作者同士でも繋がりも当然ながら存在する。この作者もある別の作者(「作者B」と呼称する)と度々親しくしていた。彼は作品投下用の自前の掲示板を有しており、ポケマススレは紆余曲折あってそこに間借りする形で連載場所を移転していた。
作者Bはよくスレにも自分の名義で顔を出し、またポケマススレ作中にも彼のアバターを使い登場人物として客演もしていた。トレーナーという事になっていたため、ライバルの一人として度々主人公のやる夫と対戦もしていた。
この作者Bのキャラ自体は弱くもないが難敵という程でもなく、基本的にやる夫が勝ち越すことが多かった。しかし、ある戦闘でいつも通りやる夫の勝利で戦闘が終わった時にこの扱いに不満を持った作者Bは暴走。作者が投下した戦闘内容を一部削除するという暴挙に出る。
時折奇行に走る事も認知されていた作者Bといえどこればかりは読者もドン引き、作者も厳しく苦言を呈した。作者Bは謝罪したものの、結果的にこれを切っ掛けとして二人は決別。作者Bはスレに姿を見せなくなり、モデルとなったキャラも(世界観を一新した新シリーズに以降した事もあり)登場しなくなった。
読者から連載場所で見える話はここまでだった。だが、水面下ではこれ以降も二人の関係は悪化し続けており、読者が作者Bに突撃するという問題も起きていたらしい。
4.作者の暴走と突然の終焉
新シリーズが始まってからシステムやストーリーは更に洗練され、物語は盛り上がり続けていた。一方で次第に作者が私生活に苦心している事が零れるようになり、新シリーズの終盤から連載ペースも下がりつつあった。
そんなある時である。作者Bの雑談スレにて突如として作者が暴走した。
切っ掛けはAAの使用権利に絡んだ話で、作者と作者Bの対立という単純な構造ではなく更にいくつかの人間を巻き込んだ複雑な関係の混乱によるものだったようだ。
当初こそは管理人へ不満を訴えていた形だったが、(作者Bは掲示板の管理者とは別人。ただし権限自体は両者にある)それを機に作者は作者Bへの不満を爆発させ、長時間に渡って彼を中心としてそれを取り巻く人間への非難や関係者への対応要望などを繰り返した。
見守っていた読者も彼の様子がおかしいと悟るや慌てて宥め始めたものの、彼は一行に取り合わず問題のある言動を続けていた。繰り返すが、そこは作者Bが運営する掲示板である。ポケマススレの連載場所もそこにある。
静観を決め込んでいた作者Bだったが、彼の元に読者が突撃していたこともあり今後そのような事があったらしかるべき処置を取る、といった旨の発言をTwitterで行った。そしてそれを知ってか知らずしてか、あるいは第三者がこれ幸いと作者を陥れるべく読者を装ったのか。真相は不明ながら作者Bの元へ再三の突撃が発生してしまった。
これを理由として作者Bはポケマススレを過去ログごと全削除した。
あれだけ長く続いた作品の連載は、作者の暴走によって一瞬にして終わりを告げたのである。
なお前述したように当時はポケモン剣盾の発売前だったが、実は当時の連載内容はポケモンバトルを競技的に扱ったものという皮肉にも剣盾の内容に親しいものだった。
5.それから
幸いにもそれまでの内容はまとめサイトに保管されており、登場人物や能力のデータベースも有志によるまとめwikiが存在していたため全てが無に帰した訳ではなかった。
しかし、全削除後に作者が再び姿を現す事はなかった。
まとめwikiでは作者に連載再開を望むなら場所を用意すると呼びかけてもいたが、2021年現在でも未練がましくデータ案の投稿が度々繰り返されているのみである。
結局のところ、彼がなぜあそこまで暴走していたのかは筆者も詳しくは理解できていない。
しかしいくら作者Bに不満があったとはいえ、その相手に心臓を握られているようなアウェーにも関わらず喧嘩を売りさえしたのが悪手だったのは間違いないだろう。
どこか彼にしては不安定な口調でもあったが、高圧的な態度は自分のスレにいる時と変わらなかった。結局「独裁者」スタイルを、旧知といえど他人の領土でも捨てきれなかったのだろうか。
神を名乗っていた作者は今どこで何をしているのだろうか。
ひょっとしたら閉じられた場所で、今度こそ信者だけに囲まれてひっそりと新しい作品を始めているのだろうか。
あまりに哀れな最期に、そうであった方がまだマシかもしれないと考える次第だ。
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